『ヒストリエ』のオリュンピアスの死について | 胙豆

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傲慢さに屠られ、その肉を空虚に捧げられる。

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書いていくことにする…というか、引用していくことにする。

 

これを書いている現在の『ヒストリエ』の最新話が載ったアフタヌーン2022年2月号において、エウリュディケがオリュンピアスの最後を予言するという描写があった。

 

当時のことが書かれた『英雄伝』でも『地中海世界史』でもそうなのだけれども、オリュンピアスはエウリュディケが嫁入りしたことによって、不遇な立場に追いやられていて、その事について激怒し、エウリュディケを憎悪している。

 

その報復を『ヒストリエ』でもエウリュディケに求めていて、オリュンピアスはフィリッポスとエウリュディケの間に生まれた双子を殺そうと、エウリュディケに選択を迫っている。

 

オリュンピアスはエウリュディケとのやり取りの結果、エウリュディケの子は王家にとっての災いになると判断して、エウリュディケにお前の命は助けてやるから子を置いて何処かへ去れと命令する。

 

けれども、エウリュディケはその命令を聞いて我が子の死を目の前にした時、オリュンピアスに以下のように言う。

 

「私はァ……

将棋が得意だから少し……

先の方まで読んでみよう」

「山国モロッシアで生まれ……

たくましく育ったヘビ女は

まぁ……かなり長生きするであろうな」

「あのヘビ痣のある……

少々心を病んだ息子よりも長く……」

「いずれ何年か先に遠い戦場から届く

己(おの)が息子の死の知らせを聞いた折には」

「今日のこのひどい仕打ちを

少しは思い出してほしいものだ……」

「でも やがて」

「あなたにも死が訪れる」

「怒号と罵声と嘲笑の中で」

「生きたまま切り裂かれ…

ヘビの如くにのたうち回りながらの死……」

「その時この子はまだ元気に生きていて……老いたヘビ女の死を 少し離れたところから じっと」

「眺めているの……」(『月刊アフタヌーン2022年2月号』 pp.287-289)

 

これだけ引用しても流れとか良く分からないだろうけれど、まぁその辺りは来年、遅くても再来年には発売されるだろう、『ヒストリエ』12巻にこのくだりは収録されるだろうので、それを読んで補完してもらいたい。(追記:単行本は二年じゃ出ませんでした)

 

僕はこれを読んでいて、オリュンピアスが「怒号と罵声と嘲笑の中で」「生きたまま切り裂かれヘビの如くのたうち回りながらの死」を迎えるという話について思うところがあった。

 

多分、『地中海世界史』にその描写があって、その話をしているのだろうと思って、実際に読んでみた結果、まぁそういう話なんだろうということが分かったので、今回はその文章を引用したいと思ったというだけです。

 

さっそく引用していくことにする。

 

引用する前にちょっと分かりづらいだろう所を補足しておくと、時系列的にはアレクサンドロス大王が死んでからしばらく経って、後継者たちが戦争をしていた頃で、ここで言及のあるエウリュディケはアリダイオスの妻のことです。

 

「このようなことが起こっている間に、混乱したマケドニアの事態がカッサンドロスをギリシアから母国へと呼び戻した。というのは、アレクサンドロス王の母オリュンピアスが、モロッソス王アイアキダスに付き 添われてエピルスからマケドニアへやって来て、国境でエウリュディケとアリダイオス王に阻止された時、 マケドニア人たちは彼女の夫のことを覚えていて、一つには彼女の息子の偉大さの故に、また一つには「彼女に対する] 無礼なやり方に怒りを覚えて、オリュンピアスの味方になったが、その後、彼女の命令でエウリュディケも、またアレクサンドロスの後六年間王権を握っていた王も殺されたからである。

しかしオリュンピアスも長くは統治しなかった。なぜなら、王のやり方というよりは、むしろ女らしいやり方で貴族たちをいたる所で殺害して、自分への好意を敵意に変えたからである。それ故、カッサンド ロスの到着を聞くと、彼女はマケドニア人に対する疑念から、義理の娘ロクサネ、孫へラクレスと共にピュドナ市へ退いた。出発する彼女に、アイアキダス王の娘ダイダミアと継子のテッサロニケ・ 彼女は父ピリ ッポスの名の故に高貴とされていたー、そして数多くの貴族の女性たちが、有用な、と言うよりは華麗な群れをなして、お供をしていた。このことがカッサンドロスに知らされると、直ちに彼はピュドナへ急行し、 その都市を攻囲した。飢餓と武力で苦しめられた結果、長い攻囲でやる気をなくしたオリュンピアスは、身の安全の取り決めを条件に勝者に降伏した。しかし、カッサンドロスは、オリュンピアスをどう取り扱えばよいかを尋ねるために、民衆を集会に呼び出して、彼らの中に[オリュンピアスに] 殺された者たちの親を混ぜておき、それらに喪服を着けさせて、その女の残忍さを糾弾させた。これらの親たちに焚きつけられてマケドニア人は、彼女の以前の権威ある地位を顧慮せず、彼女を殺すべきだ、と決議した。その時、彼らは、自分たちが彼女の息子と夫のお蔭で隣接諸国の間で安全に生きてこられたばかりでなく、巨大な富と世界の支配権とを手に入れたことをすっかり忘れていた。しかし、オリュンピアスは彼らが武装して、毅然たる態度で自分に向かって来るのを見て、王妃の衣装を着け、二人の侍女に支えられて自分の方から立ち向かって行った。彼女を殺そうとしてやって来た者たちは彼女を見、かつての威厳ある人の運命を目の当たりにして仰天し、また、彼女の姿の中に彼らの多くの王たちの思い出が浮かび上がってきたので、毅然として立ち尽くしていたところ、彼女を刺し殺すべくカッサンドロスに差し遣わされた者が現われた。しかし、刀からも傷つくことからも逃げようとはせず、また女らしい叫び声もあげず、力強い男のように、古い血統の栄光のために、死に身を任せた。[読者の]君は、この死に行く母の中にアレクサンドロスを見ることが出来る。その上、彼女は死に際して髪を整え、自分の身体に見苦しいものが見られないように、脚を衣で覆っていた、と言われる。この後、カッサンドロスはアリダイオス王の娘テッサロニケを妻に娶った。そして彼は、アレクサンドロスの息子を、その母と一緒にアンピポリス要塞へ送り、見張っておくようにさせた。(ポンペイウス・トグロス 『地中海世界史』 合阪學訳 京都大学学術出版会 1998年 pp.234-236)」

 

 

ディアドコイ戦争で混乱した帝国において、マケドニア本土にオリュンピアスが権力を掌握しようとモロッシアからやってきて、それに際してアリダイオスらに入国を妨害されたけれども、オリュンピアスは偉大なる大王であるアレクサンドロスの母であり、ギリシアの覇者フィリッポスの妻であったから、むしろそのような人物を妨害するアリダイオスらの方が非難されるところにあったらしい。

 

けれども、ギリシアに帰ってきたオリュンピアスはその統治に際して恐怖政治を行って、不穏分子を粛清したために、現地の貴族たちに嫌われて、帰ってきたカサンドロスに負けて、その後捕らえられて、オリュンピアスは大王の母親であって殺し難い存在だったために、集会を開いてそこにオリュンピアスに殺された人物の親を招いて、オリュンピアスを糾弾させることによって彼女を殺す場の空気を作って、オリュンピアスの死を決議した。

 

そして、オリュンピアスはカサンドロスが送った刺客に切り殺された、という流れらしい。

 

だから、エウリュディケが言っていた、

「怒号と罵声と嘲笑の中で」

「生きたまま切り裂かれ…

ヘビの如くにのたうち回りながらの死……」(同上)

というのはその場面の話で、怒号と罵声というのはまぁ、自分の子をオリュンピアスに殺された親がそこにいたわけで、彼らがそれをしていて、嘲笑もそういう場面では存在していると思う。

 

一応、このオリュンピアスの死については『歴史叢書』にも言及がある。

 

ただ、その話は『地中海世界史』より詳しいのは良いのだけれど、逆に詳しすぎるが故に引用するには冗長で、ここに引用するのもどうかと思う長さなので、とりあえず、大体の流れは『地中海世界史』と同じだから、最後の死のところだけを引用することにする。

 

51 アリストヌウスはアレクサンドロスによって昇進されられていたために尊敬されていたことを見て取ったカッサンドロスは、反乱を指導することができる者が出てくるのを心配し、クラテウアスの親族を通して彼を殺した。また、彼はオリュンピアスをマケドニア人の一般総会で告発するためにオリュンピアスが殺した者たちの縁者を持ち出し、彼らは彼の命じたようにした。オリュンピアス不在のまま彼女の弁解を聞かずにマケドニア人たちは彼女に死を宣告したが、カッサンドロスは自身の数人の友人をオリュンピアスの許に送り、密かに逃亡するよう勧め、彼女のために船を提供してアテナイへと送ることを約束した。かくして彼は彼女の身柄を安全にするためではなく彼女に亡命を強いて途上で殺し、相応しい罰を下そうとしために行動を起こしたのである。彼女の身分とマケドニア人の移り気ために彼は慎重に事を進めたのだ。しかし、オリュンピアスは逃げることを拒んで逆に全てのマケドニア人の前で裁かれる準備をしたため、カッサンドロスはもし聴衆が王妃の弁明を聞いてアレクサンドロスとフィリッポスによって全ての国人に授けられた恩の全てを思い出せば、聴衆は心変わりするだろうと恐れ、可及的速やかに彼女を殺すよう命じ、そのような任務に最も適していた二〇〇人の兵士を彼女の許に送った。かくして彼らは王宮に押し入ったが、オリュンピアスを見ると彼女の高貴な身分に威圧さて任務を果たさずに引き上げた。しかし彼女による犠牲者の縁者たちは彼女に仇を討つのと同じ位カッサンドロスの機嫌を取りたいと思ってこの王妃を殺し、彼女は何ら卑しいあるいは女らしい懇願もしなかった。
 その時代、最高の尊厳を有し、エペイロス人の王ネオプトレモスの娘であり、イタリア遠征を行ったアレクサンドロスの姉妹であり、この時ヨーロッパを支配していた者の中で最強であったフィリッポスの妻、その事績は最も偉大で最も栄光あるものであったアレクサンドロスの母でもあったオリュンピアスの最期は以上のようなものであった。(参考)」

 

『歴史叢書』の記述を見る限り、どうやら『ヒストリエ』はこの場面について、『歴史叢書』を参考にしていないらしいということが分かる。

 

『歴史叢書』では、怒号も罵声も嘲笑もなくて、けれども『地中海世界史』のその場面では存在している。

 

結局、僕のねっとりとした調査によって岩明先生は『地中海世界史』を読んでいるらしいということは分かっているので、まぁエウリュディケの"予言"は『地中海世界史』の先の引用の部分の話ということで良いのではないかと思う。

 

そもそも、『ヒストリエ』のオリュンピアスは自身が死に晒されても泰然としていて、その辺りもやはり、『地中海世界史』の先の言及が元になっているのではないかと思う。

 

(岩明均『ヒストリエ』11巻pp.189-190)

 

オリュンピアスは自身がこの直後に死ぬと理解しているのにこのような態度を取っていて、それは先に引用した『地中海世界史』の描写が由来なのだろうと思う。

 

「しかし、オリュンピアスは彼らが武装して、毅然たる態度で自分に向かって来るのを見て、王妃の衣装を着け、二人の侍女に支えられて自分の方から立ち向かって行った。彼女を殺そうとしてやって来た者たちは彼女を見、かつての威厳ある人の運命を目の当たりにして仰天し、また、彼女の姿の中に彼らの多くの王たちの思い出が浮かび上がってきたので、毅然として立ち尽くしていたところ、彼女を刺し殺すべくカッサンドロスに差し遣わされた者が現われた。しかし、刀からも傷つくことからも逃げようとはせず、また女らしい叫び声もあげず、力強い男のように、古い血統の栄光のために、死に身を任せた。[読者の]君は、この死に行く母の中にアレクサンドロスを見ることが出来る。その上、彼女は死に際して髪を整え、自分の身体に見苦しいものが見られないように、脚を衣で覆っていた、と言われる。」(同上『地中海世界史』)

 

結局、オリュンピアスは生きたまま切り刻まれて死ぬと『ヒストリエ』では予言されているわけであって、同じことが書かれた『地中海世界史』を岩明先生は読んでいるだろうから、その辺りはやはり、『地中海世界史』由来になってくるのだろうと僕は思う。

 

そして、その様を、エウリュディケの子は少し遠くから眺めていると『ヒストリエ』では予言されている。

 

その事について、エウリュディケとフィリッポスの子であるカラノスは、死なずにそのままディアドコイ、アンティゴノスの息子であるデメトリオスになるだろうという話を以前僕はしていて、生き残ってデメトリオスとしてオリュンピアスの死を見ることになるという話なのだと思う。

 

原作である『英雄伝』のデメトリオス伝には彼の出生についての話があって、一応、アンティゴノスとその妻であるストラトニケとの子であるという伝承がある一方で、アンティゴノスの甥であったり、ストラトニケの前夫が死んだ後に嫁いだ先がアンティゴノスで、前夫との子で、まだ幼かった彼をアンティゴノスが養子にしたという話が残っている様子がある。

 

そのように出生がイマイチ良く分からない人物だから、岩明先生はカラノスをデメトリオスに転身させようとしたのかなと思う。

 

ただ、オリュンピアスが死んだ時、デメトリオスはアンティゴノスと一緒にアジアに居る筈で、オリュンピアスが死んだピュドナにはいないはずになる。

 

ピュドナはマケドニア国内の地名だから、デメトリオスはオリュンピアスの死を遠くから眺めるなんて出来ないはずで、その辺りが少し問題になる。

 

この問題を処理する方法は二つあって、一つはエウリュディケの子がデメトリオスであるというのは僕の早とちりで、違う人物として生き残ってオリュンピアスの死に際してマケドニア本土に居て、それによってその死を眺めることになったという理解の仕方で、もう一つがなんやかんやあって、デメトリオスがマケドニアにその時居たという理解になる。

 

…まぁ後者なんだろうなと思うけれど。

 

別に、その時期にデメトリオスが何か手を離せないことをしていたという話もないし、ちょっとデメトリオスをマケドニアに送り込めばいい話だから、やはりエウリュディケの子はデメトリオスになるとは思う。

 

ただ、オリュンピアスの死は時系列的にエウメネスの死より後なので、エウメネスの物語すら完結しそうにない『ヒストリエ』だと、その予言のくだりの話が完全に明らかになることは今後ないんだろうなって。

 

まぁ色々仕方ないね。

 

そんな感じの『ヒストリエ』のオリュンピアスの最後について。

 

とにかく、オリュンピアスの最後を『地中海世界史』で確認したら、そのまんまのことが書いてあったので、その話をしたくなって記事にしただけです。

 

それ以上でもそれ以下でもないから、まぁねぇ。

 

そんな感じです。

 

では。

 

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