東京湾の要塞・猿島(さるしま) 【前編・横須賀】 | 太平洋戦争史と心霊世界

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猿島 

 「これは尖閣諸島です」と言うと、案外みんな素直に信じてしまうかもしれません。(^_^;) 実はこの島、猿島という東京湾に浮かぶ無人島です。沖縄の海

 

 猿島は江戸時代には砲台が設置され、明治期になると陸軍・海軍の管理下に置かれ、東京湾の要塞として猿島砲台が造られました。今でも島内にあちこち要塞跡が残っています。


三笠桟橋  猿島には今回初めて行きました。猿島への船の発着所「三笠桟橋」は、三笠公園にある戦艦「三笠」の右側にあります。


船からの猿島  船は一時間ごとに出ています。  三笠桟橋から時間にして10分、尖閣諸島、いや猿島が近づいてきました。


猿島桟橋の海岸  船を降りると、ここは猿島桟橋の海岸。

  島名は猿島とはいいますが、猿は住んでいません。でもあんまり海辺でキャッキャ騒いでいると、サルと認定されるかもしれません。オランウータン


島内のお店  島内のお店。島でのアクティビティは浜辺でバーベキューか、夏は海水浴、あとは島の史跡散策です。

 

 ということで、目的の要塞跡を見に行きます。島内は時間をかけても、1時間で全体を見て回れます。


「海軍港」  ちょっとよく見えませんが、左手の杭に「海軍港」と記されています。ここがハイキング経路のスタート地点。


台場跡  台場跡から海を臨む。海  ここに幕末に異国船の江戸湾侵入を阻むための、大砲が設置されていました。


猿島要塞の内部構造  猿島要塞の内部構造。兵舎、弾薬庫、倉庫、司令部などがありました。


兵舎入り口  緩い上り坂が続きます。上り坂  右手に兵舎入り口があります。


兵舎入り口の正面  兵舎入り口の正面。柵があって中には入れません。

 

「猿島要塞」の解説:

 

 「要塞とは、外敵を防ぐための防御施設です。猿島の要塞は東京湾口の守りを固めることを目的として、明治時代中期に明治政府が建造しました。

  すべての施設が岸壁を掘り込んで造られているので、島の外からは、まったく見えない構造になっています」


弾薬庫1  右手の空洞が明治時代の弾薬庫。

 

「弾薬庫」の解説:

 

「切り通しの東側には兵舎と弾薬庫が交互に並び、小窓の無いこの部屋は弾薬庫として使われました。部屋の隅には井戸のようなたて穴があり、これを使って真上の第2砲台へと弾薬を運んでいたと思われます」


弾薬庫の解説 

弾薬庫の解説。「部屋の隅の井戸のようなたて穴」は、赤丸内のようです。


弾薬庫2  弾薬庫。中に入れませんが、ネット上の写真を見ると保護柵がない写真もあり、最近立ち入り禁止になったのかもしれません。