
■人生を厭世観や嫌悪感に悩む人
――怠惰な人生を送っている者がいますが、そういう人間にも使命は授けてあるのでしょうか。
「人間の中には、一生涯、自分のためにだけ生きて、何一つ世の中のために貢献しない者がいることは事実です。実に哀れむべき人間で、その無為の生涯への償いとして大変な苦しい目に遭うことでしょう。しばしば今生(こんじょう)にあるうちにそれが始まります。厭世観と嫌悪感に嘖(さいな)まれます」
【解説】利己的な生き方をすると、このようにネガティブな念に苛まれがちな人生となるようです。反対に人の為になる利他的行為を続けると、次第に霊的エネルギーが体内に充満してきて、満ち足りた気分を覚えるようになると言われます。
利己的行為でなぜ厭世観や嫌悪感を持つようになるかというと、霊的エネルギーが流入せずに欠乏するためです。
■秀でた才能を持つが道を誤った人
――人類に多くの真理をもたらした天才的霊能者が人間的に大きな過ちを犯したり、貴重な真理と同時にとんでもない間違った思想を説いている人がいます。こういう人たちの場合、使命とは何だったのでしょうか。
「自分で自分を裏切ったということです。引き受けた仕事に耐え切れなかったということです。
ただし、そうした先輩を批判する時に考慮しなければならないのは、彼らが置かれた時代的背景です。天才的霊能力はあっても、その時代のレベルに合わせて語らねばならなかったということです。後世の者の目から見れば間違っており幼稚に思えても、その時代としてはそれで十分だったのです」
【解説】ここでは霊能者の例を出していますが、他にアーティストや学者、政治家など様々な分野を挙げられます。
一例としてヒトラーは統治者として、ある部分で天才的な才能を有していたのかもしれません。それを正しい方向へ使えば人々の幸福につながったはずですが、歪んだ方向へ悪用したため、人類史上大変な負の遺産を作ることになってしまいました。
■使命を与えられた人
――完全な純粋性に到達するまでは、霊は何度でも試練に遭わなくてはならないのでしょうか。
「理屈の上ではその通りですが、“試練”の意味が違ってきます。地上の人間にとっての試練は物的な辛苦です。が、霊がある一定の純粋性の段階まで到達すると、まだ完全ではなくても、その種の試練は受けなくなります。
代わって今度は向上進化のための仕事が課せられ、その責務の遂行が試練となりますが、それには苦痛は伴いません。たとえば他の霊たちの進歩を手助けする仕事などです」
【解説】霊は何回か再生を繰り返すことによって、徐々に物質的苦難から脱していき、使命として後から来る者のためのサポートの仕事などに従事することになります。このような状況になると、人生を大きく費すような特別困難なカルマも受けなくなってきます。
■使命を持つ者の人生の傾向
――使命をもって再生する場合の使命とはどのようなものでしょうか。
「人間を教育し、向上・進化を促し、また間違った慣習を改めることに直接携わります。もっとも、こうした使命は高尚で重大なものですが、その配下でコツコツと働く蔭の功労者がいることも忘れてはなりません。世の中の全てがどこかでつながっているものです。
霊は再生して人間的形体に宿って霊性を磨く一方で、神の計画の推進にも寄与しているのです。一人一人に使命があり、何らかの形で役立つものを秘めているからです」
【解説】霊に使命がある場合は、人間や社会を向上・改革する方向に持っていく仕事に従事することになります。しかしその裏には、人間をサポートしている背後霊たちが存在し、目に見えませんが、人間と霊とが一心同体で作業を行っています。
■親となる使命は責任重大
――親となることも使命であることがありますか。
「ありますとも。しかも重要この上ない義務でもあります。その義務の遂行は人間が想像するより遥かに大きく将来に重大な影響を及ぼします。
そもそも神が両親に子を授けるのは、後見人としてその子がまっとうな人生を送るように指導と監督をさせるためです。子供がか弱くデリケートに出来ているのは親の関与を多く必要とさせるためで、それだけ子供は親を通して新しいものを得るわけです。
ところが現実には多くの親は“我が家”中心に考えて、一人間として立派な性格の子に育てるよりも、金(かね)のなる木になってくれるように腐心します。
その結果としてもしもその子が親のエゴの通りの人間になったとしたら、それは親としての信義に背くものとして罰を受けると同時に、いびつに育ったその子がこうむる苦しみの数々の責任も問われます。親としての本来の義務を遂行しなかったからです」
【解説】子供は遺伝的に親の肉体を受け継ぎますが、肉体の中に入っているのは全く親とは別の、他人の霊です。このように、他人を教育する親の使命は責任重大であることがわかります。養育を自然の摂理や自己の道義心に反する利己的な形で行った場合、やってくるのは因果律(カルマ)ということになります。
『霊の書』第2部 霊の世界、5章 霊としての生活
『霊の書』第2部 霊の世界、9章 霊の仕事と使命
キーワード:人生の試練、人生の使命、因果律、カルマ