イエスキリストが癲癇という病気を癒やしたとき、弟子たちが「なぜこの人は病気になったのでしょうか?本人が罪を犯したからか、それとも親が罪を犯したからなのでしょうか」と聞いて、イエスの答えは「周りの人間が罪だと思わなければ罪とはならない」だった。
これがどういう意味なのかといえば、この世界は人々の思い込みによって作られていて、その思い込みによって人の人生は影響を受けるということだ。つまりどんなに悪いことをしていても本人や周りの人間が悪いことだと認識しなければ悪いことにはならないし、どんなに良いことをしていても周りが迷惑だと感じてしまえば親切のつもりでも悪いことをしたことになってしまったりする。周りがどう感じているのかに鈍感で、独りよがりの思い込みだとそうなってしまうのだ。
実は最近自分は仕事を辞めて、11月から新天地で別の仕事に就くことになる。仕事を辞める際、辞めないでほしいと上司に何度も引き留められ、自分がいなくなると困ってしまうようなことを言われた。自分からすると、後輩の人にしっかり仕事も引き継いだし何も問題ないと思うのだが、上司と同僚の何人かは不安そうな顔をしていた。そして、自意識過剰とかではなく実際に今少しだけ困っているのだと思う。なぜなら上司を含めみんながそう思い込んでいたからだ。
そんな状況でも上司という影響力の強い存在が問題ないと思っていれば、問題も起きないはずだが、みんな揃って不安に駆られているとその状況は引き寄せられてしまうのだ。
逆に自分がこの職場にいないと仕事が回らないぞ!っと思い込んでいる人がクビになったのを見たことがあるが、これは全然困らなかった。なぜなら上司含めみんな「こいつはいらない」と嫌われていたからだと思う。仕事というのは作業ではなく人間関係だ。仕事ができても周りに嫌われる人間はいらない人になってしまうし、仕事はどうあれ人間関係で人の心に深く入り込んでいる人は必要な人だとみんな思い込んでくれる。