対ケニア開発支援について | 坂本雅彦のブログ

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作家、国会議員秘書、教員、学者

遠すぎていケニアい。

 さだまさし氏の代表曲のひとつに「風に立つライオン」という名曲がある。

「その感動を君と分け合いたいと思ったことがたくさんありました ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが 一斉に飛びたつ時 暗くなる空や キリマンジャロの白い雪 草原の像のシルエット 何より僕の患者たちの 瞳の美しさ ~ 診療所に集まる人々は病気だけれど 少なくとも心は僕より健康なのですよ 僕はやはり来てよかったと思っています 辛くないと言えば嘘になるけど しあわせです」

 ケニアの国境地帯で医療活動に尽力した日本人外科医の柴田紘一郎氏をモチーフした曲である。三年前、自分より夢を選んでナイロビに飛び立った元恋人の医師に届いた手紙の返事がこの曲となっている。曲のエンディングに流れるボレロ調の「アメイジンググレイス」が印象的だ。「風に立つライオン」と「アメイジンググレイス」に共通するのは「生きること、生かされることの自覚」が相手を思う祈りとなり、受け取る者の感謝となる。

 ロシアがウクライナに侵攻し目を覆わんばかりの惨劇が起きている。年明け早々には能登半島地震が発生し多くの方々の尊い命を奪った。2015年にさだまさし氏は「風に立つライオン基金」を創設し、国内外の僻地医療や大規模災害復旧支援事業などをサポートしている。人の心の憎しみを遠ざけたいというさだまさし氏の決意を感じる。

 さて、なぜ「風に立つライオン」について紹介したのかというと、来る2月6日にケニアのウィリアム・サモエイ・ルト・ケニア共和国大統領が公式実務訪問賓客として訪日する。そのタイミングを見計らうかのように外務省より「在ナイロビ国際機関日本政府代表部設置法案」提出される。

 ケニアはコモンウェルスに加盟する東アフリカに位置する国であり、1963年にイギリスから独立した比較的新しい国だ。国土の多くは高地に位置し熱帯気候に属する。一人当たりのGDPは5000ドルほどで裕福ではない。産業の多くは農業であり、コーヒーや紅茶やアボガドのEU向けの生産が多い。日本との貿易ではコーヒーの輸出、自動車の輸入が多い。

 日本のケニアに対するODAの関りは1963年からと古い。サブサハラ・アフリカでは最大の供与先であり延べ6000億円超える援助を行ってきた。1993年よりアフリカ開発会議(TICAD)が日本の主導で5年に1回のペースで開催されてきた。日本からの距離が遠いこともありODA額も日本企業からの直接投資も減少しつつある。とはいえ、日本からの円借款は既に7500億円を超えておりケニアにとって日本は主要なパートナー国であるはずだ。モンバサ港や地熱発電のオルカリア発電所も日本からの円借款で整備されている。

 2013年以降、中国は一帯一路政策を掲げ発展途上国へのインフラに対する融資を積極的に行ってきた。以降、アジアのみならずアフリカ諸国のインフラ市場を中国が席巻してきた。ケニアにおいても例外ではない。ケニアから日本が託されてきたインフラ事業の多くが中国の融資と請負にとって代わられた。鉄道や道路の多くは中国が受注している。理由は融資と工期の短さ。例えば、200キロメートルの幹線道路を受注した中国はたった4年で完成させている。同時期に日本が請け負った道路は50キロメートルで6年を費やしている。中国が日本の4倍以上の効率で工事を進めたことになる。スピードだけではない。中国の請け負った道路はほとんどの区間でアスファルト舗装している。一方、日本が請け負った区間は都市部の近郊以外はほとんどが未舗装のまま。一見すると中国と日本では大きな差が生じている。日本の工事が劣っていると思われて当然である。当初はそう思われていた。

 ところが、完成後にしばらくするとケニアの中国と日本に対する評価は一変する。中国の工期が短かったのは中国本土から多くの労働者を移住させて労働に当たったこと、中国本土から多くの重機を持ってきて操縦に慣れた中国人オペレーターが使用したこと。工事に必要なコンクリート製品や資材のほとんどを中国本土から持ってきたこと。それらによってケニア国民の労的負担や技術的負担はほとんどなく中国側が工事を完結したことによる。 

 一方、日本は重機を使わず、資材は現地調達、労務を負う人員もケニアの人々が携わるようにした。1袋25キロの土嚢を道路面に敷き詰めその上に上土を被せて締め固めるという単純で原始的な方法であるが地盤沈下に対しては案外強固であるし降水後の水捌けも良い。道路整備が行政の手に移る前は地域住民が道普請として独自に道路や路地を整備して維持管理を行っていた。その知恵と技術をODAとしてケニアにも伝承している。

 つまり、中国と日本では内容も発想も姿勢も全く違う。資金の融資と工事の完全請負をパッケージ化して早期完成を可能とした中国への評価は当初は高かった。日本に対する批判的な声も上がっていた。ところが中国の道路工事が完成して間もなくその評価は逆転する。中国が行った工事は瞬く間に道路が波打ち、側溝は露出したままで脱輪が起き、亀裂も目立つようになる。ケニア政府が中国にメンテナンスを相談しても有償とされてしまう。それどころか中国への高利の返済が始まり財政的にも厳しくなってくる。中国への信頼が揺るぎ出した頃には日本のODAや円借款によるインフラ整備の評価が見直されるようになる。日本が請け負った道路整備は技術者が土木技術や経験を惜しみなく現地の企業や労務者に提唱した。まずは研修から開始し、1500人以上のエリアリーダーを育て、その者が地元で担当エリアで地元民から労務者を募り整備を進めた。重機やコンクリート資材の調達は現地では困難であるから最初から利用せず、ケニアで調達可能なもののみで道路整備を進めていった。もちろん、投資資金のほとんどは現地の企業や労務者に支払われることとなり日本国が多くを回収することはない。数万人もの労働力を必要とする事業となり経済的な効果も少なくない。現地にあるものを使って現地の人々が作った道路であるから完成後のメンテナンスも現地の人たちが行うことができる。何より、自分たちが作った道なので思い入れも強い。作業に当たった地元の者同士の結束も強くなる。日本が果たす役割は知恵と取っ掛かりと資金投下である。ケニア国民は自信と繋がりと報酬である。この土嚢を使った道普請は“Do-nou technology”としてケニアのみならず各国で評価を上げている。

 ちなみにケニアで日本の作った都市近郊のアスファルト施工した道路にも工夫が伺われる。片道4車線の計画を片道2車線に変更したりしている。これは決して手抜きではない。ケニア国民は散歩が好きだし、ランニングをする人も多い。オリンピックでマラソン競技で金メダルを獲得した選手もいる。現地の嗜好やニーズを読み取って、車線を減らし歩道を広くし、且つ豪雨に対応できるだけの大きな排水溝と蓋を設置している。また、日本の整備した舗装道路に波打ちや亀裂はほとんどない。日本のODAで評価されているのは道路工事以外にもたくさんある。その一つが橋。中国のプレートガーター型の橋は簡単な工法で工期が短いが揺れに弱い。ケニアで中国が作った橋は開通直前に崩落している。一方、日本が中国作った橋は工法が難しく工期も長いアーチ型の橋である。アーチ型の橋は揺れに強く地震大国の日本では多く採用されている工法だ。日本は現地の建設業者にアーチ型の橋の施工方法の技術移植を行いながら建設を進める為に時間がかかる。そのかわり、橋のメンテナンスもケニアの業者が行えるし、他所で橋を架ける工事もケニアの業者が今後は行える。もちろん、ODAの費用は日本の業者が独り占めせず現地の業者に施行を請け負わせることで経済的にも直接的な支援になっている。

 日本はエネルギーや農業や水などのインフラに関しても自国の利益よりも当事者優先のスタンスで支援を行っています。何事も相手国の将来を見越して利益をもたらしているのが日本の支援である。進捗が遅いと言われるのも包み隠さず技術移転を行い現地の業者に施工を請け負わせているからである。高利で資金を貸し付け自国から資材を運び自国から施工業者を連れてきて現地にはお金も雇用も生まず中途半端な工作物だけが残るという覇権主義国とはわけが違う。うっかり中国の支援に頼るとインフラ工事のメンテナンスも中国に企業に頼らざるを得ない状況に陥り、かつ高額な利息と元金を吸い上げらつづけ、デフォルトの危機に陥るとインフラ設備を租借されて奪われるという事態に陥りかねない。中国による債務の罠を世界各国が学びつつある。日本人は他者の為に尽くすことを美徳とする素地がある。

 近年、日本のアフリカにおけるインフラ整備に対する評価は高まっている。一方、アフリカ諸国を席巻した中国の政策銀行や開発銀行による融資は高金利であることから各国において負担が大きくのしかかっている。世界銀行やADBの借入金利は1%前後であるが中国からの借入の金利は4%を超えると言われている。債務の弁済が滞った場合、中国国営企業は事業資産の接収を開始したり、さらには債務の弁済に代わる地下資源の提供を途上国側に求めたりするという。

 岸田首相は昨年5月にアフリカ各国を歴訪した折、ケニアにてルト大統領と会談した。ケニア国内で日本の支援への評価が見直されている中で、岸田首相は2030年までに官民合わせて750億ドル以上の資金をインド太平洋地域に投入し、成長を後押しする計画を伝えている。当然、日本国として中国のこれ以上の台頭を抑制したいという意図をルト大統領にも伝わったことだろう。

 今回のルト大統領の訪日に合わせてナイロビに日本政府代表部の設置を決めた。エチオピアに所在するAU(アフリカ連合)政府代表部に次いでアフリカでは2か所目となる。アフリカの人口は14億人、2050年には24億人を超えると見込まれている。平均年齢は21歳と若い。インフラ整備に遅れてはいるものの投資のチャンスは多い。太陽光や風力発電の投資が活発になっている。2000年以降、ODAのみならず直接投資も増えている。日本はアフリカとどう向き合うのか岐路に立っていると言える。人材育成や技術移転を大事にする日本の姿勢を生かして独自のポジションを構築することが望まれる。アフリカに向けて日本が行うすべての事業計画は、研修、教育、科学技術開発および移転を通じた市民社会支援を含むべきである。アフリカは最後のフロンティアなどと呼ばれている。支援の歴史は長いが影の薄い日本。AUとして巨大連合体となったアフリカに現地に寄り添った改善と支援を提供していかなければならない。


参考

ルト・ケニア共和国大統領夫妻の訪日 外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/afr/af2/ke/pageit_000001_00237.html

ケニア Wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%8B%E3%82%A2

ナイロビ Wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%93

政府代表部 Wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E5%BA%9C%E4%BB%A3%E8%A1%A8%E9%83%A8

在外公館 外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/link/zaigai/index.html#section8

在ケニア日本国大使館 国際関係 外務省

https://www.ke.emb-japan.go.jp/itpr_ja/un-j.html

日本とアフリカが会議 TICADって何?

https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/qa/2022/08/26/24853.html

アフリカ開発支援 日本の貢献と課題

https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/900/486937.html

一帯一路に邁進の中国、アフリカ17カ国に提示した「債務免除」の狙いは何か JBPRESS

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71917?page=3

ケニアと日本の繋がり セキュリテ

https://www.securite.jp/fund/detail/7696?a=25#notice

草の根インフラ整備と貧困削減 ─開発途上国での道普請の啓発,現地調査と対話で決まる設計 建設プラザ

https://www.kensetsu-plaza.com/kiji/post/43560

岸田首相、3年間で4兆円のアフリカ支援を表明…TICAD8で基調講演 読売

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20220827-OYT1T50170/

岸田首相 アフリカ4か国歴訪 グローバル・サウスと連携強化

https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/98889.html

アフリカにおける中国—戦略的な概観

https://www.ide.go.jp/Japanese/Data/Africa_file/Manualreport/cia01.html

アングル:中国のアフリカ向け融資急減、昨年は2004年以降で最低 Reuters

https://jp.reuters.com/markets/bonds/Z7PTNJ3MPRLCLAROK2QVNR46IA-2023-09-20/