イラン人との叶わぬ恋の話 | Travel is Trouble 109カ国目

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イラン人との恋の行方

280AMD=約100円 


イラン人がビザ無しで行ける近隣国・アルメニア。よってアルメニアには出稼ぎや訳ありイラン人が大量にいる。

私が宿泊した宿の清掃係はイラン女性・サヘル。笑顔がとんでもなく可愛く、天真爛漫な雰囲気。その屈託のない笑顔は私が忘れ去った純粋無垢さを感じられるのだが、年齢は私よりも5歳も上だというから驚きだった。


サヘルは2年前の2021年からアルメニアに住み続けている。その理由を一言で言ってしまえば道徳警察からの逃亡。彼女はイスラム教に対して昔から疑義があったらしく

「生まれた時から自動的にムスリムになっていた」

「棄教で死刑はおかしい」

ごもっともな意見である。私もイスラム教に対して疑問に思っていた部分は多々ある。

「豚肉が食べれないなんておかしいよね!?」

と訪ねると

「それは別にいいんだけどさ」

いやおいおい!

豚の角煮美味しいよ!? 魯肉飯一生食えるよ?!

彼女が道徳警察に狙われる理由はインスタグラム。聴衆の前でペルシャ語でプレゼンし、最後に風船を割っている動画を見た。恐らくはイスラム教は消えてなくなれとでも言うようなメッセージだったのだろう。フォロワーも多く、いかにイラン人に反イスラム教がいるかが分かる。

私がかつて記者時代に取材した在日イラン人の男性も豚肉を食べ、酒を飲み、祈ることはない。彼曰く、日本に住んでいるイラン人のほとんどがもはやムスリムではないという。モロッコで出会ったサウジアラビア人も同じで、彼がムスリムを辞めたのは

「教会に行った時に祈ってみると、イスラム教の祈りと何も変わらなかった」

という特殊な理由だった。


宿泊2日目の夜、サヘルから壮絶な話を聞いた。

「アルメニアに来た時の全財産は100ランド(36円)だった」

そんなことがあり得るのか!?笑 たった100ランドだけを持って入国してくるとは。

ホームレスなどが利用するシェルターに滞在して何とかやっていたというが、1週間滞在後にイラン人が無料宿泊所に滞在していると摘発を受けた。何でもイラン人はシェルターに滞在不可なのだとか。シェルターを後にした彼女はアルメニアレストランやイラニアンレストランなどで働き生計を立てていたという。そしてイラン人夫妻が経営するホステルで掃除婦として働いている時に私と出会った。

2日目の夜、サヘルとwhatsappを交換することになったのだが、彼女のスマホは画面がバリバリに割れていて、文字は辛うじて認識できるレベル。そしてバッテリー残量は8%で、充電してもそれ以上にならないという。今の時代、スマホがないと競争社会で取り残されかねないので、だったら盗難時に使おうとしていた私のサブのスマホを使ってもらいたいとプレゼントした。あくまでサブのスマホ。使われないより誰かに使ってもらった方がスマホも嬉しいだろう。それによって1人の人間が助かるのなら本望である。


彼女とは私が滞在した2日間かなり話し込んだ。しかしこのことが後にオーナーの逆鱗に触れることになるなど知る由もなかった…。彼女と話すのはとても有意義だったのだがエレバンにリダの家という日本人宿があるということが分かったので様子を見に行こうと宿を変更することに決めた。リダの家はかつて路頭に迷う日本人をアルメニア人老婆・リダが家に招いて助けてあげたことから伝説の日本人宿として君臨している。リダは御歳81歳だというのに家や庭の清掃をしたり料理を作ったりといまだに現役。そして何よりBooking.comの他の宿が最安で2500ランドの中、ドミトリー1泊2000ランドという破格なのが最高。しかもドミトリーと言っても円安の影響で日本人旅行者が海外に出てきてないこともあってドミトリーをプライベートルーム同然に利用できたのはおいしい。


リダの家で悠々自適に過ごしているとギルダから連絡。

「オーナーに宿を追い出された!」

ムスリムの世界では女性が他宗教の男性と親しくするのは厳禁であり、私と親密に話し込んでいたことを良く思わなかったのだろう。しかし彼女本人は自称元ムスリムであり、それを公言しているのだがイラン人のオーナーにはそれが理解できなかったのであろう。ムスリムの慣習を知らなかったのだがなんとも言えない罪悪感に苛まれてしまったので彼女をリダの家に呼ぶことにした。


サヘルの全財産は6000ランド。最安のリダの家だが3泊したら無一文になるほどのその日暮らし。宵越しの銭は持たない江戸っ子の見本とも言えるその生き様には感銘を覚える。仕方がないので私が彼女の食費と宿泊費を支払ってあげることにした。食材を買ってきてはサヘルが料理してくれる。言ってみればイラン料理を食べさせてもらっているも同然なので私にとっても嬉しいのである。


池のある公園まで歩いて一緒に行った時の話。距離は2kmにも満たなかったのだが

「足が痛くて歩けない」

辛そうにしていたサヘル。普段から歩いていないのではないかと聞くと

「筋ジストロフィーなの」

青天の霹靂だった。指定難病の筋ジストロフィーを持つ人と私は今後も付き合っていけるのか? それに周辺視野が見えないことなど複数の持病を持っていた。私ももうじじぃなのでサヘルと結婚しようかと考えていた時の話だった。しかもである。母親は寝たきりで、一番上の姉は統合失調症で自宅に引きこもるなど一家があらゆる病気でダウンしている。これは後にイランを旅して分かるのだが、ゾロアスター教が多分に影響を及ぼしている可能性が高いのではないか。


紀元前6世紀から7世紀後半まで千年以上も現在のイラン周辺を中心に信者が多くいたとされるゾロアスター教。ゾロアスター教は近親相姦が最大の善徳と説かれていたこともあって、生まれてくる子供に何らかの遺伝子疾患の罹患率はかなり上がる。

ゾロアスター教について書いたブログは以下


まあそれはいいとしても筋ジストロフィーや他の病気の治療代を私みたいな金持ちでも何でもない男が賄えるわけないのである。その筋ジストロフィーが影響してか、サヘルは朝トイレに入ってから1時間程度は出てこない。そして結婚を諦めた理由を決定付けたのはムスリムの女性とノンムスリムの男が籍を入れる難しさ。

まず私がムスリムにならないといけないという高きハードル。チャーシュー、魯肉飯が食べられなくなるなんて考えられないんですけど! あとお祈りもお盆の墓参りくらいにしてくれないかな? そして宗教婚の婚姻証明書が必要なのだがサヘルは

「私はムスリムじゃない!」

の一点張り。イランのパスポートの時点でそんなの絶対にまかり通る訳がないのに。こうして結婚を諦めるに至ったのだが、彼女と一緒にいる時はまだその気だった。


元々UAE行きの航空券を購入していたのでアルメニアに居られる1週間のみ。アルメニア各地を訪れようと思っていたのだが、彼女と一緒に居た方が断然楽しかったのでどこにも行くことはなく、エレバンにずっと滞在していた。

彼女着ていた鮮やかなワンピースは良いのだが下がおっさんが履くような黒いサンダル。あまりにも不恰好だったので買ってあげることに。この時点でただのパパ活じゃないかと思われるかもしれないが、彼女はアルメニア語がペラペラで、街のことを教えてくれたり相互に助け合っていた。…はずである。

手頃なサンダルを買ってあげるとそれを履いて

「ねぇ見てみて。私リッチに見える?」

…反イスラム教を掲げてアルメニアに逃げてきた彼女。ビザがないので合法的に仕事もできず常に貧乏生活。その言葉が深く胸に突き刺さり、何と芯の強い女性であるんだと思わされただけでなく、ぬるま湯に浸かっている私は一体何してるんだろうと思わされた。

「うん。リッチに見えるよ。綺麗だよ」

それ以上は何も言葉が出なかった。


心優しき彼女は、余ったご飯を猫に与えていた。

「なんで余裕がないのに猫にご飯を分け与えるの?」

そう聞くと

「猫が可愛いから」

相変わらずの屈託のない笑顔。いつも自分に素直に衝動的に行動してきたことがあの屈託のない笑顔を作り出しているのか。いつも喜怒哀楽がはっきりしている彼女にいつの間にか引き込まれていったのだろう。


最終日の夜、近くのショッピングモールへ。今日でしばらくサヘルに会えなくなると思うと感情をコントロールすることが難しく、目を合わせて話すことができなかった。

「トイレに行ってくる」

トイレの個室に入るなり泣けるだけ泣いた。涙が枯れるまで泣けばもう大丈夫だよね。関係を保つのは簡単だが、その先の未来を考えるとやはりどうにも難しい。好きな人と一緒に過ごせなくなる辛さってこんなにも辛いんだね。

私が過去にお付き合いしたのは3人。20歳の時に世界旅行を始めたことをきっかけにお付き合いすることを封印した為に3人で留まっているだけであり、別に私に特別難があるわけではない…はず。3人共特別好きだったわけではないのだが、成り行きで付き合ったという感じだったので、別れるときもさほど辛くはなかった。なので今回感じるこの別れの辛さとはこれまでに感じてきたものとは格段に違った。そして同じ日本に住んでいる人ではなく遠い異国の地という一生会えないかもしれないという現実がさらに拍車をかけた。それでも行かないと…。


別れの日。

「なんで私だけを置いていくの?!」

そう言う彼女だったが泣いてはいなかった。私の気持ちだけが独り歩きして彼女を思う気持ちが勝手に膨れ上がっただけなのだろうなきっと。彼女も生きていくために必死で、正直恋愛どころの話ではないのだろう。これで何か吹っ切れたような気がした。

エアーで路上演奏をしているフリをするだけの簡単な稼ぎがあった彼女だったが、それでもやはり長期的に見てまだまだ生きていくのには厳しいだろうと、1ヶ月分の家賃分だけ金を渡しといた。これで終わり。

彼女と別れた直後、人目を憚らずに泣いた。泣きたくないのにどうにも止めようがなかった。


UAE行きの飛行機に乗る直前だった。サヘルから連絡。

「なんで別れの挨拶無しで帰ったんだってリダが怒ってるよ」

忘れてた…。


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