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鑑賞ポイント3.音楽の特性
〈グレートコメット〉はサング・スルー。最後に出てくるピエールの短いセリフ以外、セリフはない。音楽がすべての状況、情緒、人物の性格、対話のすべてを表現する。
特にこの作品では、人物の性格をナンバー1曲に丸ごと入れ込んだ曲が多く、曲の雰囲気もそれによって大きく変わる。
1つ戸惑ったのは、状況と内心の想いまで「歌詞」として歌われること。
戯曲やシナリオを見るとセリフの前に括弧で表示されているト書き。〈コメット〉ではそれが歌で表現されている。説明が歌われると言うことだ。
なので、中間に「これはセリフか?一人言か?」と紛らわしい部分は、人物の内面が歌詞で表現されているからだろう。
マリとナターシャが会い、お互いの第一印象を話すナンバーがある。2人の関係を「不協和音」で表現する部分があるのだが、俳優たちが音程を外したのではなく、気まずい雰囲気、それ自体を音楽で表現したのだ。
鑑賞ポイント4.舞台上の象徴(ピエールの空間、照明と人物心理、ろうそく、ドア)
ノンレプリカなので、オリジナルとは異なる点があるかもしれない。
舞台の中央部分にはピエールとオーケストラメンバーが常駐する空間がある。ピエールはほとんどその空間から動かない。そこで楽器を演奏し、本を読み、酒を飲み、手紙を書き、キム・ムンジョン監督に毒針を打つことまで全てする。ピエールは引きこもり?
その空間は、ピエールが生きている世界の小ささを感じさせる。自分にふさわしいと思う世界に閉じ込められ、新しいことを受け入れられない状態と言おうか。ピエールは世界から自己隔離したのだ。
先ほど言ったように “ Dust and ashes” と言うナンバーの後は、ピエールがこの空間を自ら抜け出そうとする姿を見ることができる。特に2幕では頻繁に出ていく。
果たして、どんな変化を通じて、ピエールがこの空間を脱し新しい人生に出会うのか、その過程を追ってみるのも面白そうだ。
中央舞台を囲む照明があるのだが、劇中に人物の心理が劇的に変わる瞬間、この照明が丸くきらめく。
ナターシャがアナトールに100%落ちる瞬間が中央舞台の照明でわかる。
その後も多様な照明が人物の心理状態を表すので、じっくり見ると良いかもしれない。
ピエールが “Dust and ashes” を歌い、ナターシャとソーニャがろうそくを持って舞台に登場する。ナターシャはアナトールと出会い混乱している状態。
この時なターシャがろうそくを持って、鏡を覗き込みながら、「向こうにぼんやり人が見える」と言う。そして、それは婚約者のアンドレイのようだと続ける。
しかし、鏡に対応する実際の舞台の上にかすかな照明を受けて立つ1人の男性。それはなんとピエールだ。
ナターシャが鏡の中に見た男性は、アンドレイではなく、ピエールらしい。これは原作小説におけるナターシャとピエールの結末に対する伏線ではないかと思う。
ネタバレが嫌な方は飛ばしてほしい。
原作では、ナターシャとピエールが結局結婚することになる。
ろうそくのモチーフは2幕の最後に、ナターシャとピエールのシーンでもう一度出てくる。その時は、舞台全体が数多くのろうそくで溢れている。かつてろうそくでかすかに見えたイメージが、いっそう鮮明になった感じではなかろうか。
最後に、最も重要だと考える象徴は「ドア」である。
観客席に向けて、眩しい照明が発射されるとでも言えるような大きなドアがある。
2幕で、そのまぶしいドアから出ていく人物が全部で3人いる。アナトール、ナターシャ、ピエールだ。
アナトールはピエールから受け取った金のカバンを持って出て行き、ナターシャは自分の傷ついた心をピエールが慰めた後に出て行く。ピエールは夜空を落ちる彗星を見ながら、そのドアを出て行く。
私が考えるにこのドアは、「人物が究極的に目指す人生の方向へ通じるドア」のように思える。
ナターシャに、あれほど「愛している、君がいなければ生きられない」と叫んでいたアナトールは、ピエールがお金の話を持ち出した途端、頭からナターシャの姿は消え、お金のカバンを持ちドアの方へ行ってしまう。
ナターシャとピエールは得体の知れない希望と恐れ、そして、ときめきを抱いて、そのドアを出て行く。
おそらくこれは、劇が終われば彼らの話も終わってしまうのではなく、自分が正しいと考える人生の価値観の中で生き続けるのを暗示しているのではないか。
ドアを出て行った人物たちは、どんな人生を送るのだろうか?こんな想像も楽しい。
(鑑賞ポイント5に続く)