じきの食歴

じきの食歴

世の中には、美味しいいもので溢れている。
そんな美味なる料理やお酒の記録を食の歴史として記しておこう

表参道駅から歩いて10分強。
華やかな都心の商店街の喧騒が遠のき、一本路地裏に入った場所に、そのアパートはある。

目指すのは、なんと元管理人室だったという一室。
看板はない。
事前情報がなければ、ここが飲食店の入り口だとは誰も気づかないだろう。
オートロックのドアをノックすると、中から鍵を開ける音が響く。
紹介製の酒飲みのための店「Fluid」。
カウンター5席のみの極小空間。
ここに、店主である佐藤厚一郎さんの拘りがこれでもかと詰まっている。

佐藤さんは、利き酒師や酒ディプロマの資格を持ち、数々の蔵元の会を主催してきた人物。
そんな彼が「趣味」で2025年5月から始めたというこの店。
コンセプトは「ちゃんぽん」。

ビールをチェイサーに日本酒を飲み、ハイボールの合間に日本酒を流し込む。
酒量は通常の3割に抑えておいた方が良いと忠告されるが、ここには酒飲みの欲望を全肯定する空気が流れている。

まずは、チェコビールの傑作「ピルスナーウルケル」の生で喉を潤す。
下面発酵ビールの発祥国であるチェコの誇り。
注ぎ方も完璧だ。

料理は、酒を呼ぶためだけに存在するかのようなラインナップ。

サンセバスチャンの生ハム。
輸入が困難になりつつある希少な原木を、なんと4本もストックしているという。
フランス側、スペイン側と2種類が順に切り出される。
口の中で脂が溶け出し、熟成された旨味が油の中から滲み出す。
あわせて、シャンパンのニコラスフィアットも出てくる。

続いてタルト・フランベ。
ピザのようだが、これはフランス・アルザス地方の郷土料理。
生地の上には、発酵キャベツ、マンガリッツァ豚、そしてクロテッドクリームが鎮座している。
発酵の酸味と豚の脂、クリームのコク。
最初のビールやシャンパンとは、驚くほど酒に合う。
以前はピザを出していたそうだが、こちらに変えたというのは英断だろう。

ここから、日本酒のラインナップが火を吹く。
「新政 No.6 S-type」「王祿」「而今 にごりざけ生」「無窮天穏 雨雲」「飛露喜 かすみざけ」。
垂涎の銘柄が次々とグラスに注がれる。

そしておつまみとして次々と小皿が出てくる。
おひたしに2年物の自家製からすみ。
日本料理らしく、ほうれん草の葉と小松菜の軸と2種類の食材を合わせるあたりに、和の仕事を感じる。
5種類の豆、むかごの唐揚げ、サトイモ、柿の葉すし、茶わん蒸し。
さらに、あてもりとして出されたボタンエビの味醂漬けや、今年漬けたばかりの新物のからすみにすじこ。
どれも酒を飲むことを前提とした味付けなのだが、しょっぱさを全面に出したものではなく、上品でありながらも素材の旨味を使った飲ませるおつまみ。
数々の名店をめぐってきた経験が活かされている。

これらをアテに、お勧めで「タンカレーNo.TEN」を使ったハイボールを煽る。
割材には、コダマサワーとハイサワーの2メーカー5種類が用意されている。
高級ジンをあえて大衆的な割材で割ったこれが、実に旨い。

ちなみに、日本酒の燗はスチームコンベクションオーブンを使った「蒸し燗」で提供される。
柔らかく膨らんだ旨味が、五臓六腑に染み渡る。

メインは、豚しゃぶしゃぶ。
ただの豚ではない。中国では姿を消し、今や日本にしかいないという純血統の「金華豚」だ。
松坂牛等と同じぐらいの値段で、キロ単価1万円という代物。
合わせるタレは、滋賀の名精肉店「サカエヤ」の新保さん達とイベントで一緒に考案したという特製ダレ。
ミツカンの穀物酢と醤油を1対1でブレンドしたとのことだが、強めの酸味が脂の甘みを引き立てる。
根セリやセリの軸と共にいただけば、香りと食感のアクセントが加わり、箸が止まらない。

〆は、その旨味が溶け出した出汁でいただくうどん。
卵でとじて、優しく胃に収める。

デザートの紅マドンナには、「ドラピエ」のラタフィア・ド・シャンパーニュや山崎や白州等のウイスキーを合わせて。
最後まで酒飲みの心を離さない。

この内容で、税別6,500円というのは、ほんと趣味でやっているからこそ。
佐藤さんの凝り性が災い(?)してか、食材のレベルを上げすぎた結果、原価率は驚異の90%に達してしまったという。
そのため、今年5月からは税込10,000円に変更になるとのことだが、それでも提供される内容を考えれば破格と言うほかない。

表参道の路地裏、元管理人室。
そこは、利益度外視で「旨い酒と肴」を追求する、大人のための秘密の趣味の部屋だった。
値上げ前に滑り込めた幸運を噛み締めつつ、あるいは値上げ後でも通い続けたいと思わせる感動が、そこにはあった。

 

 

マツコの知らない世界の焼鳥の世界でも紹介されていながら、仲の良い知り合いしか予約が取れない、極めてハードルの高い紹介制の焼鳥屋。
「sintolitel(シントリテル)」。
店主は、品川での営業からしばしの充電期間を経て2021年10月に大森にて再始動した、焼鳥界のレジェンド青木さん。
今年から値上がりしてまったのだが、それでも飲み放題込みでちょうど1万円という、相変わらずお財布に優しい店。
ただし注意が必要なのが、スマイルが0円から500円になったということ。
忙しく焼いてる最中に話しかけて、愛想笑いでも引き出そうとすると課金されてしまうので、要注意である(笑)

今回は、焼き台の前の席でキュートな青木さんを堪能w

宴の始まりは、名刺代わりのトリテル海苔弁当から。
いきなり弁当箱が登場するユニークなスタイル。
蓋を開けると、ご飯の上には唐揚げ、玉子焼き、白滝の明太子和え、そしてブロッコリーのツナソースが鎮座している。
どれもしっかりと美味しいところにセンスを感じる。
これだけで酒が進んでしまう。

続いてササミのさび焼き。
プレーン、大葉巻、大葉巻+ワサビ、ワサビ、かんずり。
5種類のササミに加え、大森名産の海苔が2枚添えられている。
どれを海苔で巻くべきか。この贅沢な悩みこそが、ここでの最初の試練だ。

そして、真打ちとも言えるレバーが登場する。
上下をハツで留められたタレ味のレバーは、串がしなるほどのポーション。
一口頬張ると、中心までしっかりと熱が入っていながら、パサつきは皆無。
ねっとりと舌に絡みつく濃厚な旨味。
経験に裏打ちされた見事な焼きだ。

もも肉の間には、長ネギとシシトウが挟まれた、ねぎま。
軟骨の食感も良い、つくねが出て、串の合間に、冬らしいおでんが供される。
鶏手羽元、ちくわぶ、大根、がんもどき。
出汁が染みた優しい味わいに、ますます心が緩んでしまう。
こういう温かみのある演出も、青木さんの人柄なのだろう。

甘みのある油揚げが包まれたしのだ巻き、ガーリックバターの風味の良い厚揚げ、マヨの酸味とちくわの食感も良いちくわマヨ和えといった3種盛り。
丁寧に種も取られているキンカンのサラダで、さっぱりと口直し。塩昆布のアクセントが良い
そして、うずらの玉子が出てから再び鶏肉へと戻る。

むね肉は、ただ焼くのではない。
ネギを油揚げとむね肉で巻き込み、串を打っている。
油分の少ないむね肉に、油揚げのコクとネギの水分を補う。
このひと手間が、素材を何倍にも美味しくしている。

手羽先には特製のアリッサソースが添えられる。
スパイシーな刺激が、脂の乗った手羽先を引き締める。

そして、お待ちかねの鶏ドッグ。
炭火でこんがりと焼かれたパンに、ジューシーな鶏肉。
これに合わせるのは「大人のコーヒー牛乳」。
コーヒー焼酎を豆乳で割ってもらったもの(正式メニューにはない)。
鶏の脂をコーヒーの苦みと豆乳のまろやかさが流してくれる。
この組み合わせこそが、鶏ドッグを最も美味しくいただくための最適解だと思う。
(正確にはコーヒー豆乳だがw)

最後に滋味深い鶏スープでほっこりと。

今回も、最初に出た弁当箱に串を詰めて持ち帰ろうと思っていたのだが、気づけば胃袋に全て収まってしまっていた。

なお、今回いただいたお酒は、
レモンサワー
春霞 栗ラベル 改良信交
超辛 上喜元 純米吟醸
琥泉 純米吟醸しぼりたて 無濾過生酒 原酒
小左衛門 純米吟醸 播州山田穂
帰山 搾りたて裏帰山 超辛口 純米吟醸 生原酒
甲子 酒々井の諸事情
菊姫 吟醸あらばしり
奥播磨 純米吟醸 芳醇辛口 赤ラベル
大人のコーヒー牛乳
といったもの。
相変わらず良いラインナップだ。

実はこの日、ある人物と一緒にこの暖簾をくぐるはずだった。
人気番組『マツコの知らない世界』で、この店を世に知らしめた故・和内さんだ。
自分ともあまり年齢も変わらず、これから焼鳥業界での活動をさらに広げようとしていた矢先のこと。
前日に焼鳥を食べ、帰宅して眠っている間に脳内出血で旅立ってしまったという。
あまりに突然の別れに、やるせない思いが胸を締め付ける。
焼き台の前に立つ同い年の青木さんを見ていると、お互いに同世代として健康には気をつけねばと痛切に感じる。
そんな感慨深い思いを抱きながら、大森の夜風に吹かれて帰路についた。

都内某所。
住所は非公開だが、「ああこの建物なのか」とお思わずにはいられないビルの中に、知る人ぞ知る、いや、知っていても容易には辿り着けない秘密の空間がある。
「すがひさ」。
かつて溝の口で月に数日だけ開催されていた伝説の「変タイ鮨の会」。
その後、虎ノ門ヒルズステーションタワーへと華々しく進出し、変タイ鮨専門店として食通たちを熱狂させた。
しかし、店主の菅正博という男の探究心はそこには留まらず、さらなる高みを目指し、2026年1月より業態を変えて某所にて活動を再開した。
なんと、月のうち連続した2週間だけ「調理実演と試食を中心とした料理教室」という形式で営業し、残りの期間は地方などでのポップアップイベントに費やすという。
席数はわずか4席。完全貸切のみ。
予約困難という言葉すら生ぬるい、まさに選ばれし者のための実験室だ。
カウンターの後ろには、都会の夜を彩るイルミネーションが煌めくロマンティックな空間。そしてカウンターの中には、菅さんのやさしい笑顔がある。

この日の会は、オリジナルジンのパクチー割りから始まった。
ラベルに描かれた「笑」の字をよく見ると、なんと「●●●」の文字が隠されている遊び心。
その後出てきた酒も日本酒「楯の川 MALOLAC」や「笑四季 MONSOON」等、変タイ鮨とのマリアージュを考えられたものだった。

料理としてまず供されたのは、トムヤムクンのクリアバージョン。
魚の骨と海老の頭から取った出汁に、レモングラス、ライム、カーを加えた一杯。
菜の花が彩りを添え、程よい辛味と酸味が胃を優しく、しかし確実に活性化させる。

その流れで海老の握りへ。
トムヤムクンのペーストが忍ばせてある。
海老とトムヤムクン。この組み合わせこそが正解だと、誰もが知っているはずだが、鮨という形での再構築には驚きを隠せない。

マッサマン茶わん蒸しは、ジャガイモの代わりにエビ芋、鶏肉の代わりにマグロを使用。
定番のマッサマンカレーのテイストだが、常に進化し続ける菅さんのセンスが光る。
丼ぶりでいただきたいほどの完成度だ。

ここで、3種類のおつまみが登場。
数の子をタイ風味のヤム(和え物)に仕立てたもの。
ライム、にいず菜、生胡椒、ナンプラーの香りが鼻腔をくすぐる。
そして、おこげにあん肝レッドカレーのペースト。
タイ料理でもおこげがあり、カオタンという。
菅さん曰く「米とカレーだから、これカレーライスですね」と笑うが、その味の因数分解は見事というほかない。
鮎の稚魚である「ひうお」ともずくは、タマリンドとナンプラーで仕上げられ、酸味の奥に深いコクを感じさせる。

続いて出されたののは、タイのミャンカムというバイチャップルというハート型のコショウ系の葉っぱで色々なものを包む料理を海苔で再現した一品。
カピ(おきあみの塩漬け)を中心に、ライム、インゲン、赤玉ねぎ、生ショウガ、エシャロット、ピーナッツ、パッパードン(タイの高菜のようなもの)、唐辛子で囲むように盛り付けられており、これらの薬味を、自分で海苔に包んでいただく。
手巻き寿司のようでありながら、口の中で弾ける風味は完全にタイ。
「料理教室」という名目らしい、体験型の演出が心憎い。

箸休めの4種
 青パパイヤとショウガのガリ
 大根:ナンプラーと甘酢
 リンゴ:カルダモンとショウガ
 パイナップル:甘酢と胡椒
いずれも見た目に騙される系だが、味付けはそれほど強くなく、鮨の合間につまむとほどよく口内をリフレッシュさせてくれる。

そして、牡蠣のガパオへ。
バジル炒めを意味するガパオを、牡蠣で表現する。
白米が欲しくなる旨さだが、ここはあえて酒で流し込む。

野菜とフキ味噌
ちょっと変わった風味のフキ味噌といった味わいだが、クラチャイというハーブが使用されている。野菜にもタイ料理らしい仕事がほどこされている。

握りに入ると、変タイ鮨の真骨頂が発揮される。
イカには、塩水と生卵に2週間漬け込んだ塩卵の黄身をココナッツオイルで練ったものが乗せられている。
一見奇抜だが、ねっとりとした黄身のコクが酢飯と驚くほど合う。

マグロ赤身
なすとトマトとニンニクか全部焼いてローストした、ナムニャオを使用。

〆鯖は、プリックヌム(緑唐辛子)を炭火で焼いて潰したナムプリックヌムと共に。
酸味と辛味と苦みと旨味のバランスが良い。
柚子胡椒をイメージされたとのこと。

そして、ホタテ。
瓶詰の雲丹でも乗っているのかと思ったら、レッドカレーの一種であるパネンカレー(2023年世界一シチューに選ばれた)が乗せられている。
旨味もしっかりあり、適度な辛さがホタテの甘味を引き立てる。

ココナッツミルクの甘いスープをサツマイモで表現したサツマイモのすり流しでほっこりとしていたら、目の前でライムの代わりに金冠を使い、唐辛子、ナンプラーを石臼ですりつぶしはじめた。
これは、次の鯛の握胃に使われる。
希望者は、石臼を使わせてもらえ、自分で作ることもできる。
家庭でも真似できるようにイケアで売ってた石臼を使っているとのこと。

サワラにはミントをベースに。下には玉ねぎが。
玉ねぎの辛味がちょうど良い。

中トロにはニンニク、唐辛子、発酵した米を使ったものが持ちいられており、これは発酵ソーセージをイメージしたとのこと。
余韻に発酵感がある。

最後は、グリーンカレー稲荷。
変タイ鮨の代名詞ともなった一品。
最初いただいた時には、甘い油揚げと、グリーンカレー風味の酢飯の相性がこれほど良いのかと驚かされた。
最初の1貫だと、自分的にはカレーの風味が物足りなかったので、カレーを多めにしてもう1貫追加で。

〆の椀物は、グリーンカレー白味噌に青さ海苔。
辛い甘い酸っぱいと塩っぱいが混在しながらも、調和し、タイ料理をいただいた後の余韻を残す。

見た目は端正な江戸前鮨。
しかし、その実態は広範な知識と卓抜したセンスによってタイ料理の魂を吹き込まれた、唯一無二の創作鮨。
一貫ごとに異なるタイ料理の要素が組み込まれ、食べるたびに驚きと共に新しい味に出会えたという新たな刺激に歓喜したひと時。
単なる料理教室ではなく、ここは食の可能性を探求し続ける、菅正博氏のための実験室なのだろう。
そう思って顔をあげると、カウンターの中ではイルミネーションと共に、穏やかに微笑む菅さんの禿頭が輝いていた。


あと、1月28日(水)→2月10日(火)の期間限定で、大丸地下にてグリーンカレー稲荷とトムヤムクン稲荷のテイクアウト販売が行われているとのこと。
興味ある方は、まずこちらをいただいてみては?
https://www.daimaru.co.jp/tokyo/topics/hoppetown_umaimono.html