コロナ禍を契機に長らく中断していた地元の祭りが復活。
人口減少や高齢化の影響でそのまま消滅してしまう行事も多い中、よく再興にこぎつけたものだと嬉しく思う。
先日は畑の手入れをしている際に、班長さんから「榊(さかき)の担ぎ手を頼む」と依頼され、「オッケー。何でもするから困ったら言って」と調子のいい返事をしてしまった。
傍でやりとりを聞いていた妻が「またカッコつけて...」と呆れたようにポツリ。
そうなのだ。
手術で肉を削がれた肩で榊など担げるはずもないのに、どうしてオレは後先を考えずに何でもかんでも引き受けてしまうのだろうか。
理解に苦しむ。
一昨日の受診で青年K医師より、両肺転移、肝臓にも怪しい影ありとの検査結果を告げられた。
もう組織検査をするまでもなく、転移と断定していいだろうとのこと。
抗がん剤治療を始めるにあたり、近々別の大きな病院へ「がんゲノム解析」の診察を受けに行くことや、月末に中心静脈ポート(CVポート)を埋め込むための手術を行うこと、さらには異動で主治医が代わることなど重要事項が矢継ぎ早に決定されていく。
K医師はゆっくりと丁寧に、「ここまで大丈夫ですか?」と確認しながら話を進めてくださるのだが、オレは自助機能が脳みそと感情の接続を遮断してしまっていて、
「あ、はい。大丈夫です」
と、まるで他人事のように生返事を繰り返した。
本当は受診後、祭りの買い出しに行く予定にしていたのだが、採血、採尿、超音波、入院支援室、また採血、また診察、と怒涛の展開で午後のスケジュールが埋まっていく。
まるでオールを無くした小舟のように、なす術もなく流されている。
検査の合間に、職場のA園長へ今後の相談で2度電話。発病時に一緒だったS園長へもLINEで報告をした。
1日が長い。
全ての任務を終えて病院を出る頃にはもう夕刻が近くなっていた。
娑婆に戻りようやく感情を取り戻す。
何となく真っ直ぐ帰るのが嫌で、祭り用のスイカを買いに県中部のスイカの名産地へ片道1時間かけてドライブ。ついでに近くに住んでいる孫のバブちゃんの顔を一瞬見に行く。
バブちゃんは最近ストローでお茶が飲めるようになったとのこと。
明日の午後、ウチに顔を出すそうなのでひと足先にスイカを食べさせてやろう。
今までひた隠しに隠してきたが、入院を伴う治療となれば、さすがに父親に言わない訳にもいくまい。
男のド根性で通院治療というわけにはいかないのだろうか。
問題山積。
とりあえず...
梅でも漬けよう。
勝手にしやがれ。

