昨年夏に始めた毎朝の弁当作りが、奇跡的に現在も継続中。

副作用のキツい日や体調の悪い日以外は、月曜から土曜までほぼ毎日欠かさず作り続けている。


元々は抗がん剤治療による休職中に、生活リズムを整えるための日課のようなものが欲しくて始めたのだが、思いのほか三男に好評だったことと、初期の頃に妻から「どうせ長続きしない」と言われたことへの反骨心が原動力となり、1年以上の長期継続に至った。

子どもの頃から、失礼な態度を取られたり侮辱的な言動を受けたりすると意地を張ってしまいがちなのだ。


ただ、妻がそういうオレの性格とその後の行動を見越して「長続きしない」と言ったのならば話は別。

オレは相当上手く彼女に操られてしまっていると思う。


時々謂(いわ)れのないネガティヴな発言で煽られるのも、もしかしてコントローラーの起動スイッチか何かなのだろうか。


ちなみに弁当作りを続けたからといって、料理スキルが上がるものではない。

むしろ上がるのは時短スキルの方で、実際オレは30分もあればこの程度のおかずを詰められるようになった。


ゆでたまご、自家製オクラ(マヨ添え)、冷凍シューマイ(チンするだけ)、冷凍エビフライ(揚げるだけ)、スパゲッティ(湯がいた後、野菜と炒めて出来合いのソースと絡めるだけ)、自家製プチトマトの計6品。


オレの場合弁当箱の手前半分は卵、野菜、シューマイの順でほぼ固定。奥の半分が日替わりメニューといった塩梅なのだが、大事なのはあまりバリエーションを増やしすぎないことだと思う。

野球の監督のようにあらかじめベンチ入りのメンバーを決めておいて、あとは季節や仕入れ具合によってコンディションのいい選手を入れ替えながら起用するのが長続きのコツだ。



今日は病院の日なので、弁当が仕上がったら出動の準備をする。

と言っても糖尿病を疑われて以降、血液検査がある日は朝食を摂らないことにしているので、着替えの他にするのは洗顔と歯みがきくらい。


以前、タレントの香取慎吾がTVで「ルーティンを作らないようにしている」という話をしていた。

ルーティンが崩れた際に、マイナスイメージで仕事に入るのが嫌だからというのがその理由。

そのために彼は、現場入りの行動パターンまで敢えて不規則にしているそうだ。


オレは験(げん)を担いで受診の前には毎回神社へお詣りに行ったり、ポケットにお守りを忍ばせたり、同じルートしか通らなかったり、病院の決まった位置に車を停めたりとルーティンめいたものが増えつつあるので、この話を聞いて自分も改めた方が楽かもと思っているのだが、結局当日になると実行する勇気が出せないでいる。


病気に対して自分でできることが何もない以上、こういう非科学的なものをよすがにするしかないのが現状なのだ。

こうなるともはや、ルーティンを通り越して呪縛や枷(かせ)に近いのかも知れない。


信仰とか占いとか予言とかそういうものに一切振り回されない人生を歩んできたというのに、最後に頼るのが神頼みなんて無力感を禁じ得ないな。

ホント。