現在、抗がん剤投薬後の経過観察中。
有給休暇の残日数がとうとう10日を切ってしまったので、さすがに病休申請をすることにした。
娘がまだ学生なので不意に休暇が必要になる可能性もあるし、その際、欠勤扱いになるのも良くないと考えたからだ。
受診している科が多いと診断書を取るのに余分な費用がかかったり、書類を書いたり役所に提出に行ったりと煩わしいことが増えるのだが、こうなってしまったからには仕方がない。
仕事を休ませていただけるだけでもありがたいと思うべきなのだろう。
実際の体調はどうかというと、軽度の倦怠感と口の中がザラつく程度で大きな不調はきたしていない。好中球数とかは検査していないので分からないけれど。
青年T医師によると、ある程度データが揃って副作用がコントロールできるようになれば投薬翌日からの出勤も検討するそうだが、知り合いの看護師の話では“今の薬で仕事と両立させている人はあまりいない”とのこと。
どちらも正しいことをおっしゃっているのだと思う。
抗がん剤の副作用は個人差らしいので。
今日は午前中、畑の草取りに行く。
体調は万全でなく気温も上昇しているため一瞬躊躇したものの、今日という日を無益に過ごしたくないという思いが勝り、敢行した。
結果は、5分でダウン。
思いはあっても身体はついてきてくれず、開始早々から立ちくらみが頻発。堪らず木陰へ避難する。
おそらくここで取るべき正しい行動は、“無理せず撤退”の1択だと思うのだが、厄介なことに「目の前の困難から逃げてはダメ」という謎の使命感のようなものが湧き上がってきて“継続”を選択。
意識が朦朧とする中、雑草との戦闘を再開し、何とか自分が納得できるまでの作業を完遂した。
はたから見ればアフォな思考なのだが、オレはサイヤ人が如く、瀕死の状態を乗り越えると身体はより強靭になるというイメージを持っているため、帰宅後は何故か健康的な行いをしてきたような気持ちに包まれて満足。
仲良しの看護師Hさんにこのことを話すと「そんなの身体にいいわけない」とあっさり否定されてしまったが、よしんば彼女の言っていることが正しいとしても、精神性という部分において人を支える一助になる可能性は残されているのではないかと思う。
限界療法とか。全くおすすめはしないけれど。
ただもしも、何の前触れもなくこのブログの更新が途絶えたとしたら、それはギリギリを攻めすぎた結果...(以下略)
午後はMacで写真の編集作業。
のはずが、作業している部屋のネット環境が最悪で写真のアップロードがおぼつかず断念。
かねてより計画していたメッシュWi-Fiのシステムを構築すべく配線作業に取りかかるも、今度は家の中にLANケーブルを這わせる体力が無くてそれも断念。
筋炎症は常時手足にダンベルを巻きつけているような感覚なので、歩くとか手を上げるといった基本動作を行うだけですぐに息が上がってしまうのだ。
やりたいことはあるものの、今の自分にできることが何も無くなりふて寝を決め込む。
結局何をするにしても、大前提として体が動かなければ選択肢は大幅にせばまる。
Amazonプライムセールで新しいタープや燃焼器具を見てまわるが、自分が屋外でアクティブに活動しているイメージが持てず購入も見送る。
