現在自宅にて抗がん剤毒抜き中。
過去の経験から「辛いのは◯曜日まで」との見通しを立てて気持ちを繋いでいるが、渦中にあっては“本当に回復するのだろうか”と不安になるくらいのダメージに苦しんでいる。
副作用の辛さは眠りさえ許してくれず、気を紛らわせるため療養中は朝から晩までyoutube三昧。
視聴するジャンルは生物、カメラ、DIYなど様々だが、今回は日本中の観光地や絶景を紹介する番組を観ながら、頭の中で“治療がひと段落したら行ってみたい場所リスト”を作って腐る気持ちをなだめた。
時間に縛られない気楽さから自家用車で出掛けることが多かったけれど、今後は公共交通機関を視野に入れて検討してもいいのかも。
各駅停車鈍行の旅とか駅弁食べ比べなど、新しい楽しみも見つかりそうだ。
近場では島根県石見銀山、少し足を延ばして長野県上高地、長崎県端島などが目下の候補地。
島根以外は、訪問はおろか足を踏み入れたことさえない土地なので想像しただけでワクワクする。
病気のおかげで国内の名所に詳しくなった。
さて、今回の入院中にオレはある決断をした。
それは病気が見つかる直前の一昨年夏に受嘱した、保護司を退任することである。
一旦「やる」と言って引き受けた仕事をお断りするのは大変心苦しい。
だが最近保護観察所からきた、直接担当(保護観察対象者の生活環境調整や出所後の支援、指導を行うボランティア)と、中央研修派遣の依頼を立て続けに辞退してしまった際、これ以上は続けるべきではないと悟ったのだ。
オレの任期が切れるのは今年の12月。
昨年の大津事件の影響で、保護司のなりて不足に拍車がかかったとも言われている。
これまで培ってきた人脈を駆使し、せめて後任候補の道筋くらいは立てて退任したいと思うのだが、このところウチの保護区の最若枠は2代続けてがん→退任、がん→退任を繰り返しているので、顔が浮かんでも躊躇してしまって名前が書けなかった。まずはお祓いに行こう。
意を決して会長のKさんに電話をすると、5分もしないうちに玄関のベルが鳴った。
たまたま近くにいらっしゃったそうだ。
オレを保護司に推薦して下さったKさんは、以前オレが地元の大きな事業で頭を取った際に事務局として尽力下さった大恩あるお方である。
何もお返し出来ないまま、たった1期でケツをまくるのは心苦しいが、Kさん始め他の方々にこれ以上迷惑をかけ続けることはさらに辛い。
オレは今まで病気を隠していたことをKさんに打ち明け、更新は行わない旨を伝えた。
不可抗力とはいえ、結局2年間の任期中にオレが務めた仕事は皆無に等しい。
期待に応えられなかったことが悔しく、そして申し訳ない。
