先週初め頃から、朝は蝉の声で目を覚ますほど、盛夏が目前に迫つて参りました。そろそろ梅雨明け宣言が出されることでせう。
私は尼崎市でささやかな印刷デザイン事務所を営んでをります。全く儲からない商売ではありますが、自営の気楽さは何事にも替へがたいものです。外を歩くサラリーマンや配達の方々を窓から眺めてをりますと、この蒸し暑い中を汗びつしよりになり、本当にご苦労様です。私はと言へば、Tシャツ、短パン姿で、仕事の少ないときは(しょっちゅうですが)昼寝も出来ます。汗をかけば、風呂場で水を浴びることも出来ます。
さて、話は小学校低学年の時代に遡ります。
子供たちから怖れられる60歳前のK先生が学級担任となりました。K先生は年配にも拘らず運動能力抜群で、体育の成績の良くない私に対して辛く当たりました。泳げない私を抱き上げて、プールに投げ込むといふ、現代ならば許されないシゴキも当たり前のやうにされました。
K先生は汗つかきの暑がりでした。授業中、机に向かふ児童らの間をゆつくり歩き廻るのですが、真夏には手を腰に当てるふりをして、ズボンの後ろに5センチくらひのすき間を作つて風通しをよくして歩くのです。K先生が通り過ぎた隙に背中をのぞいて見ると、ズボンの背中のすき間から越中褌の紐が見ゑたものでした。
その時、私の心の中にむくむくと復讐心が芽生えたのを、K先生は知る由もありません。
次の日、先生が同じやうにズボンの背から風を入れてゐる時、私は廊下で拾つたチョークのカケラをその隙間に落としました。周りで密かに見てゐた友人らは、或る者は怖がり、或る者は忍び笑ひ致しをりました。
ところが、K先生は何の反応もありません。察する処、恐らくチョークが越中の脇を通つて床に落ちてしまつたのでせう。第一回目は失敗に終はりました。
数日後、運動場の隅でクマゼミを捕まえた私は、悪魔の心を抱きました。
この蝉をK先生のズボンの中に落としてやらう。でも、うまく入らずに蝉が飛んで行くやも知れません。では、仕方がない。蝉にはすまないが羽根を毟つてしまはむ。
その日も、K先生は背中に風を入れてつつ、前から私の横を通り過ぎました。私は振り向きざま、羽根の無いクマゼミを先生の背中に落とします。先生は全く気づく気配もなく、教室を一周。そのまま授業が終はらうとしますが、何の気配もありません。
教員机にどつかと坐る先生。その瞬間、教室に轟きわたる断末魔の蝉の声……
ジュワジュワジュワ…
K先生は、突然起こる蝉の声に周囲を見回しますが、姿は見えません。級友らは声を殺して笑ひます。しかし結局、先生は自分が蝉を尻で押しつぶしたことに気づかず、悠然と教室を去つてゆくのでした。
関東のお盆は7月15日。関西は来月、8月15日です。
あれから50年。クマゼミ君には悪かつたと、今も深く反省致しをります。