以前、私が大学で同期だつた友人の結婚披露宴に際し、よく司会を頼まれたお話しを致しました。
正直な話、私はどちらかと申しますと訥弁でございまして、人前で堂々と意見を開陳することは苦手と致しをります。それでも宴の司会を指名されたのは、おそらく人に対して失礼の無い、言はば「堅苦しい」言葉遣ひができるからだと思ひます。
結婚披露宴に於いて、友人など素人の司会者に求められるものは、立板に水的な気の利いた台詞よりも、言葉遣ひの丁寧さと誠実さだと私は信じてをります。
友人の結婚披露宴が済み、新婚旅行が終はり、二人の生活が落ち着きますと、「その節はご苦労さん」といふことで、新婚家庭に招かれることがございます。若い二人の友人ばかりが大勢集まるパーティとなることも多く、楽しいものでございます。その中から新たなカップルが生まれることもあります。
未だ初々しい、子どもが生まれる前の家庭は、まだ生活感が備はつてをりません。それゆへ、奥方もいかなる料理をどれだけ準備すれば良いのかが判らず、母上や姉妹を手伝はせたり、料理の得意な友達を呼んで一緒に試行錯誤しながらもてなして下さるのは、微笑ましうございます。
ある日のこと、新郎の友人である男が8名ほど、それも應援團・空手・ラグビーの猛者OBどもが、新婚家庭に招かれて私も参りました。
わが親友の新郎は硬式テニス部のOBで熱血漢の苦労人、その新妻はまだ高校を卒業したばかりのティーンエージャーでした。どちらかと申しますと、年の離れた兄妹といつた風情で、夫婦ごつこを始めたばかりといふ雰囲気でございました。
(写真はお借りしました)
時間帯にして午後3時頃、「おやつの時間だよ~」といふ感じで大きな盆に載せられて出てきたのは、リッツにトッピングを置いたものでした。ご存知、沢口靖子さんがテレビコマーシャルで演じてゐる、あの雰囲気です。リッツは今でこそ様々なサイズや味が発売されてをりますが、当時は(38年程昔)少々甘味のある、バターの利いた塩味クラッカーで、私たちの前に出されたのはトッピングにチーズ、トマト、レタスといつたサラダ類。若いといふより幼い女性向きにママレードが乗つたものもございました。
過日の披露宴や新婚旅行の話で盛り上がりますが、むくつけき野郎どもと、夢見る18歳前後の女子たちでは、なかなか話が噛み合ひません。かたや半ば退屈しのぎに野郎どもはビールに始まり酒、ウヰスキーと徐々にエスカレートしてゆく様相を呈して参りますが、こなたキャピキャピ組はまだ未成年。ジュースに紅茶で茶話会の雰囲気を一歩も出てをりません。
それでも新郎は、お互いの接点を探らむと苦労して話題を探すのですが、空振り気味でございます。
そんなこんなで2時間ほど経過し、早めの夕食といふことになりました。野郎どもは近所の酒屋へ買ひ出しに行き、アルコールや氷、気を遣つて女性用にポートワインなどを購入して参ります。
さあ、晩餐は何かな~ と少々楽しみにテーブルを片付けてをりますと、来ました来ました。人数分の銘々皿にイクラ、オイルサーディン、なぜかパイナップル細切れ、ピクルス、ジャムが少量ずつ盛り付けてありました。次に登場しましたのは、何と昼と同じリッツの大箱…
野郎どもの顔に、落胆を隠すやうな脂汗が浮かびます。
「何?またクラッカー」
「ほかに何か出来んのかいなー」
「早う帰れといふ意味では?」
目と目で会話を交はしながら、話題も尽き果てて、相変はらず黄色い声ではしやぐ女子会を後目に、私どもは黙々サクサクとリッツをかじるのでございました。