應援團でテレビ出演した想ひ出 | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

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団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 

 まづは、それがしがブログを始めるきつかけとなりました、我が兄弟ブログ「雲外蒼天ーー甲南大學應援團OB甲雄会」をリブログさせて頂きませう。

 

 

 実の処、私が在籍致しをりました昭和50年代初頭当時は、体育会系で目立つて強い部がなく、私どもが本来の応援で活躍する機会は多くはございませんでした。

 本来「縁の下の力持ち」として應援團を張つてをりましたが、それでも度々マスコミに登場致す機会がございました。その理由は漫画「花の応援団」が大ヒットした時期と重複したゆへでもございます。

 

 関西の年配の読者の方々は朝日放送「ラブアタック!」といふ疑似恋愛バラエティ番組をご記憶かと存じます。司会は上岡龍太郎さん。若い美女(かぐや姫)の前で、4、5名の若者アタッカーが様々な体力ゲーム、歌、早食ひ競争などを演じ、勝ち残ると壇上の椅子に坐ります。かぐや姫が OK のボタンを押せば「お見合ひ成立」となりキッスを頂戴、NO を押せば「大失恋」として退場となります。

 昭和52年頃、大学応援団特集として、私ども甲南大学と、神戸大学、大阪大学、他に2つの大学が予定されてゐましたがドタキャンとなり、しかたなく番組私設応援団が組織され、前半と後半それぞれ4人の団員が「かぐや姫」の愛を獲得すべく競ひ合ひました。

 

【團旗掲揚】

 収録数日前に、各團幹部らが朝日放送へ参り、打ち合はせを行ふといふので、3回生の私も随行致しました。番組初頭にスタジオ内に團旗を立てるシーンが有るため、中團旗ポールを持参しました。神大、阪大も居りますゆへ、少々緊張の場面です。

 そのうちのどちらかの団員が「うちの旗は大きいから天井、大丈夫かなー」などと口走つたのを耳にした我が團長、「よっしゃ、当日は大團旗や!」と俄かに闘志をかきたてます。「雲外蒼天」をお読みの方はご存知のやうに、甲南の大團旗ポールは太さビール缶ほどもある鉄製でございます。他校の木製やグラスファイバ製とは一目瞭然の差があり、それを誇りと致しをるゆへにございました。

 

【演舞】

 番組は前半、後半の二部構成であり、その間に各校一演目ずつ演舞を披露します。応援歌等のアップテンポな歌を披露する他校に対抗し、当方は「必勝音頭」といふ日の丸扇子を舞はせるスローで荘重な舞ひを演じました。ちなみに私は團旗の傍立(そばだち)でしつかりTV画面に映らせて頂きました。

 

【かぐや姫争奪戦】

 当方、前半は3回生のN君。日頃は旗手であり身長180cm、体重100kgの巨漢です。体力勝負では目立ちませんが、早食ひ競争ではダントツで勝利。見事、かぐや姫から OK ボタンを頂戴しました。

 後半も3回生で、リーダー部のK君。自慢の美声で「私祈つてます」を歌ひ上げましたが、大人つぽいムードにかぐや姫がついて行けなかつたのか、予選落ち致しました。

 

 

 N君は、射止めた筈のかぐや姫から、ホテルプラザ最上階「ベルベデア」のディナー券を1枚「はい、これあんたの」と渡され「一緒に行かへんのか?」と尋ねたところ「何で知らん男と行かなあかんの」と一蹴されました。かぐや姫はディナー券1枚欲しさに OK ボタンを押したのですねー。がつかりしたN君でしたが、番組ラストシーンでは申し合はせ通り、二人腕を組んで笑顔で手を振るのでした。

 

 「若者の元気」といふ意味では、応援団員はうつてつけキャラとして使へます。何事にも一所懸命であること、一途で純情であることが滲み出るゆへでございませう。そのせいか、我が團はその後も、やはり朝日放送の「プロポーズ大作戦 フィーリングカップル5×5」に二度も出演を果たしたのでございます。

 また、同じ朝日放送、乾浩明アナ司会の「ワイドショー・プラスα」だつたと思ひますが、甲南・大阪経済・大阪産業の各大学應援團がスタジオに会する中継番組があり、物議を醸したこともありましたが、今となつては懐かしい想ひ出でございます。

 

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