タクシー運転手さんのご苦労〈2〉 | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

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団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 

 個人タクシーの場合は存じませんが、会社勤めとしてのタクシーの運転勤務には2つの形態があります。「日勤」と「隔勤」です。

 「日勤」とは文字通り「毎日勤務」です。一日におよそ12時間以内、朝からと夕方からの交代で、一台の車を二人交代で乗務するのが一般的です。

 「隔勤」とは隔日勤務です。一日におよそ21時間以内を一人で乗務するもので、一人が勤務すれば、翌日は別の人がまた21時間以内を乗務します。

 何れにしても、タクシー乗用車は常に動いてゐる訳ですので、車は故障が無いやう年がら年中整備されてゐなければなりません。また、一台の車を2人で使用することにより、お互ひが外装・内装とも綺麗にし、燃料も満タンにして次の当番運転手に引き渡すといふ合理的なシステムをとつてをります。

 

 日勤の運転手も12時間乗れば疲労しますし、隔日勤務の運転手も21時間乗務はハードゆへ、しつかり睡眠を摂つて健康維持に日々努めなければならぬ、実に厳しい稼業だと言へるでせう。加へて、タクシー業界は高齢者が多く、80歳を目前にした運転手さんも多々居られます。彼ら、彼女らを送り出す我々内勤者や宿直員も、その後ろ姿に心から健康と安全運転を祈念致す毎日でございます。

 

 

 さて、如何に毎日睡眠を摂り、健康維持を心がけてゐると言つても、運転手とて生身の人間。嬉しいことや哀しいこと、家庭や人間関係の悩みもございます。つひ深酒などで日頃よりも睡眠時間が少ないまま勤務に就くこともございませう。

 隔勤のSさんもその日は少々睡眠不足でした。朝の6時過ぎから乗務に就き、勤務途中で決められた休憩や昼食、夕食時間も摂りながら、時計の短針は2周目に入ります。夜中の2時頃、今日はそろそろ上がりにせむと、駅前で最後の客を乗せ、聞けば2,000円程の距離でした。乗客は酔ひが回り、行く先を告げたまま高いびきで眠つてしまひます。

 

 Sさんは行き慣れた道を選び発車します。

 いつもの交差点を赤信号で停止しました。

 夜中の信号機は待ち時間が長いなぁ…

 ぐつと瞼の奥に力を込めて目を閉じれば、

 とても良い気持ちだつたのです。

 信号はまだ赤だ…

 もう一度、瞼を閉じました。

 

 その次にSさんが瞼を開いた時、既に車には朝の光が差し込んでをりました。

 ヒヤリとして後部座席を見れば、最後のお客様も眠つてをられました。

 Sさんはもう平謝りで、恐らく乗客からお金を頂く事は出来ないでせう。

 ところが、タクシーのメーターは距離のみならず、待ち時間も課金されます。交差点での数時間の停車時にも課金は続いてをります。一般的に、タクシー会社は運転手個人の失敗には厳しく、私どものアルバイトみたひに「ほな、次回は気ぃつけてな」で済ませてはくれません。Sさんはメーター通りのお金を会社に納めることになります。無論自腹ですわ。その上、勤務時間は24時間を越へてをり、次の交番運転手にも迷惑をかける上、本人は会社から、会社は運輸局から罰則を適用されることになるでせう。

 加へて、もしかすると、乗客から損害賠償の訴へを受けるやも知れません。

 至つて善良な性格のSさんが、その後始末をどのやうにつけられたか、私は哀しくてお話し致す気になれないのです。

 

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