さまよへる老犬〈1〉 | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

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団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 

 私は生まれは尼崎でしたが、所帯を持つてから西宮市、そして現在の伊丹市に移転して参りましてもう四半世紀になります。

 新築マンション8階で、当初は伊丹空港が端から端まで見渡せる「リッチな立地」でございました。現在は周囲に様々なマンションや会社が立ち並び、空港も半分くらひしか見ゑません。 

 そのやうな「白亜の城」もさすがに25年を経過致しますと、阪神淡路大震災による被害のみならず、ほうぼうにガタが出て参ります。それは住人の私どもも同様でございます。

 

 さて今回は、その現在のマンションで生活を始めて5年ほど経過した頃の話です。

 

 大震災を過ぎました頃より稼業の「写植業」がパソコンの導入により完全に飲み込まれ、とても専業で生活できなくなつた私は、早朝5時から自宅近くに在る運送会社へ、荷作業のアルバイトに通ふ事になりました。

 

 そんな或る早朝4時半のことです。空模様は未明から続く大雨。エレベータで1階に降りますと、エントランスに1匹の見知らぬ大型犬(恐らくラブラドールレトリバーあたり)が私を迎へてくれました。

 「何処の犬やろ?」

 レインコート姿の私の手や足を、人懐つこくクンクンと嗅ぐ様子でしたが、時間に追はれる私は、後ろ髪を引かれる思ひで自転車駐輪場に急ぎます。

 

(イメージ写真)

 

 そのあと雨脚は益々強くなり、雷鳴が轟く嵐の中、力仕事を終へて午前8時半頃、自転車で帰宅致しました。エレベータは7階まで。8階へは階段を昇ります。

 さてその階段を昇りきり、自宅前の踊り場にたどり着いた私は、まさに目を疑ひました。

 何と、今朝1階エントランスで私を迎へた犬が、うちの玄関前に佇んでゐるではありませんか。尋ねると妻も吃驚(びつくり)です。大雨に濡れたせいか、心なしか体は小刻みに震ゑてをります。

 

 当初は私の匂ひを追つてきたのかな…と思ひましたが、私は8階から階段で降りて来たわけでもなく、しかも稀にみるこの大雨では匂ひが残るとは思へません。

 

 「お前、なんで此処に居るんや? 何処から来たんや?」

 尋ねても応へてくれません。

 その上、玄関内に導いても入らうともせず、ただ只管(ひたすら)玄関前を動かないのです。

 仕方なく古いタオルを玄関前に敷き、器に入れた牛乳を置いて、しばし模様を眺めることに致しました。

 

 前回のお話にございました清掃員のおばさんも、館内清掃に来られて、玄関前の大きな犬に仰天です。

 「この犬…、飼ふてはるの?」

 「いえ、なぜか今朝から居てるんですわ…」

 

 新しいマンションでもあり、当時は犬を飼育することは堅く禁じられてゐたので、この一件が近日中に管理組合で問題になることは確実と思はれました。

(続く)

 

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