当時、家族全員で卓袱台を囲み三度の食事をするのですが、その家族の目の前にぶら下がるものこそ、何を隠そう、いや隠さねばならぬ「ハエ取り紙」でありました。

形状は、古い喩へになりますが、ちようど36枚撮りのカメラのフィルム(若い人はそれもご存知ないでせうが…)をすべて引き出した状態を想像して下さい。
両面粘着テープを天井から吊るす形となります。食卓や台所など、ハエが好みさうな場所へ、これを吊るしますと、恐らく虫の好きな匂いでもするのでせう、この粘着テープに迷惑な虫が止まり、そのまま動けなくなり、生きながらにして磔刑に処されるといふ首尾になつてをるのです。
先刻「隠さねばならぬ」と申しました。本来、食欲といふものは視覚、嗅覚がすこぶる大きな影響を及ぼすものであります。それ故に、ご飯茶碗と同時に目に入るものがこの「ハエの公開処刑場」といふ事になりますと、食欲を大きく阻害する結果となるのは容易に想像されるでせう。まあ〜、よくもあのやうな物を目前にして平気で食事できたものだと今は感心するばかりです。
さて、またまた「ご存知ありませんか?」のコーナーです。やはり同時代に「ハエ退治」に大変重宝した器具がございました。これは私の夢や想像の産物では決してありません。母が覚へてをるのですから…。

図をご覧下さい。素材はガラスです。尖端が直径10cm程で漏斗の形状。その下に太さ直径3cm程、長さ120cmほどの筒。プロレスのデスマッチに使用される蛍光灯を想像して下さい(例が迂遠かもしれませんが…)。そして下部がやはり直径10cm程の丸底フラスコの形状になつてをります。
使用方法は、まずこの漏斗の部分から水で薄めた酢を注ぎ入れます。量はフラスコ部分の半分くらひです。そして天井(天丼ではありません)に停まるハエを探します。ターゲットのハエを見つけたら、抜き足差し足でそうつと真下に近づき、この漏斗部分の中にハエが入るやうに「ドンッ」と突き上げます。するとあら不思議、天井板の振動に驚いて足場を失つたハエが、真つ逆さまにこの筒を通り、フラスコの酢の中に落ちてきて、やがて溺死するといふ仕組みです。
ただし使用条件としまして、昔の家、現代でも和風建築で、天井の素材は木製の板でなければなりません。加へて、余り天井の高い建て付けですと、手を上に伸ばしても天井に届かない場合がございます。現代の洋風建築では天井の素材が壁と同じコンクリートなので、恐らく「ドンッ」の際にガラスが割れて大怪我につながる危険性が大ですので、注意が必要です。
この器具もまた、周囲に覚へてゐる人が居らず、難儀致してをります。幼児期の頃のため、迂闊ではありますが名称も覚へてをりません。読者の中にご存知の方が居られますれば、ご教示下さい。但し、謝礼はありません。合掌