起業から、経営者へ、そして・・・ -9ページ目

起業から、経営者へ、そして・・・

スレッドの書き込み、楽しみにしています。

とんだ、茶番ではないか?

そもそも、主義・主張は、異なるが…マニフェストの内容が、全く違うはず。

しかし、大臣の椅子が見えると、こうも変わるものか?

恐らくは、その権力と地位に憑かれた表情であろう。

1週間前、日本国中が歴史的な、『政権交代』に期待を込めて、その選択をした・・・


連日のマスコミの報道はどうだろうか?


それは、まるで昭和50年代と何ら変わらない、本質的に、低次元の報道でしかない・・・


政治家も散々、有権者をコケにしてきたが、それに同調して、世論を適当に操作して、

広告収入で、生きてきたマスコミの態度は、いかんとも許しがたい。


確かに、言論の自由は、憲法で保障されているが、どのTV局も、バカの一つ覚えみたいに、

『政局の人事』しか、焦点を当てていない!一体、ナンなんでしょうか?


与党となった、民主党の議員全員大丈夫ですか?本当に、国民の税金で養う価値のある

人材だけですか?

くだらない、女性やおばさん達は、一体ナンなんですか?この世の春と浮かれ散るだけでしょうね?


正直、そんな人間に自分の税金が使われ、世の中のルールさえも、指図されるのは、全く持って

許せません。さらに、社民党のク○ババアと連立などとは・・・本当に、無知な有権者を勢いに任せて

おだてて、だまされたって感じじゃないですか!


そのことを、ズバリ、メッタ斬りにする意見や報道は、無いのでしょうか?


目を醒ましてください!民主党の女性議員は全く使い物になりませんよ!

早めに、国会からご辞退いただけないものでしょうか?



起業から、経営者へ、そして・・・-矛盾

2009年8月16日から、ネット上での当ブログが、非公開になってしまいました。


これには、色々推測されるのですが・・・


ちょっと時事ネタで、選挙やもろもろ残していたのが・・・


急だったので、引越しの準備が間に合わず、バタバタしているうちにあっと間に半月過ぎました。


過去の『回想』を中心に、移行作業を進めますので、また、よろしくお願いします。('-^*)/



2007年4月~2009年8月16日までを移行しなければならないのですが・・・・


並行して、これまでどおりのネタは、更新していきます。また、画像(写真)の移行が結構大変な気がしております。

もし、どなたか、移行に関してアドバイスいただける方は、よろしくお願い申し上げます。


とにかく、このURLを早めに、ご連絡まわします。拝



「麻生首相、今度は候補者名を言い間違い?!」(世田谷通信)



麻生太郎首相は、16日、山梨県昭和町での演説会に出席したが、山梨1区から立候補を予定している赤池誠章(あかいけまさあき)氏の名前を「あかいけりょうせい」と言い間違えた。鳥取2区から立候補を予定している赤沢亮正(あかざわりょうせい)氏と混同したとみられるが、自分の目の前で名前を間違えられた赤池氏は迷惑そうに照れ笑いをしていた。まだ衆議院議員1期で実績の少ない赤池氏は、民主党から立候補を予定している衆議院議員5期のベテラン、小沢鋭仁(おざわさきひと)氏にどこまで食い下がれるかが注目されていたが、鳴り物入りで山梨入りした麻生首相に、逆に足をひっばられる形になってしまった。今回の衆院選では、都議選の時と同じく麻生首相の応援演説を断る自民党候補者が相次いでいるが、漢字の読み間違いや失言だけでなく、候補者の名前まで言い間違えるようでは、「麻生さんにだけは来て欲しくない」という候補者が続出するのもうなずける。(2009年8月16日)


目が醒めて、昨夜の記憶を辿った・・・



耕一は、久しぶりに数人の仕事仲間や後輩と、赤坂で暑気払いとして、韓国居酒屋に飲みに行った。

耕一は、ここ最近あまり仕事の後に食事に行ったり、飲みに行ったりする事が無かった。それは、意識的に今おかれている仕事の立場や状況からして、あまり深い人間関係を追うのは得策ではないと考え始めていたからである・・・

1年間の間に3回も課を移動し、当然、上司も変わり・・・朝令暮改のごとく周りの言動が変化するのに、慣れたと同時に、周囲の人間に対して信頼を置く事を封印し始めていたからである。

しかし、昨夜は盆休み前と言う事もあり、気分転換に数人と繰り出した・・・その際に、一人の後輩が『一緒に連れて行ってください!』と言ってきた。特に、断る理由も無いので、合流した。その彼が、もう一人連れてきたのであった・・・その彼女が、目覚めた横に寝ていた・・・

耕一は、これまで数年間、女性との関係を極端に拒んできたはずである。なぜならば、一番信頼できない人間が女性であり、関わると一番厄介な相手だと腹に決めていた。よって、吉原以外は、全く女性を女性として見る事は無かった。むしろ、色恋沙汰はめんどくさい以外の何者でもなかった。

よって、素人の女性が今の自分の横に居る事が、信じられなかった・・・

相手には、何も責任はない。また何かの罪悪感があるわけでもない。要は、耕一自身の信念が歪曲しないか?自問自答した・・・

大丈夫だと自覚はしたが・・・初めての相手と自分の男としての機能が未だ現役かどうか?これを確認したことは、大きな意味があった・・・

これまで、恋愛に純粋な耕一は、女性と関係を持つと結構、メンタル的に引っ張られる事が多かった。よって、自身にとっての全ての女性の存在を否定していた。sかし、自身の確認は、別の意味が生まれた。


プレイボーイと狂言『業平餅』
http://ryufuu.cocolog-nifty.com/hibinokaze/2009/01/post-43c7.html
ヒモの条件
http://www.bearslope.com/madness/backnum/001_100/981121.html

耕一は、うつらうつら、寝つけぬまま朝焼けの日差しを感じた・・・

なかなか眠れない夜を過ごした。体は、鉛のように重い・・・・

やっとの思いで、麹町のオフィスに向かった。いつもの東西線は、更にその人の多さを感じた・・・

二日酔いではなかったが、気分が悪かった・・・

オフィスに入ると、同僚の佐藤が声を掛けた・・・

佐藤「中澤さん、大丈夫?顔色悪いよ・・・」

耕一「そう?・・・大丈夫だけど・・・」

佐藤「ところで、今後の事だけど、どう考えても中澤さんの代わりは簡単に務まらないよ。引継ぎの件、どうしたらいいのかな?」

耕一「ああ、その件か・・・後任は、下田との事で指示を受けている。彼なら第十部じゃない?僕よりも優秀だよ・・・」

佐藤「そうかな?C社を担当しているけど、あんたのように『数字』は作れないよ。それに、彼の性格からしてあそこの会社の水にあうかどうか・・・」

耕一「その気持ちも分かるが、決まったことでしょ!僕にはどうすることも出来ない・・・」

佐藤「ところで、次どうするの?噂では、あそこの会社に入る話が決まっているとか?・・・」

耕一「もう、そんな噂まで流れているのかな?・・・」

佐藤「いや、そんなつもりないんだけど・・・自分も社長には責められているから・・・」

耕一「まあ、仕方ないよね。これが、外資系の常識だから・・・」

佐藤「・・・・」

耕一「ただ、決して間違ったことをしたとは思っていない。確かに、自分の立ち居地がwからなくなったこともあるけど、今回の裁定を甘んじるようなことはしていない・・・」

佐藤「それは、現場もお客さんも分かっているさ・・・」

耕一は『ハッ』と気が付いた・・・競合に移るとはこういうことなのか・・・と・・・

耕一は、決断した・・・・

(2時間半後・・・)

耕一は、渋木に電話を掛けた。

『rururururur・・・・』

渋木「ハイ、お待たせししました!』

耕一「お忙しいところすいません、中澤です。どうしてもお伝えしたい事がありまして・・・」

渋木「電話いただいて、うれしいですよ・・・」

耕一「先日の、話をお受けしたいと思うんですが・・・」

渋木「えっ?!本当に?・・・それは、大変うれしいお言葉です!・・・じゃあ、今夜、食事に行きましょう!何時ならいいですか?・・・」

耕一「私は、御指定のお時間であれば、何時でも結構です・・・」

渋木「それでは、6時半にこちらの事務所に来て頂けますか?」

耕一「はい・・・」


耕一は、その日渋木と食事をした。その後、2週間後、耕一はCB社のマネージャーとして迎え入れられた。

その後、耕一は前職の会社から、佐藤と下田を呼び寄せた。
このブログのトップにある、耕一の暗雲の時代の始まりでもあった。しかし、そんな中で下田は耕一の元で一番信頼できる相手になっていったことは言うまでもない。『回想』における、PartIの初まりの序章でもあった。

そして、その耕一は今、R社に居る。なんという縁であろうか?このブログでは、そんな耕一の生き方を綴りながら、一人の男が『何の為に仕事をし、何のために生きているか?』をある側面から残している。果たして、この時代(とき)の流れに終わりがあるのか?・・・

人は、何を『幸福』としての価値を感じるのか・・・・未だ結論は見えない・・・

ただ、人は誰しも『苦悩』があるものである。ゆえに、『苦悩』との葛藤が人間の360度の存在であり、それが人生そのものとなるのか?・・・そして『人に歴史あり』となるのか?

今、この時点での結論付けは、時機早々あろう・・・(この短編、完。『世代交代』に続)


耕一は、自宅に帰ってからもなかなか落ち着かず、思考が交錯していた・・・
耕一は、既に子供(長男)がいたが、妻との折り合いが悪く、2年近く別居してた。

現在は、それなりの収入で、毎月仕送りもしていた。

来年には、小学校入学も控えていた・・・・

ただ、妻との折り合いが悪いのでどうしたものか?『子供は、手元で育てたい・・・』と思いつつも、夫婦間の会話が無いので、沈黙の時間が流れるだけのように感じた・・・

CB社の誘いは、耕一自身の中で激しい葛藤が生まれていた。純粋な性格ゆえに『DNA』的な空気を持つと、競合他社を受け入れる器ではなく、どこまでも『競合』と見なす感覚は、なんともし難いものであった。
しかし、実質的に『クビ』を言い渡されていた立場にとって、選択肢を迫られていることは確かであった。クライアント自身の誘いに応えるか?クライアントの内部に起こっている思惑のシナリオの流れに身を任せるか?

いつまでも、結論は引き延ばせない・・・・耕一は、眠れなかった。

真夜中、2時過ぎに起きて、最寄の駅前いある行きつけのスナックに行った。結構客がいて、カラオケで店内はややうるさかった。
その店には、自分の母親とほぼ同じくらいの女性が、厨房で働いていた。顔見知りでもあり、いつも一人で行くときには、その女性と取り留めの無い話をしていた。

その女性が「あら、来るのが遅いじゃない?どうかしたの?今まで、仕事?・・・でも、仕事着じゃないわね?」

耕一「ああ、なんとなく寝付けなくて・・・」

(女性)「何、飲む?」

耕一「とりあえず、ビールで・・・」

耕一は、一気にグラスを空け、そのままぼんやりしてた・・・

(女性)「私も、頂いてよろしいかしら?」

耕一「ああ、気が利かなくてすいません。どうぞ!」

(女性)「乾杯!」

もう、既に午前3時半を回っていた・・・・

耕一「(ため息~)疲れたな・・・」

(女性)「ハア?らしくないわね?どうしたの?彼女と別れたの?・・・」

耕一「いや、特に何も・・・・」また、グラスを空けた・・・

(女性)「いつも、元気なのに・・・仕事が大変ですか?」

耕一「そうだね・・・『クビ』になっちゃった・・・」

(女性)「えっ?どうして?先週も、クリアしたって、ここで飲んでたじゃない!?」

耕一「そうだよね・・・外資系は、色々あるわな~・・・2社目だけど・・・」

(女性)「でも、もう次が決まってるんでしょ?・・・渡り歩くの上手いじゃない!」

耕一「そう見える?・・・自分の本意じゃないんだけどな・・・」

そういいながら、キープしてある自分のボトルに手を掛けた・・・
いつもは、水割りだが、今は、ロックでグビグビ流し込んでいた・・・

人は、誰しも迷ったり、選択を迫られたり、様々な場面がある。しかし、他人に相談しても、どこにも答えは無い。むしろ、第三者には他人の不幸的空気は、酒の肴になるようである。
要は、自身の決断の際にどのようなシナリオが、自分自身に描けるかではないだろうか?他人を信頼しても、何の意味も無い。逆に過度に信頼されても迷惑なだけである。きちんと、線引きをする他ない気もする・・・

貴方は、本当に悩んだとき、どうしますか?(続)


耕一は、いよいよ決断を迫られる空気を感じた・・・
5月も下旬に差し掛かった頃に、村井氏から面会を求められた。

耕一は、これが最後になるかもしれないと、重い気持ちで大森に向かった。




耕一が通された部屋には、渋木も座っていた・・・

耕一は一瞬『はめられた!?』とも考えたが・・・平静を装い、静かに座った。


村井「もう、お二人はお会いしていますよね?」

渋木「はい、大変有能な人材を御紹介いただき、誠に感謝しております。」

村井「それは、よかった。話はまとまりそうですか?」

耕一「ちょっと、待ってください・・・私はお話は伺いましたが、暫く考える時間を下さいとお伝えしただけですが・・・」

村井「まあ、そうですが・・・少なからず今この場にいらっしゃるのは、ある程度方向性が決まっていると解釈しますが・・・」

渋木「村井さん、恐らく彼(耕一)は、本日の打合せの意図がまだ理解されていないと思います。まずは、概略だけでも御説明願いませんか?」

村井「そうですね。では、中澤さん本日の打合せの趣旨は、次期新製品に関する打合せなんです。我が社としては、新製品を1999年4月に日本市場に投入します。このコントローラ部分をCB社の製品を搭載する事を検討しています。これまで、某社(耕一の在籍する米国企業)との関係は、米国の立場が強すぎて、こちらからの要望は、ほとんど無視され続けています。国内販売部門も、いい加減しびれ切らしてましてね・・・」

耕一「それは、中本課長の部門からですか?」

村井「いや、そではない。それよりむしろ、X社やC社と横並びの中で、弊社は常に後回しにされていることを痛感しています。よって、1社に依存するのではなくて、X社やC社と戦える事を想定して今後進めていかなければならないと考えています。そこで、新しいベンダーを追加しようと検討しています。その1社がCB社なんですよ・・・」

耕一「そうですか・・・」

村井「しかしながら、条件があるんです・・・優先に考えているのは、日本国内販売においての有能な担当者が必須なんです・・・」

耕一「・・・・・」

村井「是非、その役割を引き受けてもらえませんか?どうですか?」

耕一「先に、御社の中本課長から、オファーを受けております。よって、今ここで何も御返事は出来ません・・・」

村井「中澤さん、かの某社は良く御存知でしょう?それが、最大限に生かされる・・・いや、我々にとって有益な情報とノウハウを提供してもらえないだろうか?・・・」

耕一「・・・・とりあえず、意向は理解しました・・・本日は、これで失礼します。」


耕一は、その場から素早く離れた・・・(続)


丁度、ゴールデンウェークが3週間前の頃であった・・・
耕一は、中本課長の話は無視できないと考え、クライアントであるその会社の中途面接を受けることにした。

本音は、かなり気が重かったが、確実に採用になることも無いだろうとも考えた。元々、日本企業の枠や会社文化の水が合わなくて、米国を目指し、外資系企業を望み、仕事をしてきたのである。今更、日本企業の文化に合わせることも出来ないが、逆に受け入れられないであろうと考えたのであった。


ところが、以外にもあっさり内定の連絡が来た・・・・


耕一は、困惑した。


一方、村井氏から紹介された渋木からもプロポーザルが着ていたのであった。具体的な内容は別として、ゴールデンウィークの谷間に、米国のCBの役員との面談をして欲しいとの話であった。

耕一は、それぞれに1週間ずつ、時間を貰うように断りを入れた。

中本課長には『ゴールデンウィーク明けに、正式にお返事を兼ねて挨拶に伺います。』と追いかけ出、連絡した。

渋木には『正直、日本企業か?外資系企業か?不透明に感じます。また、年俸の金額が何と比べて高いと判断されるか?競合から人材を引くとは、それ相応の待遇とリスクが伴います。』と答えた。



1998年5月1日、耕一はCB社の上級副社長であるJeffと面会した。Jeffは、身長190cmオーバー、体重100kgほどもあろうかという大男であった。満面の笑みを浮かべ『コンニチハ!』と握手を求めてきた。


CB社としての日本市場での戦略は、既に業界第一位の耕一の会社のビジネスの何割かを奪取すべく、日本企業とのビジネスを成功させたいとの話であった。
この業界においては、R社・C社・X社のトップ3とそれを追う、OK社・SE社・SH社・KM社らが、激戦となっている市場であった。しかし、これは、世界市場における日本製品のブランド力や商品力からすると、大変な要となるビジネスであり、日本でOEM契約するということは、世界市場に販売することと同じ意味を持っていた。よって、なんとしても、どこか1社と取引をする事が重要かつ急務であった。

更に、CB社はSB社にその権利を売ったSydoney_Adderenというラスベガスのほてる王がスポンサーにいると説明された。この売った権利というのは、“Cebit”という、米国で最大級のIT業界の展示会の権利であった。

Jeffは、CB社は本気で耕一の在籍している会社と一騎打ちを仕掛けると断言した。

耕一は、3通りの思考回路が回っていた。

1つは、CB社の描くビジネスをやってみたい・・・・2つ目は、メインクライアントであった日本企業に、改めてサラリーマンとして再スタートするか・・・・3つ目は、全く新しい業界を目指すか?・・・・

ただ、一つ今の耕一自身の推進力は、仕事に対する自尊心であった。純粋に、突き進みたい目標があった。それは、かのクライアントを日本市場でNo.1に押し上げたい気持ちであった。
しかし、生真面目に真っ直ぐ仕事を進めた結果、どうなったか?今の自分は?
上司である井田に対する、憎悪は簡単に消えるものではない。またそれは、個人レベルではなく、ブランドや企業に対して、感じたもであれば簡単に消えるものでもなかった。


耕一は、どうすべきか?(今にして思えば、この段階での検討がこの後の耕一の人生を大きく左右するのであった。)


誰かに相談したくても、その相手さえいない・・・先輩や上司も・・・自身が孤独であることを痛感した。

そして、その決断を迫られる場面が、刻一刻と近づくのであった・・・(続)