起業から、経営者へ、そして・・・ -19ページ目

起業から、経営者へ、そして・・・

スレッドの書き込み、楽しみにしています。

時間の流れは、人それぞれ感じ方が違うものであるが・・・



物事を進めたり、結果を得るときに、重要なのは『納期(=時間)』ではなかろうか?

この、『時間』を意識するときに重要なのは、一つ一つの区切りでもある。しかし、あまり焦りすぎると漏れが生じたり、肝要を踏み外す事がある。その反面、慎重すぎても、好機を逃すのではなかろうか?

そこで、重要になってくるのが『速度(スピード)感』では無かろうか?自分でも、自分の事は自分にしか分からない事だからと適当に、やり過ごすと、自分自身に直接跳ね返ってくる事は当たり前だが、他人が絡むとややこしくなる。

それは、相手に左右されたり、期待を裏切られたり、はたまた、予想外の事故や要因で、その流れが止まったりもする。その際に、その事実をどのように受け止めて、考えて、次の行動に移すか?が、このスピード感が大きく変化する。私も、日々、相手のある物事は常に変化する。しかし、絶対的に最低限必要なスピード感は、緩めたくはない。それは、個人差なのか?置かれた環境なのか?今更ながら、違和感を覚える瞬間が多い。

自分のスピード感は、遅いとは思わないが、取り立てて速い訳ではないと思う。

どう思われます?『スピード感』!



伝説の男、本間は・・・


意外な一面を見せた。それは、ある企業への自社のプレゼンで耕一と営業の新田と同行したときの事であった。

元々、その話は営業の新田が、かつて務めていた会社での知人のつてで、話が始まっていた。

新田「中澤社長、ちょっとお話したい事があるのですが・・・」

耕一「んっ?なんでしょうか?」

新田「実は、光通信時代の知り合い(片岡)が『グランスフィア』という恵比寿の会社にいるんですが・・・先日、ホームページ構築の営業に行ったときの事ですが、この会社、実は『スパイラルスター』のグループ企業だったんです。この、スパイラススターは、あのTSUTAYAを中心としたホールディング企業の傘下です。他には、デジタルハリウッドという専門学校もあります。で、片岡氏が経営企画室に居るんです。一度、社長と一緒に同行してもらえませんか?」

耕一「わかった。アポイントを入れてください。特に何かプレゼンを用意する必要があれば、言って下さい。」

新田「はい、いつもの中澤節の当社のプレゼンをお願いします!」

後日、新田と耕一は恵比寿ガーデンプレイスのグランスフィアのオフィスを訪問した。そこは、立派なオフィスで新田は萎縮がちであった・・・

片岡「ようこそ、いらっしゃいました。新田さんから伺いまして、是非中澤社長にお目にかかりたいと思っておりました。」

耕一「いや、こちらこそお忙しいところすみません。」

新田「それでは、改めましてわが社のご紹介を、社長からさせていただきます・・・」

そう促されて、いつも通りの投資家向けのIRを中心とした会社紹介をした。20分後・・・

片岡「いや~、面白い内容ですね。非常に興味が持てました。誠に恐縮ですが、本日、私の上司並びに代表が不在なのが残念です。申し訳ないのですが、再度、こちらから御社にお伺いして、お話をお伺いするという事は可能でしょうか?」

耕一「はい、いつでも結構ですよ。是非、いらして下さい。」

そうして、耕一と新田は、その場は帰ったのであった・・・(続)

いつもの店に立ち寄った・・・


渋谷のkuroである。昨夜は、ゲストプレーヤーデーで、ボーカル、キーボードがいつものメンバーとは異なり、新鮮な空気を作り出していた。

ボーカルの彼女は、ルックスも声も心地好く、プレーもいつもと違う緊張感があり、面白いものであった。

いつものレギュラーメンバーでは、あの新鮮な空気は作り出せない。

是非、お立ち寄りいただきたい。しかし、昨夜は満席ではあったが・・・


芳賀に確認してから、1週間ほど経った・・・


耕一は、売掛の未回収には気を遣っていたが、まさか販売そのものに問題が起こるとは予想していなかった。

それは、売上から締め日を30日遅らせ、回収期間を長くしていたと思っていたが・・・それは、大阪から電話が入ってきた。

坂本「中澤社長、いったいどうないなってるんですか?うち(ネクサス)の人間が悪さしたのは、分かったんですがそちらの営業担当が関わっているとは、どういうことですか?」耕一は、困惑した。

耕一「すいません、話の内容がよく理解できないんですが、何かありましたか?」

坂本「社長!まだ、聞いてませんの?・・・いや、実はうちの芳賀が9月に受注して売り上げたHPサイトの件なんですが・・・どうやら、架空なんですわ!」

耕一「えっ?その話、いま初めて聞いたんですが・・・」

坂本「いや、うちから人出してるから、売上に対して何パーセントかはバックマージン貰う話は、了解してもろてるでしょうけど、その数字確認したら、本人が白状したんですわ・・・」

耕一「そうですか。社内でも確認してみます。一旦、電話切りますね。」

耕一は、営業部長の新田を呼んだ。

耕一「新田さん、芳賀さんの件何か聞いてる?」

新田「・・・・」

耕一「どうした?何かあったのか?」

新田「はい、実は芳賀さんに頼まれて、例の受注の件で・・・・」

新田が、耕一に一枚の書面を差出した。それは、受注確認書であり、某会社名が記載してあった。その下に、「新田」の氏名で署名・捺印がされていた。

耕一「これは?偶然の同姓同名か?説明してくれ!」

新田「はい、すいません。芳賀さんは連日大阪のネクサスから、『未だ注文が取れないのか?どうなっているんだ!』と再三にわたるプレッシャーがあって、大変だったそうです。それは、朝も早くから、深夜に至るまで・・・それで、『何とか助けてください・・・』と頼まれて・・・・」

耕一「でもこれが不味い事ぐらい分かっているだろ?」

新田「はい、受注は受注として、後日、別の理由で受注取り消しの処理をするからと芳賀さんに言われて・・・」

耕一「おまえは、馬鹿か?分かりきった事今更、言う気も無いが、これがどういうことか、理解してるだろ?」

新田「はい・・・・・」

その日の夕刻、ネクサスの坂本取締役がエイペックスジャパンにやってきた・・・

坂本「中澤社長、何か分かりましたか?」

耕一「はい、営業部長の新田に確認しました。どうやら、架空売上になっていたようです。」

坂本「なんですと?で、新田部長はそれを知っていたんですね?」

耕一「はい、そのようです。残念です。」

坂本「おい!芳賀!新田部長!ちょっと、会議室に来い!・・・中澤社長、ここは私に任せて頂きたい・・・」

耕一「しかし・・・」

坂本「後で、・・・・」と言い残すと、夜叉面のような形相で、会議室に入っていた。それから、小一時間の間、オフィス内に響き渡る怒号が続いた・・・ようやく、坂本が耕一のところにやってきた。

坂本「中澤社長、もしや貴方は関わってないですね????」

耕一「はあ?それは無いですよ。本件は、なぜか、詳細な報告が上がっていなくて、不注意としては私にも責任はありますが・・・」

坂本「分かりました。いずれにせよ、何かしらの処分は必至ですわ。本日付で、芳賀は大阪に帰します。」

耕一「そうですか・・・」一応、その場はおさまった・・・・

夜8時過ぎに、新田と芳賀を改めて社長室に呼んだ。

耕一「もう、あまり説教じみた事は言わない。ただ、なぜこんな事になったんだ?」

芳賀「社長!すいません。(涙)私、ネクサスに勤めて、7年になりますが、『営業のネクサス』で、それなりに成績も上げてきました。ただ、今回、こちらにお世話になっていて、初めてなかなか結果の出ない営業で、苦労してきました。それ以上に、大阪からのプレッシャーがきつくて、新田部長にも大変なご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。」深々と頭を下げた。

新田「社長、この件は私にも責任があります。芳賀さんだけを責められるような事にしてもらいたくないんです。申し訳ありません。」

耕一「・・・・・わかった。もういい。但し、何かしらの処分があった際は、甘んじてくれるな?」

新田「はい。」

それから、2週間後、大阪に戻された芳賀は、課長職から平社員に降格となり、給与も大卒初任給までに減額された。同じくネクサス側は、部長の新田への処分を耕一に迫った。結果、新田は部長から課長へ降格し、給与は50%の減額という処分に至った。耕一は、この件に関しては、辛かった。『なぜ?こんな事が起こったのだろう?』と・・・・処分を言い渡した日、耕一は新田を呑みに誘った。

耕一「すまんな。ネクサスの手前、目に見える処分でであないと、納得してくれない。何とか、課長までに留めるのが精一杯だった・・・」

新田「はい。有難うございます。金銭的には苦しいですが・・・気分的にはすっきりしました・・・」

耕一「そういってくれると、こちらも気が楽だが・・・・」「いずれにせよ、もう二度とこのようなことは、起こしてくれるな?頼むよ。」

そう言って、その場を散会した。

後に、耕一はこの新田に世話になる事になるのだが、この番外編の「不祥事」をキッカケに、新田は、強く成長した。そう、この件も先日都内で会って飲んだときに新田が必ず口にする事である。なぜなら、これを糧に新田は、その後独立し、今現在、社長をしている。そう、この事実が、後々実りあるものとなったのである。(終)

耕一は、藤本と真鍋は神妙な面持ちで話し始めた・・・


藤本「真鍋さん、藤木さんどうしたの?」

真鍋「はあ、長年一緒にいますが、今回は私の見えないところで話があったみたいです。昨夜、拘置所に行ってきましたが・・・」

藤本「でも、藤木さんが何か悪い事したの?」

真鍋「あのー、2年半前に知人の紹介である資産家と話するようになったのが発端です。話の成り行きの中で、不動産若しくは証券投資で、運用するかしないかの話になったようです。結果、藤木氏がその投資家から約2億円を預かる事になた様です。いわゆる資産運用のお手伝いと言う事です。管理手数料は数パーセントで取り決めがあったようですが・・・それから1年半経って、その投資家から元金がどうなっているか問い合わせがあったようです。その時、藤木氏がも少し気を使って対応すればよかったのですが・・・」

藤本「で、その預かった資金はどうしたの?」

真鍋「それが・・・結果、既に手元に無いとのことです・・・」

藤本「それでは、使った事になっちゃうね・・・それは、困りましたね・・・いわゆる、詐欺・横領の類になるね・・・」

真鍋「はい。保釈金があれば、拘置所から出れるのですが、その資金を集めるべくこれまでの知り合いに掛け合っているのですが、誰からもいい返事がもらえなくて・・・」

藤本「我々も、資金は無いしね・・・」

真鍋「このままだと、藤木氏は拘置所で年越すことになります。困りました・・・」

藤本「真鍋さんが何か困る事あるの?」

真鍋「はい、私の給料が出ないんです・・・」

藤本「そうでしたか・・・藤木氏の奥さんは?」

真鍋「それが、事実上、別居・離婚と同じで、取り合ってくれません・・・」

藤本「あらら・・・」

その会話を横で、じっと聞いていた耕一は、『テレビドラマを見てるようだ』と感じた。そして、一通り話が終わって真鍋がその場から離れた・・・

藤本「中澤さん、どうやら当てにしていた先が一つなくなりましたね。自力で何とか事務所を作りましょう。幸いにも、調べていたらレンタルオフィスなるものがあるようです。ここを当たってみましょう?」

耕一「はあ、本当に会社作るんですか?何を生業とするか良く分からないのですが・・・」

藤本「何とかなりますよ。外資系の金融機関からある相談も来ています。それと、中澤さんの実務請負で、コンサルタント業はやれると思いますから・・・」

耕一「まあ、今のままでも何も進展ないから、やってみましょうか?」

そして、二人は一応合意に達した形で、新会社を稼動することにした。

耕一「社名ですが・・・『B-Links』と言うのはどうでしょう?Bは、4つの意味があって、Beans・Benefit・Business・Brandingを結びつけ、発展させるという意味ですが・・・」

藤本「ビーリンクス・・・ビーリンクス・・・・いいですね!それで行きましょう!」

なんとも安易だったのかもしれない。このB-Linksの始まりが、新たに耕一に想像できない結末になるとは、予想谷もしなかった。それが、幸か?不幸か?

起業とは、実に簡単に進められる。しかし、自力で建っていられる企業になるには、それ相応の覚悟がいる。これまでの柵の中で、それなりにそれらを理解し、承知して、そのキャリアもありながら、いざ、当事者となると、簡単にはいかない。その意味を更に奥深く知るのはこれからであった・・・

耕一の中では、エイペックスジャパンを離れてから、これまでの時間を充電期間と整理して、新たに再スタートを切る心の準備が出来た気になっていた。(続)

2001年12月初旬、耕一は藤本と一緒に銀座一丁目にある小さなオフィスの一室に居た・・・



ここは、藤本氏の知り合いが借りていた東京事務所であった。その知り合いというのは、投資顧問業(自称)の藤木であった。彼は、金沢に本拠を構えていたが、10年ほど前に東京に移った。その後、不動産紹介などを生業として、投資顧問をやっていた。

この事務所は、そのうちの出資先と共同で使っていた事務所であった。なぜだか、この事務所を使おうと、藤本が耕一を誘ったのである。耕一は、何がなんだか理解に苦しんだが・・・その場の流れにあわせて話の成り行きを見守った。

藤木「藤本さん、来年になれば大口投資家を集って、ファンドを設立しましょう。その運用管理費で、我々は新たな商売をしましょう。」と語った。

藤本「そうですね。良いですね。是非、進めましょう。とりあえず、私のパートナーの相澤さんです。」

相澤「どうも、はじめまして・・・」

藤本「それはそうと、私の法人を早速山口から東京に移しましょう。定款の変更と役員の選任・・・後は、社名ですね。」

耕一「ハア・・・????」

藤本「一緒に、会社立ち上げて金儲けしましょう~」何とも軽やかな声である。

耕一「分かりました。今、この会社が何の会社か良くわかりませんが、少し考えをまとめさせてください・・・」

藤本「じゃあ、食事に行きましょう・・・」と藤本・藤木・真鍋(藤木氏の連れ)・耕一の4人で、近くの銀座アスターに入った。すると、ロビーで、背の高い若い女性が2人待っていた。

女性A「お久しぶりです・・・」

藤木「やあ、待たせたかな?・・・今日は、時間は何時まで?」

女性B「藤木さんこそ、この後のご予定は?・・・」

藤木「いや、今日はこの後は、約束は無いよ。初対面で悪いがこの人たちと一緒に食事しよう・・・」

女性A・B「は~い。よろしくお願いします~」

耕一は、ぽかんとしていた。何なんだこの会話は???理解に苦しんだ・・・・

とりあえず、一同はワインを開け、食事をした。デザートが出た頃、女性Bが、「それじゃ私たちはこの後、御呼ばれしたからここら辺で失礼するわ~」と二人は席を立った。すると藤木は、「今日は、有難う」といくらか車代(チップ)を渡した。二人の女性は手を振って、その場から去っていった。

耕一は、『なんなんだ、この空気は????』今もって理解できなかった。

それから4人は、雑談してその場で解散となった。


それから2週間後・・・・暮れも押し迫った月曜日、朝7時くらいに、藤本から電話がかかってきた。

藤本「あの、この間の藤木さんが捕まった。今、荻窪の拘置所に入ったところだわ。真鍋さんから、今連絡があった。」

耕一「はあ?何があったんですか?

藤本「今日は、予定は?午前中に会いたいんだけど良いですか?」

耕一「はい。じゃ、10時に銀座に着いたら電話します。」

耕一は、慌てて身支度をして藤本と待ち合わせした・・・・(続)

2000年11月中旬、それは発覚した・・・



「中澤さん、大変です~!」と経理の吉野が耕一のところに飛んできた。

耕一「どうしました?」

吉野「それが、8月末に受注したとされた売上が建たないんです・・・」

耕一「それは、どういうことですか?」

吉野「営業の芳賀さんが、受注したらしいんですが・・・一応9月末に売り上げた事になっているんです。それが、10月末で入金されなければならないのが、未入金なんです。」

耕一「分かった。営業に確認してみよう。後で連絡する。」

耕一は、芳賀を呼んだ。芳賀は、外出していた為夕刻まで待つ事となった。

芳賀「ただいま、もどりました!」大きな声でオフィスに入ってきた。

元々、元気なのが取り柄の営業である。彼は、8月から親会社である本社ネクサスから数ヶ月間、エイペックスジャパンに派遣されてきたのである。しかし、先に記したとおり、その営業活動は、思うようには進んでいなかった。そんな中、芳賀が、最初の受注一号と称して、何とか売上を建てたのであった。

しかし、その売上に問題が生じた。耕一は、芳賀を再度、呼んだ。

耕一「芳賀さん、先ほど経理から、9月の売上の件で、未回収になっていると報告があった。これについて、状況を教えてください。」すると芳賀は・・・

芳賀「社長!、すいません。私が責任を持って、回収に当たります。現段階では私にお任せいただけますか?」ハッキリとした回答であった。

耕一「分かりました。よろしくお願いします。経理には検収遅れと言う事で伝えておきます。」

そして、その場は終わった。(続)

エイペックスジャパンには、伝説を持つと呼ばれる人物がいた・・・



それは、役員の本間であった。耕一は、本間の人物像を自分なりに理解しているつもりであり、自分には無い空気を持つ相手は、受け入れようとしていた。そんなある日、スタッフ数人を近くの居酒屋に誘った。
この席は、たまたま製作部隊のスタッフが集まった。須藤・福田・庄次・花岡・・・などであった。そして、雑談を交えながら、福田が耕一にこう言った。

福田「中澤さん、実はここにいる部隊は、本間さんの過去の伝説を知って付いてきている部分もあるんですよ・・・」

耕一「んっ?そんなに凄いのか?」

福田「はい。東京ディズニーランド(TDL)をご存知ですよね?」

耕一「ああ、オリエンタルランドだろ?それがどうかしたのか?」

福田「そう、そのTDLは、実は当初はあの場所ではなかったんですよ・・・」

耕一「というと・・・????」

福田「日本を代表するものと言えば?・・・・・そう!富士山・・・・つまり、当初の計画では、日本平に建設する予定だったんですよ!」

耕一「えっ?そうなの?・・・」一同の顔を見回した・・・すると、心なしかにやけながら、皆うなづいた・・・・

福田「そう、その建設予定地から、今の浦安のあの場所に変えさせたのは、あの本間さんだったんですよ・・・」
   「本間さんの、伝説のプレゼンテーション!なぜ、伝説かって?・・・そりゃ、もし今TDLが日本平にあったらどうなったと思います?少なからず、世界に誇るアミューズメントパークにはならなかったでしょうね?」
   「その伝説のプレゼン!・・・お話しましょう!」
福田は、ジョッキを片手にまるで講談のように、話し始めた・・・

福田「そうそれは、1970年代初め、当時のウォルトディズニー社(WDL)に対して、米国で莫大な人気を誇るキャラクターのテーマパークであるディズニーランドを日本に持ってこようとした壮大な計画があった。当然のように、利権が絡み、大手の様々な企業が触手を伸ばし、何とかこの日本初の大型レジャー産業に入りたがっていた・・・」
   「そんな中、まずは日本全国で誘致合戦が起こった!そう、まるでオリンピック招致のように・・・その誘致合戦の真っ只中で、起死回生の逆転ホームランを放ったのが、本間氏その人であった・・・」
   「その伝説のプレゼンは、WDLの視察団10数名が最終決定のために日本に来日した際であった。
当然、事前に何度もプレゼンが繰り返され、コンペ(競合)も幾度と無く繰り返してきた。その最終段階において、静岡の日本平と千葉の浦安が最終候補地に残った。これを実際に視察し、決定する場面である。
状況的には、『ニッポンの富士山』を前面にPRしている日本平側が圧倒的に優勢であった。方や、千葉の浦安といえば、ただの埋め立て造成地であった。」
   「視察団は、場所だけの目的ではなく、その他多くの関係企業との会合が目白押しで、タイトな日程で2週間近く、日本国内を飛び回っていた。メンバーの殆どは、これまでの経緯・報告からして、『日本平』でいいよという空気がありありであった。その視察団に最後のプレゼンを嘆願し、実行したのが本間だった。それは、一行が米国へ帰国する当日(日本発がその日の夕刻であった。)の午前中に無理やり設定し、何とか了解を得た。その当日、本間は都内の指定された会議室で、10:00~11:00の間、質疑・応答を含めて、これまで通りのプレゼンをした。最後に、全員に向かって『せっかくですから、成田までお送りいたします。但し、その途中に今回提案している浦安を通りますので、是非見てください。』と付け加えた。一同は、既に中期滞在で疲れていて、一刻も早く帰宅したい気持ちが強いようであった。・・・」
    「本間は、あらかじめマイクロバスを用意し、昼食の準備をしていた。そして、11:00過ぎに都内を出発した。首都高を抜ける頃、本間は一行全員に準備した昼食を配った。一見、普通のランチボックス(弁当)である。一行は、何気なくその弁当を開けて、食べようとした・・・次の瞬間・・・ドッと歓声が車内に上がった!『これは、とてもすばらしい!丁度食べたかったんだ!』『日本でもこのメニューが食べられるのか!』などと皆、その弁当にがっつく様に食べ始めた。」
    「本間は、ニヤリと心の中で笑った。そして、最後の仕上げに移った・・・一行が食べ終わる頃に、そのバスは浦安の造成地に到着した。一同が、その場所に降り立ったとき、本間がこう言った『皆さん、ここは東京都心から僅か30分足らずの場所です。成田空港からも直接アクセスできます。今回の壮大な夢の空間を提供するには、より多くの人々が来れる場所が最適だと思います!』
一同は、全員がにこやかにほほみ数人が声を合わせるように『Wonderful!』と叫んだ。そう、この瞬間、全員がこの浦安の場所にTDL建設をイメージしたのである。」

ここで、福田はジョッキに残ったビールを飲み干した。そして、続けた・・・

福田「この時、なぜその全員が一瞬にして気が変わったのか?それは、ランチボックスにマジックが合った。本間さんは、一行全員の経歴、出身地、現在の住まいなどを事細かく、調べた。その上で全員に配った弁当は全て違うメニューにしてあった。そう、それぞれの嗜好も考慮して、長旅で何が食べたくなるかをあらかじめ分析していた。よって、バスの中では至福の瞬間を提供した上で、最後の勝負に出たのであった。これを聞いたとき、身震いしましたよ・・・・」

耕一「いや、今この場でも身震いする。賞賛の言葉が見つからない・・・凄いな・・・」

須藤「そう、この話は、身内しか知らないけど、まさにプチ革命に近い事実だね。」

福田「だから、これまで長く本間さんと仕事で付き合うようになったんですよ・・・」

耕一「エイペックスジャパンは、すばらしい人材が集まっているな。みんなの潜在能力は、私の想像をはるかに超える気がする・・・今夜は、有意義だった・・・」

その場にいた全員が、すっきりした気持ちで散会し、帰路についた・・・(終)

この店の坦々麺、ご存知ですか?


結構、王道のラーメンです!

一度、お試しあれ!

一般的には、株式公開時の企業で「管理本部長」というキャリアであれば、それなりに信用度はある。よって、何の既成概念が無い状態では、普通に付き合うものであろう。



藤本氏は、耕一に「もう宮仕えは嫌になった。何か、会社を興して商売したい。」と漏らす事しばしばであった。次第に、藤本氏は耕一と組んで何か仕掛けたいと言う意志を前面に押し出してきた。耕一は、戸惑った。広島の件も含め、自分の中の整理が出来ていないが、自分に立ち止まる事を由としなかったゆえ、様々な事を受け入れようとしていた矢先であった。



藤本は、手始めに知人との繋がりで面識のあるある会社の社長に耕一を引き合わせた。銀座一丁目の小さなオフィスビルの一室であった。挨拶の後、食事に行こうと銀座に出た。それなりに豪華な食事であった。しかし、中身の無い話に感じた。

次に、引き合わされたのが、良く素性の知れない外資系のVCであった。聞くと、日本では、その本人だけが活動しているという・・・「一体ナンなんだろう?」と耕一は思った。

そして、次にNEPで繋がりのあった、中谷氏を紹介された。携帯電話向けのシステムやアプリケーションを開発しているとの事であった。



何やら、良く分からない状況で、藤本氏の持つ個人会社を山口から東京に移転し、再稼動させる事となった。社名も改め、事務所も立ち上げた。この事務所は、殆ど固定費がかからない仕組みで、「レンタルオフィス」を契約し更に個室も確保した。登記住所、事務所ともに「東京都中央区銀座・・・」のブランドには少し、驚いた。しかし、一体何を「商売」とするのであろうか?・・・藤本と耕一はそれぞれに、動き、週1・2度ほど打合せを重ねていった。