耕一は、B-Linksと並行して・・・・
もう一つ、別会社を設立する容易があった。
それは、クライアントであるHJPの担当執行役員から、「この仕事は、あなたを見込んで依頼している。今のB-Linksには不安がある。」と言われていた。よって、耕一は、色々と思案していた。要は、耕一自身の法人を設立することを迫られていたのである。
そこで、耕一は新たに、発足メンバーを考え、新会社設立に向けて動き始めた。それは、まだ新商法が施工される前であったために、資本金は現金が必要であった。よって、いきなり株式会社ではなく有限会社として、設立するに至った。
発足メンバーは、当時耕一が世話になっていたレンタルオフィスの社長であった、本多女史に相談を持ちかけた。これには、本多女史は快く受けてくれたが、条件が一つあった。それは、本多女史の会社の役員を耕一に受けて欲しいとの交換条件があった。これには、耕一は一瞬戸惑った。なぜならば、そんなに企業の役員が務まるかどうか、自分自身で想像が付かなかった。しかし、本多女史との個人的関係も含め、受ける事とした。
本多女史とは、ある時資金繰りに困った本人から、ある相談を受けた。その際に、耕一は、彼女の会社の財務状態及び資金管理について開示してもらい。内容をチェックした。この際に、HJPで一緒に仕事をしていた大口氏にも見てもらった。
惨憺たるとはいわないが、やはり問題は幾つか見受けられた。また、このレンタルオフィスは、オーナー企業は別にあり「企業家ネットワーク」という企業がバックについていることも分かった。これが、そもそも曲者であった。後々、問題が大きく広がるのを容易に想像できた。
いわゆる、ベンチャー起業家は、ある情熱と純粋さを持って、起業し自身の夢に向かって進むものである。しかしながら、一番ネックになるのはなんといっても「資金(現金)」である。この問題は、必ず抱えながらその事業は進む。その途中で、資金の調達・融資に時間を割かれるものである。現在、成長している数多くの企業は大なり小なりこの問題を切り抜け、存在している結果であろう。
この「資金」の問題は、人材や商材とも直結し、大きな影響があることは言うまでもないが、直接金融と間接金融との性質の違いに敏感でなければ、どんなに優秀な起業家でも、呑まれてしまうことが多い。
とにもかくにも、耕一は、本多女史に早急なる処置が必要な部分において幾つかのアドバイスをした。結果、何とか資金繰りを切り抜けることは出来たのである。
そのアドバイスとは、時価会計の会計への見直しとCF(キャッシュフロー)管理の基本的概念の説明であった。(昨今では、当たり前のような内容である。)
その後、本多女史は事あるごとに、経営相談を耕一に持ちかけるようになっていた。(続)