起業から、経営者へ、そして・・・ -16ページ目

起業から、経営者へ、そして・・・

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耕一は、B-Linksと並行して・・・・

もう一つ、別会社を設立する容易があった。

それは、クライアントであるHJPの担当執行役員から、「この仕事は、あなたを見込んで依頼している。今のB-Linksには不安がある。」と言われていた。よって、耕一は、色々と思案していた。要は、耕一自身の法人を設立することを迫られていたのである。

そこで、耕一は新たに、発足メンバーを考え、新会社設立に向けて動き始めた。それは、まだ新商法が施工される前であったために、資本金は現金が必要であった。よって、いきなり株式会社ではなく有限会社として、設立するに至った。
発足メンバーは、当時耕一が世話になっていたレンタルオフィスの社長であった、本多女史に相談を持ちかけた。これには、本多女史は快く受けてくれたが、条件が一つあった。それは、本多女史の会社の役員を耕一に受けて欲しいとの交換条件があった。これには、耕一は一瞬戸惑った。なぜならば、そんなに企業の役員が務まるかどうか、自分自身で想像が付かなかった。しかし、本多女史との個人的関係も含め、受ける事とした。

本多女史とは、ある時資金繰りに困った本人から、ある相談を受けた。その際に、耕一は、彼女の会社の財務状態及び資金管理について開示してもらい。内容をチェックした。この際に、HJPで一緒に仕事をしていた大口氏にも見てもらった。
惨憺たるとはいわないが、やはり問題は幾つか見受けられた。また、このレンタルオフィスは、オーナー企業は別にあり「企業家ネットワーク」という企業がバックについていることも分かった。これが、そもそも曲者であった。後々、問題が大きく広がるのを容易に想像できた。

いわゆる、ベンチャー起業家は、ある情熱と純粋さを持って、起業し自身の夢に向かって進むものである。しかしながら、一番ネックになるのはなんといっても「資金(現金)」である。この問題は、必ず抱えながらその事業は進む。その途中で、資金の調達・融資に時間を割かれるものである。現在、成長している数多くの企業は大なり小なりこの問題を切り抜け、存在している結果であろう。

この「資金」の問題は、人材や商材とも直結し、大きな影響があることは言うまでもないが、直接金融と間接金融との性質の違いに敏感でなければ、どんなに優秀な起業家でも、呑まれてしまうことが多い。

とにもかくにも、耕一は、本多女史に早急なる処置が必要な部分において幾つかのアドバイスをした。結果、何とか資金繰りを切り抜けることは出来たのである。
そのアドバイスとは、時価会計の会計への見直しとCF(キャッシュフロー)管理の基本的概念の説明であった。(昨今では、当たり前のような内容である。)
その後、本多女史は事あるごとに、経営相談を耕一に持ちかけるようになっていた。(続)


その女性は、黒田智子と名乗った・・・

智子「あの、これからのご相談は山田さまお一人で、請けて頂けますか?」

泰助「えっ?まあ、内容にもよりますが、これが私の生業ですから・・・しかし、ことと次第によっては色々第三者に動いてもらうことになるのですが・・・」

智子「それでは、困るんです!・・・私、決してお金とか名誉とかどうでもいいんです・・・」智子は、じっと泰助を見詰めた・・・

泰助「いや、あの、その・・・悪いようにはしないです。当然、クライアントの秘密守らなければならないのですが・・・」

智子「お約束していただけないのなら、お話できないんです・・・」

泰助「はア、・・・・わかりました。今回は、自分ひとりでお受けしますから・・・」泰助にとっては、久々の仕事である。また、『金はどうでもいい』と言う仕事ほど、大きい場合が多い。ここは、相手の言いなりになるのが得策と考えた・・・

智子「それでは・・・ご相談したいと言うのは・・・私の実の父親のことなんですが・・・マスコミでもご存知の徳田宗次郎との事なんです・・・・」

泰助「えっ?貴方、徳田代議士のご令嬢ですか?・・・・」泰助は絶句した。

徳田宗次郎と言えば、新潟出身の衆議院議員で、J党の元幹事長でもあり、その影の力は噂に絶えない。更には、灰色の部分もあるとされている。泰助は、『やはり、銭の匂いがする!』と改めて確信した。
しかし、マスコミでは徳田氏は現在入院中であると報道されている・・・・

智子「はい。でも、決して口外できないことなんです・・・このことは、2ヶ月前に母から聞いたんです。私も、びっくりしました。自分が妾の娘かと思い、悩みました・・・」智子は、涙声で震えながらその言葉を呟いた。

泰助「それは、大変、ショックですよね・・・何といって言いか・・・」

智子「それが、違うんです!母は、妾ではなかったんです・・・・」

泰助「?????」

智子「実は、私は・・・・望まれない子供だったのかも・・・・でも、今まで育ててくれた父にはとても感謝しています・・・・私、どうして良いか・・・」

泰助は、話の要領を得なかった。『一体どういうことだろう?』そして『相談って、なんなんだ?あまりにも、厄介だと手に負えない・・・』と思いつつ、智子の次の言葉を待った。

智子「徳田さんは、本当のお父さんは・・・・母と・・・・・(嗚咽を殺して、ハンカチを口に当て)」泣き出した・・・・

泰助「まあ、落ち着いてください・・・何なら、場所を変えましょうか?・・・・」

智子は、うなづいた。そこで、泰助は携帯電話を取り出し、パシフィックホテルでコンソルジェとして勤めている今井瞳に電話を掛けた。
なかなか、出ない・・・・15コール以上鳴ったところで、瞳が出た。

瞳「もう、泰助!人が仕事してるのに、電話なんかしてきて、どうしたの?先月貸したお金返してくれるの?!」

泰助「あちゃ!・・・その話はちょっと待って!・・・そのため助けて欲しいんだけど・・・今近くで、初めてのクライアントと話をしているんだけど、話が立込んでて、どうしても部屋を貸して欲しいんだけど・・・何とか助けて頂戴!」泰助は、携帯電話に拝んで、頭を下げた・

瞳「へえー、少しは真面目に仕事してるのね!・・・わかったわ。今、丁度12時半だから・・・私の休憩時間に合わせてくれるのであれば、1時間だけ何とかしてあげるわ!」

泰助「さすが、瞳ちゃん!いざと言う時に、頼れるね・・・有難う!この借りは、利子として御礼するから・・・・」

瞳「しょうがないわね。・・・じゃ、1時15分過ぎたら、ロビーにある私のデスクに来てくれる?待ってるわ!」

泰助「わかった!じゃ、後で・・・」電話を切った。

今井瞳とは、もう4年の付き合いにはなるが、恋愛関係はない。元々、泰助のクライアントであった。当時、瞳がストーカーに悩んでいたところ、偶然助けたのがきっかけで知り合いになった。それから、男女の関係も無く、瞳が泰助に世話を焼くのがきっかけで、単なる『友達』として、よく話すことが多かった・・・


泰助「黒田さん、静かな場所をこの近くに用意しました。場所を変えましょう。まだ、少し時間があるので、ここで食事しますか?」泰助は、空腹に耐えかねて、何か口にしたかったのである。

智子「いえ、私は結構ですが・・・山田さま、どうぞ召し上がりください・・・」

泰助「そうですか・・・・じゃあ、   すいませーん!メニューください!・・・今日のランチは?・・・あっそ、それじゃ、カツカレー下さい。」・・・・なんとも、泰助はあまり周りを気にしない性格である。

泰助は、智子を前に、遠慮なくカツカレーを胃袋に流し込んだ。

智子「山田さまは、ご家族は?」

泰助は、首を横に振った。

智子「それでは、恋人とか、婚約者とかは?」

泰助は、更に大きく首を横に振った。

智子「とても、おいしそうに召し上がるのですね。私も一緒に食べている気分になりますわ・・・」

泰助「じゃあ、注文しますか?」と食べ終わって、もぐもぐ口を動かしながら智子に勧めた。

智子「いえ、私は外食はしないものですから・・・」

泰助「そうですか・・・」

ようやく、二人はアンナミラーズを出た。支払いは。智子がしたのであった。(続)


名実共に、社長になった耕一は、新たなる前進を決意した・・・

既に、契約のまとまったクライアントとは別に更なる売上拡大を思考し始めた。
それは、現在の「コンサルタント」業ではなく、実態のある商売(ビジネス)を柱に立てたいと感じ始めていた。

「何が、いいのだろうか????」耕一は、日々考えながら会う人々にも投げかけてみた。しかし、そう簡単にはそのヒントさえも、見つからなかった。

一方、築地の行きつけのスナックのママの紹介で、ある時銀座のクラブに行くことがあった。そこは、いわゆる「クラブ」の中箱であった。大勢の女性が一人一人の男性客の横に付く店であった。最初、耕一は「場違いなところに来た」気がした。」しかし、初めて銀座流の店の雰囲気を味わったのも事実であった。

スナック・キャバクラ・等々とは異なる事は、肌で感じた。



貴方は、下着をご自身で買いにいきますか?それとも・・・・・

最近、時間があるたびにあるものを探している。それは、下着である。
上半身の下着は、さほどでもないが下半身の下着については、ちょっとしたこだわりがある。それは、着心地である。

通常、仕事をしている場合、長時間外に居て、スーツを着用することが多いが、着心地が悪いと、自分の思考回路や判断にまで影響を及ぼす気がする。要は、なかなか自分自身が納得できる着心地の下着に巡り合わない事が多い。
女性は、流行やファッションに敏感なために、多様なものがあり、個人個人に合わせて多くの選択肢がある。しかし、男性はどうだろうか?製造メーカーは、それなりにあるが、本当に世代や、職業、体系、等に合わせて多様な商品が存在していない気がする。

私は、自分が気に入っているものがあった。しかし、5年以上も使っていると当然、劣化してきていよいよ買い替えようと思った矢先、既にその商品は存在しない。また、一から探さなければならない・・・ファッション的に人に見せるためではなく、自分の生活スタイルに合った、着心地のいいものを探すのは、一苦労である。
女性下着メーカーは、男性の市場を見据えて、商品開発すべきではないだろうか?必ずや、密かなるヒット商品が生まれる気がするのだが・・・


最近のマスコミでは、参議院選が終わって、政局の話題にスポットが当たっているが・・・

一体どういうことだろうか?

「改革」を掲げている当事者(政治家)たちの言い分は、納得できるのだろうか?

当初、与党と野党との争議の焦点は、「郵政民営化」であった。
任期を終えた、前首相の意向を受け継ぐ形で現首相に移ったが、これを取り巻く組閣の人材は、聞くも無残にスキャンダルだらけで、挙句の果てに「自殺」者ま出た。これも、果たして真実と事実が疑わしく思える。

選挙前には、別の政治家のスキャンダルや「失言」問題で、弁解の余地は無い。もっとも、誰が政権を執っても、一般人(有権者)の生活には、簡単には繁栄されない。そもそも、政を本気で考えている政治家が存在するのだろうか?

昨今のマスコミの話題で「政治資金規正法」なる事が焦点になっているが、いやはやまさに、茶番である。通常の会社文化を知る人であれば、政治家の言い分は全く持ってはかばかしい限りで、憤りを抑え切れない気持ちになる。有権者の1票は、土下座してでも欲しい輩は、当選してしまえば、みなふんぞり返り「先生」と呼ばれ、「俺様、殿様、神様」のような態度で、一般人と接していることが良くあると思われる。何とも、虚しい限りである。一体、日本には真の指導者はいるのか否か?

日々、汗をかき、喜怒哀楽を感じ、必至に生きている人々にとっては、何とも侮蔑を受けているようにさえ感じるのではないだろうか?

今回、野党が与党勢力を上回った選挙結果であった。これについて「勝ち、負け」を叫ぶ言葉が聴かれるが、一体何が、勝つことで、何が負けることなのだろうか?
それは、政治家本人のため野だけの話であって、有権者にとっての利益はどこにも見当たらない。かつて、MS党のメイン3名とお会いしたことがあるが、いずれも怪しい空気を持つ輩であった気がする。とても、有権者の為に何か貢献しようなどと言う気は感じられず、言葉だけにしか聞こえない。これは、JM党もその他も例外ではない気がする。

そもそも、政に「勝った、負けた」と言うのは、滑稽で、有権者もしくは、納税者に対して「還元・貢献」出来てこそ、その結果と真価が問われるべきではなかろうか?政治家自身の存続や、主張が先行している気がするのは私だけだろうか?

一方、MY県の知事は、良くも悪くも、口にした事に関しての結果は、誰にでも分かりやすく有権者に伝わっていないだろうか?ここで、特別な評価をするつもりも無いが、少なからず現在の国会議員よりは、マシと思われる。

話を戻して、「スキャンダル」の本質はその殆どが「金」である。実際、「金」はとても大切であるが、「先生」方の口から出る言葉は、ご自身の懐加減のご心配ばかりに思える。一体誰のおかげで、「先生」と呼ばれているのだろうか?

この「先生」という敬称の付く職業で、一部の変化もある。それは「医師」である。ある、病院では診察の際に医師と看護婦が「いらっしゃいませ」「有難うございました」と外来者に言うところもある。

私は個人的に思うのだが、人気商売を生業とする人種は、ある意味サービス業に従しているのではないだろうか?常に、誰かに見られていて当たり前であり、その存在そのものが、大変な意味や価値を持つ。よって、言動はさらに重要な気がする。

その昔、茶道の世界では「一期一会」なる日本文化の良き表現がある。

マスコミに登場する政治家の方々、よくよく肝に銘じてもらいたいものである。


泰助は、愛車をプリンスホテルの新館の駐車場に止め、アンナミラーズに向かった・・・

歩きながら、先ほど聞いた携帯電話の番号に電話を掛けた。

「あの・・・相談請負屋の山田ですが、今店に入ります。何か目印はありますか?」

「はい、窓際の席で和服を着ております・・・」

「分かりました。」

泰助は、店の入り口から店内を見回した。そこには、物静かに座っている一人の女性が居た。

「はじめまして・・・」と泰助は、お辞儀した。

「こちらこそ、お呼びだてして申し訳ございません。」

その女性は、30代半ばを過ぎた頃だろうか、とても物腰も柔らかく、詳しくは無いが、その着物姿はまさしくただものではないと泰助は感じた。

二人は、向き合って座った。泰助は、久しぶりに緊張したが・・・本題に入り始めた。

「ところで、私をどちらでお知りになりましたか?」

「はい、銀座のあるお店で小耳に挟みました。・・・」

「・・・・っとすると、貴方は銀座のお店にいらっしゃるのですか?」

「いえ、主にあ国会議員の秘書をしておりまして、たまたまその席に同席していました。もう、1年近く前の事です。・・・その酒席である方が、貴方のことを噂話のようにされてました。『いざと言う時に、なかなか頼りなる方だと・・・』・・・」

「そうですか、誰だろうな?最近は、あまり大掛かりな相談も請けていないからな・・・しかし、まあそんなことはどうでも良いでよ。とりあえず、電話もらって、悪い気はしないですから。しかも、こんなに素敵な女性とは、想像もしていなかったですから・・・さて、本題に入りましょう。お話をお聞かせ願えますか?」

「はい。」

その女性は、物静かに話し始めた・・・・・(続)


今年の夏は、・・・・

乾季の梅雨と囁かれつつも、このところの梅雨前線で、水の心配はなくなりましたが、今度は日照不足で、色んなところに影響が出ているようですね・・・

経済も微妙にこれらの影響を受けているようですね。
日経平均株価は、18,000台にいつの間にか乗り「好景気」の様相はありますが、現実的に身の回りの生活は、果たしてその恩恵にあずかっているのでしょうか?

少なからず、私は無縁の気がします。

いつかは、一攫千金を・・・・と思いつつ、なかなか上手くいかないものです。
むしろ、地道に何か新しいことに挑戦すべきかどうか????

残りの後半戦の今年、何か一つでも確かな実感を得たいものです。


プロローグ・・・

泰助は、寝苦しさで目が覚めた・・・・

「なんか、憂鬱だな~」と呟きつつ、横たわっているベッドから体を起こした。

「今日は・・・・・」といつもの液晶を覗き込んだ。いつもの事ながら、泰助の予定表は、ここ半年ほどFree(空欄)のままである。次に、電子メールの新着を確認した・・・・なにもない。

泰助は、方をおとしつつ「いつもと、変わりなし・・・」とため息をつき、シャワー室へ向かった。

山田泰助:38歳・いて座・趣味は・・・(かつては色々だったが)今は、ない。
職業:相談事請負業(自称)、収入(未定)、家族、(×1)独身
特技:コーラの一気飲み。
住所:東京都港区某所

泰助が、シャワーから出ると、携帯電話が鳴った。

「はい、相談事請負屋の山田泰助です!」

「あの~、これから伺ってお話を聞いてもらいたいのですが・・・」女性の声である。

「そうですか?当方の事務所は分かりづらい所にありますし、ご指定の場所に伺いますが・・・念のためご連絡先を教えていただけますか?」

「品川駅前の、アンナミラーズで2時間後でよろしいですか?携帯の番号は、090-XXXX-XXXXです。よろしくお願いします。」

「はい、了解しました♪・・・後ほど・・・・」

寝起きから、なかなかいい話である。しかし、依頼人の内容は、皆目見当がつかなかった。泰助は、3日ぶりに愛車コルベッティに鍵を差し込んだ。


現在、PartIIの途中ですが・・・・

近々、今の連載とは別に「中澤耕一」番外編以上の番外編!

「相談事請負屋、山田泰助」をスタートします。
一体、中澤耕一はどうなったのか?そして、今ビジネスの現場で何が起こっているのか?
2006年以降、日本経済は不可思議な成長をしている。バブル経済の教訓も踏まえ、企業は、「コンプライアンス」なるキーワードを掲げ、組織力を強め、その存在を強くし、収益体質の強化を進めている。

一方、現場で働く従業員は、明確な目標も無く、中には平凡な生活からドロップアウトし、「ニート」へ転落・・・また、家庭内暴力から、親族への殺人・・・

企業は、儲かっているのに、働いている人間は、何も享受していない・・・2007年

これから、日本はどうなるのだろうか?

20世紀の資本経済の成長成功の教科書的日本経済・・・しかし、その裏側には、官僚との癒着当たり前の道理???・・・

そんな、様々な相談事を請けた泰助は、何をするのか?乞うご期待!

それでは・・・・

一方。藤本は・・・・

社長でありながら、何も変化の無い生活のようであった。朝11:00位に、銀座のオフすに来て、コーヒーを飲みながら新聞を読み、耕一が戻ってくるのを待っているのである。

当初、外資系金融機関の、ファンド案件を持ってくると言う話ではあったが・・・一向に進む気配が無かった。何度か、他のメンバーともミーティングを持ったが、何も親展が無い状況であった。

すると、月末か月初に、必ずといって良いほど、「まとまった金が要る」と耕一に現金を要求するようになってきた。・・・最初は、耕一もある程度は許容範囲であったが、3度目になると流石に、参ってきた。金額も当初の倍くらいである・・・結局、彼は何もせず、ごくつぶしの状態になっていた。挙句の果てに、法人を株式化するに当たり、出資してもらった分の第三者の資金にも手をつけ、後は、「中澤が返済するから・・・」と何とも都合の良い話であった。

耕一は、数ヶ月前の日本エンターでの恩があるからと、我慢していたが、流石にいい加減に限界がきて、関係者各位を集めた。臨時株主総会である。

結果、藤本氏の持つ株を手放させ、その権限を全て、耕一に移すこととなった。
この時点で、耕一は、したたかな藤本の裏切りを身にしみて感じた。人間とは不思議なものである。感情的に憎悪がないと、理不尽な事もある程度許せてしまうものである。また、それが、本当に理不尽か否か、気づくには結構時間がかかるものである。しかし、一度、いい関係だったのに、その関係が壊れると、とてもややこしいものである。
耕一は、顔では、いつも穏やかで、笑いながらも、藤本に対しては、渇して許すことが出来ないと、心の中では怒りを抑えるのに必死であった。

名実共に、B-Linksの社長となった耕一は、藤本という障害を取り払い、ようやく前進する気配を見せた。そう、耕一の中に少し確かな手ごたえを感じ始めた。