結果、耕一はHJPの現状を数字として把握することが出来た。
耕一が拾い上げた数字とは?・・・・・
HJPが過去20年以上にわたり、日本市場に出荷・設置した印刷機の台数は1700台以上に登り、現状稼動しているクライアント数は、約300社強であった。さらに、出荷した全印刷機の内、4つのカテゴリーに分けられ、台数としては、圧倒的に2色及び単色の印刷機が過半数を占めた。現在の市場は4色(カラー)が殆どである。だとすると、過去の顧客との関係は一体どうなっているのか?
明らかに、アフターフォローがなされていなかった。これは、営業的な部分である。メンテナンスの必要があるときには、当然対応していた。これには、市場の認識と変化が大きく関係ある。
先に、述べたとおり発売当初の機会は、大変高品質・高性能であり、サービス・保守の必要性があまり無かった。しかし、多機能・高精度になるにつれて、その質は大変ナーバス(繊細)となり、調整や、サポートが不可欠となっていった。これと平行して、元々日本市場での「保守・サービス」に対する認知度は「無償」であった。よって、高価な設備投資をして、「面倒見てくれるのは当たり前」というのが顧客の意識である。しかし、時代は変化し、商品価値とは別に「安心・安全」のサービスを商売とする意識改革が始まり、現在では「保守・サポート」は単独で十分な商売として確立している業界もある。
心当たりは無いだろうか?その昔は、商品ブランドで、購入意思の割合が多くを占めていた。しかし昨今は、購入前に、現在使用しているユーザーの声(情報)が得ることが出来る時代である。つまり、顧客の購入意思決定の際に、多くの情報入手が独自になされ、比較検討も含め、販売する側以上に情報を得ていることが多い。よって、購入後のアフターケアの部分の充実度が意思決定の割合を大きく変化させている傾向にある。
HJPも例外ではなかった。過去には、「ハイデルベルグ」のブランドの機械で、印刷の仕事さえも獲得するのに有利であった。しかし、現在ではその機械は、高価で高品質ではあるが、比例して運用・維持(ランニング)コストも高い。よって、青果物としての印刷物も高くなるという意識が一般的となりつつあった。これは、車で言うベンツと全く同じである。目的を果たすのであれば、日本市場には様々な商品が犇めき合っている。そう、印刷機器業界も全く同様であった。
ここで、耕一はHJP社内での聴取において、「営業」と「サービス」部門との隔たりを垣間見た。ただ、この会社、業種に限った話ではないが・・・
そこで、先の数字を元に更に、1台当たりの年間のランニングに使用される部材等を抽出し、印刷能力、売上規模から、おおよその平均値を仮定するに至った。これにより、課題である「消耗品販売」部門の初期段階での事業計画の草案が固まりつつあった。それによると、立ち上げ計画時期の設定に関わらず、初年度~5ヵ年計画を作成し、初年度は、最低4.5億円・・・・5年後には約30億円の見込みが見えてきた。当然、裏づけとなる数字と事業として実行可能なものを精査した上である。
2002年3月初旬に、耕一は最初の事業計画を水谷氏に提出した。幾度か、打合せ、修正の後、最終内容が完成した。その結論は、日本市場での新規部門設立・実行を進めることを前提としていた。