1999年12月28日・29日・30日と、耕一と下田は、3日間缶詰になりながらインターネットに関わるデータの整理と今後の予測を見出すべく、作業を続けた。当時、インターネット関連にまつわる市場情報は、非常に希薄で、メディア革命と言うような言葉は先行していたものの、現実的な実態や予測を数値化されたものは殆ど無かった。唯一、大手広告代理店D社が発刊していた、インターネットメディア白書を頼りに、精度の低い予測を思案するしかなかった。
しかしながら、耕一の経験から、D社がまとめた広告宣伝を中心とした市場データと言うよりは、もっと違う切り口の視点があるのではないかと考えていた。その理由は、「現在のインターネット環境がどうなるかと考えた場合、諸外国(特に)に遅れている通信環境は、今後の市場を予測するに当たりかなりの障害になるのではないか?」「すなわち、通信環境、若しくは大規模なシステムの充実と比例して、インターネット上でのビジネスは拡大するのではないか?」と思案していた。
下田と耕一は元々、いわゆるIT機器を扱う仕事をしていた。そこで、原点に立ち返りIT機器の基本である「ソフト」と「ハード」に切り分けてみた。これを大規模なインフラのレベルまで広げて、ブレインストーミングを手始めに、数多くのキーワードを列挙し、それらについて2人で議論した。
およそ、丸一日をかけて議論したが、確固たるロジック(ストーリー)がなかなか固まらなかった。むしろ、混沌としてもやもやが募った。
結局、この3日間の作業における現状把握の整理についてだけとして終わった。
1.日本国内におけるPC(パソコン)の出荷台数の推移データ
2.日本国内における法人(株式会社)のデータ
3.日本国内における4大媒体を中心とした広告宣伝費のデータとインターネット広告に関する予測データ
4.日本国民総人口に対するITリテラシー(PC保有率)のデータと推移予測データ
耕一は、考え続けた・・・この一週間毎晩、自宅で遅くまでビールを口にしながら、テレビを眺め、独り言を呟くことしばしば・・・
傍で見ていた長男の勝は「パパ、変だよ。目を開けて寝てるの?」っと声をかけた。耕一は、ハッと我に帰り「いや、そんなことはないよ。」と勝に微笑んだ。