画策・・・その2 | 起業から、経営者へ、そして・・・

起業から、経営者へ、そして・・・

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耕一は、落胆した。先に、ネクサスには父親の名義で銀行から融資を受けることとして説明していた。ここへ来て全て実行できないのである。

耕一は、3月に入りネクサスに自己資金の調達が不可能であったと伝え、自分の保有するわずかな持ち株も含め放棄すると同時に、社長退任の意思を伝えた。

山木常務は「困りましたな。中澤さんが辞任するか否かではなく、現金を揃えて動かすのは生半可なことじゃない。」と・・・この、株式譲渡には複雑な意味が多くあった。しかし、耕一の画策で大きな変化と局面を迎えたのである。



それから3日後、山木常務から「白木社長が引き受ける。」と連絡があった。ただし、既に2000万円は、和田氏の関係者にネクサスから一時立替として支払済みであった。実質上、耕一の手元に株式の議決権は動いていた。よって、いづれにしても耕一は見かけ上、ネクサクに支払わなければならなかった。



これを白木社長が受けるということでどうしたのか?



耕一の支払いを実行するために耕一個人名義の銀行口座に、白木社長から現金を振り込んでもらい、耕一はそれをネクサクの口座に動かすこととなった。これにより、前後するが、同日中に譲渡が完了したことになった。



耕一は、この数ヶ月間何を、どう悩み、そしてそれが意味があったのか?とてつもなく大きな脱力感が襲った。全身全霊を掛けて、このエイペックスジャパンの社長の椅子に座り、奔走し、生きてきたはずだった。今、この瞬間に無と化した。初めて、接した金融業界の人間や、これまで全く知らなかった事象・・・・そう、耕一の身の丈にアンバランスなこ事ばかりであった。



「情報不足=無知=不勉強」の構図において、「知らない」と言うことは、これほど悪い結果を招くとは・・・

21世紀に入り、過去10年以上に時間と事象の速度は加速し、人間の能力も実は求められている。「あのころは・・・」「昔は・・・」などと口にしてしまっては、その時点で、自身の敗北を意味するのかもしれない。常に「前進」しなければ、複雑怪奇な現実に対応できないのであろう。



耕一は、これまで仕事をしてきて二度目の敗北感であった。一度目は、個人の自身の問題であった。しかし、今回は自分個人一人の問題ではない。



資本のルールに則り、資本家・金融・法人・社員・等々、様々な関係が複雑に絡み合い、存在している。自身のけじめは、どうすべきか?「責任を取る」と言っても、何が責任を取ることなのか?単純に辞任することが全てなのか???少なからず、耕一が一人抜ければ、社員が2.5人養える。しかし、このまま中途半端に去れば、なんとも後味の悪い経験と記憶が残る。



耕一は、白木社長に相談に行くか否か、悩んだ。結果は、そうしなかった。むしろ、これまでの経緯や思いを白木社長に話したとて、所詮、愚痴と負け犬の遠吠えにしか過ぎないと理解した。唯一つ、耕一が苦しかったのは短期間であれ、全くの他人をこの現場に登用し、黙って支援してくれていた白木社長に対しては、ただただ、頭を垂れ、謝罪したい気持ちで破裂しそうであった。「せめて、謝罪に行こうか?」・・・・



耕一が、山木常務・高山常務・坂本常務の3人に、「定期株主総会をもって、退任する。」と伝えた瞬間、高山常務、坂本常務は、諸手を上げて喜ぶような表情をしたのを見逃さなかった。「所詮、その程度か・・・」と心の中で呟き、黙ってその場を離れた。