の続きからです。
「あ、あなたはまさか、、、子期!?です、、、か?」
伯牙が恐る恐る翁に尋ねると
「私は子期の父親です」
嗚呼、良かった(^▽^;)と安心した伯牙を
「子期が待っているので、
一緒に来て頂けますか?」
子期の父上は伯牙を子期の待つ場所へ案内しました。
道中、伯牙は
「きっと、用事があって来られず
今帰ってきたのだろう。
会えるなら、
子期が私の琴を聴いてくれるなら
それだけで、いい」
子期に裏切られてはいなかった現実を歓迎し、
やっと会える!!と胸を躍らせましたが、
「ここです」
父上に案内された伯牙が目にした現実は
受け入れ難いものでした。
これが、その現実ー
子期の墓ー
「子期は、、、流行病にかかって、、、
最後の最期までずっと
伯牙殿に会いたがっていました。
約束を守れず申し訳ない、、、と」
伯牙は何が起きているのか解らず
こみ上げてくる悲しみに向かい合うことも出来ず
ただ、一心不乱に琴を弾きました。
子期、、、子期、、、、、
唯一無二の知音がいなくなった今、
琴を弾くことなど、出来ない。
弾いたところで何の意味があろうか?
琴を弾き終えた伯牙は
「さらばだ!!!」
自らの理解者を失った伯牙は
子期の後をその場で追うことよりも
更に辛く酷な道を選びました。
「伯牙殿!何を!?」
翁は慌てて止めようとしましたが
伯牙は慟哭しながら
愛琴の弦を裂き、
琴そのものをも、破壊して
もう二度と琴を弾かないことを子期に誓いました。
その琴が納められているのがこちら↓
琴仙と呼ばれた伯牙がここまでしたからこそ、
知音である子期との友情が
後世にまで伝えられているのは
伯牙が意図したことなのか解りませんが
知音と呼べる子期と出会わなければ
伯牙は琴師として
歴史にもっと多くの名曲と影響力を
遺していたかもしれません。
それでも、伯牙にとっては、
たとえ刹那の間であっても
知音と呼べる子期と出会えて
幸せだったのは紛れもない事実。
伯牙と子期が過ごした時間は
長い中国の歴史の中では
気付かない人さえ多い玉響(たまゆら)の時。
それでも伯牙があの日、あの時
この世に生み出した【流水】は
川の流れのように、
形を変えながらもそれでも
今でもしっかりと受け継がれているのです。
それでは最後にもう一度お聞きください♪
伯牙作*流水
最後までお付き合い頂き
ありがとうございました!!!
玄子(げんし)