イタリアご報告編、まだまだ続きます。
ご興味のある方はどうぞ
今回は前回のポンペイ編の続きです。
ポンペイには大きな市場もあります。
写真はうまく撮れなかったのですが、パンや野菜、果物、魚などを売っていたようです。
そして中央には大きな「いけす」があって生きた魚を売っていたとか。。
発掘後「いけす」の中から魚の骨が大量に見つかったんですって
↑いけす跡だそうです。
こちらはパン屋さんの跡です。
数台の石臼や、パン焼き釜があります。
パンを焼いていた釜です。この釜の中から数十個のパンの化石が発見されました。
ここで発見されたひらべったい円盤状のパンは今でも南イタリアではポピュラーなのだそうです。
そして「売春婦の宿」(ルパナーレ)もあります。
当時すでに国外から訪れる人も多かった貿易都市ポンペイならではなのでしょうが、言葉がわからなくても指名出来る様に売春婦のメニューが彼女達の特技と共に壁に描かれています。
2階のから声を掛けて客引きをしていたようです。その様子が雌狼(ルーパ)に似ていたことから娼館のことをルパナーレというのだそうです。当時のポンペイには沢山あったとか。。
見学コースの中でもここがポンペイ中で一番賑わっていました(;´▽`A``
ポンペイにはこうした春画のような壁画や彫刻が多く見られるのですが、それはまだ多くの子供達ががちゃんと成人まで育たない時代だったので、生殖の神様に対する願いのような気持ちがあったのだそうです。
こうしたものも含めて、ポンペイには沢山の壁画などの芸術が残されています。
床や壁を彩る様々なモザイクも見事でした。
これは猛犬注意と書かれた玄関先のモザイク。「悲劇詩人の家」と呼ばれる富裕層の邸宅跡にあります。
そして犬のモザイクは他のお宅にもありました。
当時から犬を飼っている人が多かったのですねぇ。
現在のポンペイにも沢山の犬がいて、あちこちに寝そべっていました
鳩と宝石箱のモザイク。
残念ながらこれらのモザイクは複製で、本物はナポリの考古学博物館に所蔵されています。
お金持ちのお宅の床はこんな素敵なモザイクに飾られています。
3D効果があります!
昔の人は本当にすごい!と唸ってしまいます。。
「HAVE」とはラテン語でWELCOMEという意味なのだそうです。
これも玄関先にありました。
「ファウノの家」という大金持ちの邸宅の客間にあるモザイク。(複製)
アレクサンダー大王の戦いの場面を描いたもので、150万ピースの石が使われているそうです。
これはおそらくポンペイで一番有名な彫刻だと思います。「踊るファウノの像」といいます。
「ファウノの家」の貯水槽の中央にあります。
ファウノ=牧神で、この像がこの邸宅の名の由来になっています。
私はもっと大きいものだと思っていたのでびっくり!
高さが50cmくらいしかありませんでした。
そして富裕層の間では家の中に噴水を作るのも流行っていたそうです。
奥に見えるのが噴水です。
この噴水もモザイクで飾られています。
そしてポンペイの中心地でもある広場に行きました。
ここには神殿や元老院があり、まさに街の中心となる場所でした。市場もこちらにありました。
真正面にヴェスヴィオ火山が見えます。
当時の人と同じ目線で見ていると思うと、不思議な気持ちになってしまいます。
このヴェスヴィオ火山、もとは3000m級の富士山と同じような形の山だったのが、噴火で1000m台の今の形になったそうです。
そして何より驚くのが「石膏型」と呼ばれるもの。
木のドアや犬、亡くなった人々などが灰の中に埋もれ、長い年月と共に土に還った後には空洞が出来ます。
その空洞に石膏を流すと、その中に埋もれていたものの姿がはっきりと甦ってくるのです。
ブログにはご紹介しませんが、人の苦しんでいる表情のひとつひとつや服装(サンダルの形まで!)などがはっきりとわかります。
噴火から身を守ろうと膝を抱える人や、横たわる人が展示されています。
他にも抱き合う人、逃げる途中の人、貴重品やお金を持ち去ろうとする人などの石膏体があるそうです。
災害で亡くなった上に2000年の時を経て皆に見られていてお気の毒な気がしました。
ガイドさんによるツアーはここまで。
だいたいこれで2時間半くらいです。
私はもっと見たかったのでバスツアーの帰路はキャンセルしてツアーでは行かない「秘儀荘」に行くことにしました。
ガイドさんに駅までの近道も教えてもらい、万全です♪
秘儀荘までは墓地のある通りを越えてかなり歩きます。
手術道具が見つかった「外科医の家」もこの近くにあります。「薬剤師の家」というのも売春宿の前にありました。
秘儀荘とは部屋数90を越える大邸宅の名前で、その由来は秘教への入信儀式を描いた壁画によるものです。
そしてこの壁画に使われている鮮やかな赤が「ポンペイの赤」と呼ばれる色彩です。
ここは20世紀になってから発掘された邸宅で、私が読んだ数冊の本でもある本ではワイン製造所のある別荘であるといい、またある本では秘教の司祭でもある人の家と解説が異なることからまだ正確にはどんな人が住んでいたのかわかっていないのだと思います。
いずれにしてもこの大邸宅の主人は女性だったそうです。
夕方にいったせいか一段と神秘的な雰囲気がしました。
さて、そうこうしているうちに閉園の時間となり、教えてもらった内緒の道を通ってヴェスヴィオ周遊鉄道のポンペイ駅(Pompei Scavi-Villa Misteri)に行き、帰って来ました。
ポンペイ駅はとっても可愛い駅でした
夕方の交通渋滞は半端じゃないので、帰りは電車が賢明です
電車だと30分くらいですが、車だと2時間くらいかかってしまうんですって((((((ノ゚⊿゚)ノ
ポンペイは観光地なのですが、一切説明書き等がなくガイドの説明やガイドブックが頼りです。
お手洗いや売店も中心の広場の片隅に一軒しかありません。
まさに街そのものをそのまま展示している遺跡なのです。
それが一層当時の街並みを思い起こさせることにも役立っていると思います。
ただその分心ない人のいたずらや、街=遺跡全体が雨ざらしの為風化といった問題があるのだそうです。
(ところどころに楽書きがあるのも心が痛みます。その上、柱を倒すゲームが流行ったとか?!信じられません!!)
遺跡を後世に残したいのならまた埋めてしまった方がいいのだとか・・・。
80年代には一度発掘は中止されましたが、また再開されたのだそうです。
子供の頃から夢見ていたポンペイは本当にローマ時代に迷い込んだかのように穏やかな街そのもので、当時の今とほとんどかわらない生活スタイルに驚きました!
イタリアの長い長い歴史の一部に触れた素敵な一日旅行でした
実はこの後別の都市(世界遺産)にも行ったのですが、そこも保存方法に問題を抱えていました。
こういった世界的な遺産を守ることに私も何か少しでも出来ないものかと思ってしまいました。
さて、翌日出発予定時刻まで時間があったのでナポリにある考古学博物館に行ってきました。
ここにはポンペイから出土した様々なものが展示されています。
ちょうどポンペイ展をやっていました。
モザイクも本物にほうが装飾が見事です。
でも遺跡にあった複製のほうが臨場感がありました^^;
心無い人から遺跡を守る為にはしょうがありませんね。
「ファウノの家」にあったモザイクの本物です。細かくてびっくりしました。
他にもお皿やスプーンなど沢山展示されていました。
お皿などは今使ってもよさそうなものばかりでまたまたびっくりでした
私のポンペイ熱はしばらく冷めそうにありません
さて、長かった南イタリア編もそろそろ終了です。
次回は宿泊したホテルをご紹介して、北イタリアへ移動します
まだまだしつこくイタリア編ですが、よろしかったらまた遊びに入らして下さいね