それはどこの家にもある物置小屋のように見えた。
俺はしばらく言葉を失い突っ立っていたが、
「———……ょ」
またあの声が聞こえてハッと我に返った。
この先の小屋の方から聞こえた。間違いなく人の声だ。

確認しなければ……と思ったが、何か嫌な予感がした。
まず、ここは何だろう。
こんな場所、俺は知らない。今まで何度もこの山に登ったが、こんな場所があるなんて聞いたこともなかった。
周りの木々で光が遮られているため薄暗く、どうにも不気味な感じがする。

「———……ょ……」
それでも、聞こえてくる声は気のせいじゃない。
人がいるなら確認しないと。
しかし、大声を上げて呼びかける気にならず、
息を潜めて、足音を立てないように、静かに小屋へ近寄っていった。

……そうして小屋の前まで来て、俺は後悔した。
小屋には扉があったが、その扉にはボロボロになったお札らしきものがびっしりと貼り付けられていた。
元は白かったのだろうが、遠目には茶色っぽく汚れていたそのお札が、扉の色に溶け込んで見えなかったのだ。

扉には南京錠がついていたが、経年劣化によるものか壊れていて、ぷらんとぶらさがっているような状態。
そのせいで扉が少し開いていて、隙間が出来ている。

「?」
何か聞こえた。
人の声みたいだったけれど……と、周りを見渡す。
自分が歩いているのはちゃんとした登山コースだ。
別に人と遭遇しても何もおかしくは無いが、前にも後ろにも人影は無い。
風の音が人の声のように聞こえただけか……と思い直して歩き出すと、
「———……」
また聞こえた。

聞こえてきた方は、コースからは外れた藪の方からだった。
男とも女ともつかないが、か細く弱弱しい感じの声。
「誰かいるんですかー!?」
もしかすると怪我でもした登山客がいるのかと思い、声を張り上げた。

だが、返事が無い。
少し躊躇ったものの、藪の中へ向かってみることにした。
気のせいならそれでいい。けれどもし助けを求める人の声だったらと思うと、確認せずにはいられなかった。

「誰かいるかー!?」
声を上げながら進んでいく。
藪は小柄な人ならすっぽり隠れてしまうほど高く、もし人が倒れていたら発見は困難だろう。
藪を掻き分けながら注意深く周りを確認して進んでいくと、唐突に開けた場所に出た。

そこは、自分も初めて見る場所だった。
あれだけ密集していた藪が急に無くなり、湿った土の地面にぽつぽつと木が等間隔で生えている場所。
それらの木には注連縄?がついており、その木々に囲まれるように、朽ち果てた木造の小屋のようなものがぽつんと建っている。



自分の家は中国地方の山奥の田舎にある。
俺はそこでちょっとした自然愛護のクラブに所属していて、いろいろイベントを企画したり参加したりしていた。

家から車で20分ほどの所に『○○さん』と呼ばれる山があるんだが、
主にその山を舞台にして、クラブのメンバーで登山やキャンプなどを催していた。

その○○さんで近々、一般の参加者を募ってクラブのメンバーで山のガイドをしよう、という企画が持ち上がった。
○○さんの魅力と自然の美しさをもっと地元の人に知ってほしい、というのが発端。
俺はその企画に賛同し、イベントの下準備などを受け持つことになった。

俺の担当は、必要な道具などの準備と、ガイドする場所の選定。
何度も上った山だけに案内はほぼ熟知しているが、
やはり一度山に行って実際に歩きながら考えようと、休日に一人で○○さんへ向かうことにした。

その日は良い天気で、絶好の登山日和だった。
俺はデジカメを片手に、要所要所でガイドのパンフで使う写真を撮りながら、純粋に登山を楽しんでいた。
そうして目標地点まで半分あたりに来た頃、湧き水の出る休憩所で一休みしていると、少し天気が翳ってきた。

帰ろうかと思ったが、イベント当日ではもっと上の方まで上がる予定だ。
もう少し歩いて、天気が荒れそうなら引き上げようと、荷物を持ち直す。
と、
「———……」