創作怪談 zero

創作怪談 zero

三度の飯と怪談が好き。
ここでは怪談の創作にチャレンジします。
拙い文章ですが気に入って頂けたら嬉しいです。
そして語り継いで頂けたら幸いです。

 

俺は仕事が終わり、いつもの様に電車に乗り

最寄り駅から歩いて自宅のアパートへ帰っている。

心が沈んで足取りも重い。

まさか彼女が飛び降り自殺をするなんて

思ってもみなかった。

最後の夜、あのビルの上で俺が「さよなら」と

言った時、彼女は叫んだ。

 

「私はそんなの認めない!別れる気なんて全く無いから!!」

「覚えておいて!私はあなたを離さない!!」

 

背中でその声を聞き俺は一瞬立ち止まったが、

もう話すことなど無いと無視してその場を立ち去った。

あれが彼女の最期の姿だった。

彼女はそこから飛んだのだ。

 

葬儀の席では彼女の両親や友人達から憎悪の

視線を浴び焼香をしただけで直ぐに帰った。

居場所なんて無かったから。

今日で初七日になる。

ふと思い返す。

そもそも俺が何故、彼女との別れを決めたのか。

それは彼女の異常なほどの嫉妬心に疲れたからだ。

毎日、朝昼晩、決められた時間に電話をしなければならない。

彼女から電話があれば仕事中だろうが何をしていようが出なければならない。

携帯の電話帳にある女性の電話番号やメルアドも片っ端から消されてしまった。

それだけじゃ無い。例を上げればきりが無いほど彼女の中では俺の行動の全てが

「浮気」へと直結しているかの様だった。

もう限界だったんだ。

 

思い返しているうちに俺は自宅であるアパートへ着いていた。

鍵を出そうとポケットに手を入れる。

(ん?)

俺の手に鍵では無い丸められた紙の様な物が手に当たる。

(何だこれ?)

ポケットからその紙を出して広げてみる。

そこには

 

これからはずっと一緒だよ。

 

と書いてある。

その時だった。

 

「だから言ったでしょ。あなたを絶対、離さないって…」

 

生暖かい風と共に彼女の囁く声がした。

 

 

 
これは俺が社会人2年目にして始めて実家を出て会社近くのアパートで

一人暮らしを始めた頃の出来事です。

俺は毎朝の通勤ラッシュに悩まされ、朝が弱い事もあり、とにかく会社の近くで

家賃の安いぼろアパートの一室を借りて入居した。

そのアパートは一階と二階にそれぞれ3部屋ずつしかない小さなアパートで

俺の部屋は2階の階段から一番離れた奥の部屋だ。

入居して一ヶ月は何も無く、会社から近くて朝はゆっくり眠れ、帰宅も疲れた身体で

電車に揺られて帰る必要も無く快適に過ごしていた。

それが起きたのは一ヶ月も過ぎ、始めての一人暮らしに慣れて来た頃だった。

 

俺は仕事から帰り早々とコンビニ弁当を食べ、風呂に入りビールを飲みながら

スマホで動画を見て過ごした。

そろそろ寝るか、と布団を敷き横になり目を瞑った時だった。

カリ、カリ、カリ、カリ…

と屋根裏から小さな音が聞こえてくる。

(え?この音なに?)と

俺は耳をすませた。すると

カリ、カリ、カリ、カリ…

その音は屋根裏の隅から、ちょうど今俺が寝ている頭の上辺りまで移動してきた。

(ネズミか?)と俺は部屋の隅に置いていたほうきの柄でコツンと音の鳴る場所を叩いてみた。すると

カリ、カリ、カリ、カリ…と

音はまた部屋の隅へと戻って行った。

まあ、こんなぼろアパートだ。

ネズミが出たっておかしくないか、と俺はその日、音に驚いたのか再びネズミが

音を立てる事が無かった為、(これで良し。)とたいして気にせず眠りについた。

しかし、その考えは甘かった。

次の日の夜も「ネズミ」は現れたのだ。

床に就き目を瞑ると、また屋根裏の端から俺の頭上へとカリ、カリ、カリ…と

音を立てやってきたのだ。

(また来たか。)そう思い俺は昨夜と同じく ほうきの柄でコツンと、そこを叩くと

カリ、カリ、カリ…

その音は部屋の隅へと戻って行く。

(これで眠れる。)

そう思ったのだが、その日はそうはいかなかった。

カリ、カリ、カリ、カリ…

しばらくするとまた音を立て、ネズミは頭上にやってきたのだ。

「うるせぇな!」俺は眠さもありイライラして、そう言うと先程よりも強く

音の鳴る場所を叩いてみた。

するとピタッとその音は止み、シーンと静かになった。

(あれ?逃げてく音はしなかったよな)

と不思議に思ったが、一先ず音は止んだので

(明日、大家に電話をしてネズミの駆除を頼もう。)そう思い眠りについた。

そして次の日の夜もやはり、ネズミは現れた。連日と同じく寝ようと目を瞑ると

頭上にやって来てカリ、カリと音を立てる。

(一体なんなんだ?!なんで寝ようとすると出てくるんだ?!)俺はいい加減うんざりして、

また寝床の横に立てかけて置いたほうきの柄でゴツンッと屋根を叩いてみた。

するとピタッと音が止まり一瞬静かになったと安心したのも束の間、

次の瞬間

カリ、カリ、カリ、カリ

カリ、カリ、カリ、カリ…

と今度は縦横無尽に這い出した。

「くそーっ!いい加減にしてくれ!」

これじゃ週末に手配して貰ったネズミ駆除業者なんて待ってられない!

俺は頭にきて一刻も早くこの状況を何とかしようと効くはずも無い殺虫剤と懐中電灯を

手に取ると押入れを開け、先程まで布団をしまっていた押入れの中板の上に登り、

開きそうな屋根の板を見つけると持ち上げて屋根裏を覗いた。

さすがに警戒したのか音は止んだ。

俺は(睡眠妨害してくれたお返しだ!)

そう思いながら中板の上に置いた懐中電灯と 殺虫剤をそれぞれの手に持つと

音のしていた方へ首を向け懐中電灯で照らして見た。

と、その時

ヌッと照らした光の中に黒みがかった緑色の表皮がドロドロに溶けた様な顔があり、

その顔が

ニッと不気味な笑顔を作り

「ちゅう、ちゅう」と言った。

「うわぁあぁーーーっ!!」

と、驚いて俺は叫ぶと後ろの壁に思い切り頭をぶつけ、勢い余ってバランスを崩して

右肩から床へ落下した。

ドスンという音と共に右肩に強い痛みを感じた。

床に転んだまま俺は咄嗟に開けたままの天井部分に目をやったが、

そこにはもうあのナニかの姿は無くなっていて

カリ、カリ、カリ…と 遠ざかって行く音がした。

俺は(なんだ?あれ?!人間?いや、人間じゃない…一体あれはなんなんだ?!)

そう思い、居ても立っても居られず、痛む肩を庇いながら慌てて財布と鍵を持って

部屋を飛び出ると近くのインターネットカフェに逃げ込んだ。

(あれは一体何なんだ?!俺がずっとネズミだと思っていた音の正体は、あの化け物の仕業だったのか?!)そう思うと怖くて震えが止まらぬまま朝を迎え

動かない手を理由に会社を休むと部屋着であるジャージのまま病院へ行った。

どうやら脱臼をしていた様で、俺は自宅で一ヶ月の療養を余儀なくされた。

無論、その後も俺はあのアパートに帰る事は無く、結局また自宅へ戻った。

たった一ヶ月程度での退去は契約違反で家賃2ヶ月分の支払い義務が発生したが、

そんな事を気にしてなんか居られなかった。

あの時見た、「ちゅう、ちゅう」と言ったナニかは

化け物以外の何者でも無かったのだから。

カリ、カリ、カリ…

あなたのその部屋、大丈夫ですか?

ネズミだと思ってる(ソレ)本当にネズミでしょうか?

カリ

カリ

カリ…

 

 

 

 

 

 


 

 

 

高校3年のある夏の夜。

俺は彼女を誘って心霊スポットへ行った。

それは郊外に残された大きな廃病院で地元では女の霊が出ると噂される

有名な心霊スポットだった。

「雄太くん、そんな所に行って本当に大丈夫?」そう彼女が怯えた声で聞く。

俺は「大丈夫、大丈夫♪あんなのただの噂だから 。それに俺が一緒なんだから

心配しなくて大丈夫だって。」と勝手に拝借して来た兄貴の車を運転しながら

彼女の問にカッコをつけてそう言った。

その後とんでも無く怖い思いを「この俺」がするとも知らずに。

 

しばらくして車は廃病院の駐車場に着いた。

アスファルトのいたる所がひび割れ、その隙間から草が伸び放題に生えている。

ふと山をバックにした、その廃病院を見上げると、それは真っ黒な塊の様にそびえ

沢山の割られた窓と錆び付いた看板があり「いかにも心霊スポット」的な

風貌で佇んでいた。

俺はその迫力にちょっと怖気づいたが

彼女が「やだ、怖いよ。本当にここに入るの?」と腕にしがみついてくるのに気を良くして

「当たり前だよ。ここまで来て入らない訳無いじゃん。離れない様に着いて来いよ。」と

答えて意気揚々と彼女を連れ、病院の裏口へ回ると噂通り鍵の開いているドアから

中へと侵入した。

 

真っ暗な通路を俺の持って来た懐中電灯が一筋の光となって照らし出す。

両脇にはCT室、X線撮影室、霊安室と様々な部屋が並んでいる。

俺はしがみつく彼女を連れ、ドアの開け放された手術室へと入って行った。

そこには小さな手術用器具などは無いものの埃を被りボロボロになった手術台や

手術台を照らす無影灯がそのまま残され、何とも言えない生々しさに息を飲む。

俺は一頻り懐中電灯で隅々まで照らして見るが、特に何も異変は無い。

やっぱりただの噂だな。

そう思い気が抜けて彼女を連れて手術室から廊下に出た。

すると怯えきった彼女が上目遣いで

「雄太くん、もう帰ろ…」

と俺の腕にぎゅっとしがみついたまま彼女が言った。

でも俺はそんな彼女が可愛くてもう少し探索したくなり

「もう少しだけ、後一階上を見て帰ろ。」

そう言い、しがみつく彼女を連れて二階へ上がる。

コツ…コツ… と階段を上がる彼女の靴音だけが真っ暗な病院内へ響き渡る。

 

二階へ上がると、そこは両方の壁沿いに病室のスライドドアがずらっと並び

中央にナースステーションや給湯室、トイレや壊れたエレベーターが

設置されているようだった。

かつてここには多くの患者が入院していて治療を受けていたのだろう。

今や静寂と暗闇に包まれている。

一筋の光が照らし出すフロアーは土埃を被り、そこにいくつもの足跡だけが行き来している。

きっと俺達と同じ様に肝試しに来た奴等の足跡だろう。

 

俺と彼女は通路をゆっくり進んで中央にある黒く切り取った様にぽっかりと開いたトイレの

入口の前を通り過ぎた。

「何も無いけど、やっぱり夜の病院って不気味だよな。」俺がそう言うと、彼女は

「怖いよ…。雄太くん、私もう帰りた…」まで言うとピタッと足を止めた。

(ん?どうした?)と思い彼女を見ると、彼女は俺の腕にしがみついたまま

顔を伏せじっとしている。

俺は(ヤバい。無理強いし過ぎて怒らせたかな?)そう思い慌てて

「ごめん、もう疲れたよな。そろそろ帰ろっか?」と彼女に言った。

すると彼女は俯いたまま

「…さない…」そう呟く様に何かを言った。俺が「え、何?」と聞き返した、とその時。

「返さないっ!!」と彼女はバッと顔を上げ、そう叫んだ。

「えっ?!!」俺は驚いて後ろに倒れそうになった。

その勢いでしがみついていた彼女の手から離れた俺の腕を彼女が「ガツッ」と右手で掴んだ。

「絶対、返さないっ!!」

そう言う彼女は目をカッと見開き憎悪の表情で俺を睨んだ。

「あ…あ」と怖すぎて言葉にならない俺に向かって彼女は更に言葉を荒げた。

「ユウヤさん!どうして来てくれなかったの?!私、ずっーと待ってたのに!苦しくて辛くて、寂しくて!退院したら結婚しようって言ったじゃない!」

彼女の掴む手にグッと力が入り腕が痛い。

彼女は掴む手に更に力を込め

「段々、何も食べれなくなって、身体に力も入らなくなって来て…それでも、あなたはきっと

来てくれるって信じてたのに!約束するって言ったじゃないっ!!」

背中にぶわっと鳥肌が立つ。

「いや…ちが…」

俺はそんな約束なんてしてない!

そう言いたくても言葉にならない。

彼女はもう見たことも無い様な恐ろしい形相で

「ユウヤさん!それをあなたは裏切ったのよ!」

「許さないっ!!連れていってやる!!」そう言い、

彼女は掴んだ手を離すと

バッと俺に飛びかかり両手で首を絞めてきた。

ゴロンッと思わず離した懐中電灯が床を転がる。

(殺される!)そう思った俺は

 

「違うっ!!俺はユウヤじゃ無いっ!!」

やっとの思いでそう叫んだ。

するとフッと首を絞めてた彼女の手から力が抜けた。しばらくするとその両手は

絞めてた首から手を離しブラーンと力を失った。

彼女を見ると口を半開きにして目はぼんやり宙を見ていた。

しばらくの沈黙の後、俺は恐る恐るまだボーッと宙を眺める彼女の服の袖を掴み揺らし

「な、おい?大丈夫か?」そう聞くと、彼女はハッと気付いた様に俺を見て

「あ、雄太くん…?私、頭が凄く痛いの。」とそう言った。

俺の心臓は壊れそうな程、動悸を打っていた。

フラフラと歩く彼女を支え病院を出ると車に乗った。

 

彼女は助手席に座ると、スーッと電池が切れたように寝始めた。

一体、この病院で何があったのか?

おそらくあの「ユウヤ」という男が結婚の約束をした女性が病気になり、

入院をした事を期に裏切り逃げたのではないか…。

それを知らず女性は彼が来てくれるのを病床でずっと待っていたのだろう。

事切れるその間際まで。

 

いや、違う。彼女はきっとまだ待っている。

この廃墟となった暗い病院の中で、今でも

かつて愛した男が訪ねてくるのを。

そして今度こそ、一緒になる為にその手で

「あの世」へ連れて行こうとしているのではないだろうか。

 

 

 

ろ

 

それはもう20年も前の事。

私達夫婦は1歳になる娘を連れ、お盆休みを利用して主人の職場の家族二組と一緒に

山間のキャンプ場にロッジを借り、一泊二日の旅行に来ていました。

夜になり皆でバーベキューを楽しんだ後、

皆は車に乗り花火をする為、少し離れたキャンプファイヤーサイトへ出かけて行きました。

皆が花火をするのに離れたキャンプファイヤーサイトまで行ったのは

ロッジの前での花火が禁止されていたからだ。

私はといえば娘がまだ1歳で既に眠そうにしているので花火には行かず、

娘と二人でロッジに残った。

先程まで眠くても眠れないのか、グズっていた娘もやっと腕の中ですやすやと

気持ち良さそうに眠り始めた。

そしてその時、ふと私はいつからしていたのか分からない奇妙な音がしている事に気がついた。

ギィーッ… ギィーッ…

それはまるで木が軋むような音…

(何の音?)

私はピタリと動きを止め、その音に聞き耳を立てる。

ギィーッ… ギィーッ…

それは小さく、しかし規則的に鳴り続けている。

ふと入口のドアを見るが、ドアは確実に閉まっている。

子供達が快適に寝られる様にエアコンをつける時、窓は全部閉めたので

窓やドアの扉が風で動くはずはない…。

ではこの音は何?

(まるでノコギリで木を切るような音…)

そう考えて私は戦慄した。

この真っ暗な山林の中、ノコギリで木を切ってるヤツがいる?!

一つ一つの区画を広く取ったロッジの周りには多くの木々が立ち並んでいる。

隣のロッジの音は聞こえるほど近くは無いし、夕方に子供達と散歩をした時に

前を歩いたが、その日、両隣のロッジの利用者は無さそうだった。

私は身体をこわばらせ、耳をすませる。

ギィーッ… ギィーッ…

娘と二人きりの静かなロッジの中に、その不気味な音だけが響いている。

私はこの音が一体どこから聞こえてくるのか、何者が立てる音なのかを確かめなければ、

いざという時身を守れない。

そう思い娘を抱いたまま足音を忍ばせ、音のなる場所を探そうと隣の部屋に歩いて行った。

(一階じゃ無い。)

私はそう思い部屋中央にある階段の前に立った。

そして耳を済ますと確かにその音は二階から聞こえてくるようだ。 

二階を確かめよう。私は娘をそっと布団に寝かせようとするが娘は目を覚ましそうだ。

ここで今娘に起きて泣かれては困る。

なぜなら外にいるその怪しい何者かに自分達の居場所を知られてはならないと感じたからだ。

私は娘を起こさぬ様、抱いたまま息を殺し階段を一つそっと上った。

ギシッ…と踏みしめる音がする。

私は更に注意して次の一段を踏みしめる。

一段、一段、

私は、その緊張に額に汗を滲ませた。

ギィーッ… ギィーッ…

不気味な音は大きくなっていく。

私はやっと階段を上り切ると息を殺し二階の部屋へそっと入った。

ギィーッ… ギィーッ…

その音は更に大きくなり私は

(ここだ)と確信した。

恐怖で背中が凍りつく。

もはやその音は林の木を切ると言うより、このロッジを外から切っているかの様だった。

それは明らかに生きてる人間では無い何者か、それか全くの狂人の仕業でしかあり得ない…。

私は娘をギュッと抱き

(お願い!起きないで。)そう願いながら、 

ジリジリと窓へ近寄りながらカーテンへそっと手を伸ばした。と、その時。

バタンッ!!

とドアの音がして花火に行っていた皆が帰って来た.。

「ただいまぁ!楽しかった♪」

「お母さーん、ジュース飲んでいい?」

皆の声が一階の部屋から聞こえて来た。

一瞬、ドアの音に驚いてビクッとしたが、それまでの緊張感が一気に解け安堵に変わった。

気が付くとあの怪しい音は、もうしていない。

私は娘を抱いて一階の部屋へと降りていった。一階は花火から帰って来た皆で賑わっている。

 

「お帰り。」そう言う私を見て旦那は 

「え?なんかあった?」と聞いてきた。

どうやら顔色が真っ青になっていたらしい。

私が先程まで外から変な音がしていた事を告げると旦那は懐中電灯を持って

ロッジの周りを見回りに出た。

戻って来た旦那は何も異常は無かったと言う。

(あの怪しい音を立てていたモノは逃げたのか?それとも消えたのだろうか?)

暫くして皆は寝支度を済ませるとそれぞれ部屋に行き再び静寂が訪れた。

すーっ、すーっという旦那と娘の静かな寝息を聞きながら私はまんじりともせず朝を迎えた。

 

いつしか外は明るくなり、カーテンの横から

一筋の光が差し込んで来た。

私はその光にやっと本当の意味で安堵して、

まだ寝ている旦那と娘を起こさぬ様に、そっとドアを開け外を見た。

そこは夏とは思えぬひんやりした冷気と全てを真っ白に包み込む様な霧が立ち込めていた。

そして日も高くなり始め私達はロッジを後にした。

帰り際、私がゴミ袋を少し離れたゴミ捨て場に持って行き、ふと脇に目を遣ると

そこに真っ茶色に錆び付いたノコギリが置かれていた。

(ノコギリ…)私はそれを見て一瞬昨夜の悪夢の様な出来事を思いだし身震いした。

 

本当に昨夜のあの怪しい音は一体何だったのか?キャンプ場を出て山道を走り帰る車中、

私は窓の外を流れる山の木々を見ながら思いを馳せたのだった。

 

 

 

 

 



これは我が家の息子がまだ3歳の時の出来事です。

私たち家族は主人の転勤にともない、ある町へ引っ越しました。

ようやく荷物の片付けも落ち着き、主人は前日から新しい職場へと出社。

私は洗濯物と掃除を手早に片付けると幼い息子と散歩に出ました。

その日は春の日差しが暖かく、緑が青々として気持ちが良かったことを覚えています。

しばらく住宅街を歩いていると道の脇に緑の垣根で囲まれた公園がありました。

その公園はこじんまりとしているものの中には象の形の滑り台と二台のブランコ、

そしてパンダと馬の形をしたまたがって乗る遊具がありました。

公園には天気も良いのに他に遊ぶ子供の姿も無く、私はこの辺には小さい子供って居ないのかなと思った事を覚えています。

手を繋ぎ公園に入った息子は象の形の滑り台を見つけると喜んで駆けより何度も繰り返し滑り、

一通り全ての遊具で遊んだ後、今度は垣根の下に落ちている小石や木の枝なんかを拾って

地面に絵を書いて遊び始めたのです。

私はその様子をベンチに座って眺めていました。

すると息子は近くに設置された二台の自動販売機に興味を持ち、取り出し口を開いたり

閉じたりしているので、私は「〇〇〇くん、それで遊んじゃ駄目だよ。」と言うと

息子は手を止め今度はなぜか二台の販売機の間に向かって「いないいないばぁ。」を

したのです。次の瞬間、息子はピタっと動きを止めてじっと中の様子を見ています。

「どうしたの?」と私が聞いても何も答えず、ただジーッと販売機の間を見つめています。

私は不思議に思い「〇〇〇くん、どうしたの?」と聞きながら近寄ると

息子は自動販売機の間を指さし「くろくろくろすけ」と私に言うのです。

この頃、息子はDVDで見た「となりのトトロ」に出てくる「まっくろくろすけ」が大好きで

サツキとメイちゃんが「まっくろくろすけでておいで」と言うのに合わせて

「くろくろくろすけ、くろくろくろすけ!」とよくはしゃいでいました。

私は自動販売機の間に黒猫でもいるのかな?と思い首を傾け覗いて見ましたが

そこには何もいません。

「〇〇〇くん、何もいないよ。」と私が言っても、息子は

「いないいないばぁ! いないいないばぁ!」と言い私のズボンをぎゅっと握ってくるのです。

「え?いないいないばぁ?」と息子に聞き、私はそれとなく自動販売機の間に向かって

「いないいないばぁ。」と言いながら再び首を傾け覗いたその瞬間。

ヌッと真っ黒な人型が自動販売機の後ろから私と同じように首を傾け覗いてきました。
「きゃっ!!」と私は叫び「いないいないばぁ!」と、まだ言う息子を抱きかかえ直ぐに
家へと飛んで帰りました。
あれは販売機の直ぐ後ろにある白い建物の壁に映った私の影なんかじゃない。
人型をしていたけど普通の人でもない。
生きてる人間じゃない。私には確信がありました。
なぜならその炭の様に焼け焦げた質感のそれは厚みが全く無く影の様でいて
それでもその顔の部分にはギョロっと血走った大きな二つの目が
私を確実に見つめてきたのだから。
その後、私は息子をその公園には二度と連れていく事はしませんでした。
幸いその公園とは逆の方角に同じような公園があったので二年後また引っ越すまでは、
そっちの公園に行っていました。
仲良くなったママ友に、それとなくあの公園について何かなかったか聞きましたが
特に気になる情報は得られませんでした。
一体あれは何だったのか、あの公園で何があったのか?
今となってはもう何も分かりません。
あなたが自動販売機の前に立つ時、もしかしたら気付かないけど
その後ろに何か飛んでもないモノが潜んでいるかも知れないのです。