• テロ支援新聞 琉球新報と東京新聞-【琉球新報社説】安倍氏国葬名簿黒塗り 国民の目を欺く開き直りだ 【東京社説】国葬名簿黒塗り 情報は「公開」が原則だ


 「テロ支援国家」と言えば、「相当な悪口」で、下手すると米軍はじめとする多国籍軍が大挙して戦争しかけて来ることさえあり得るような「大層な悪口」でもある。

 タイトルにしたような「テロ支援新聞」となると、米軍や多国籍軍に「戦争を仕掛けられる」事は無さそうではあるが、やはり「相当な悪口」ではあろう。

 しかしながら、新聞はじめとするマスコミ・報道機関が情報を取扱い、情報を「不特定多数に伝達する」事を生業としている以上、意図する/せざるに関わらず、その「伝達した情報」が「テロ支援となる」可能性は、常に「在るモノ」であり、その様な覚悟を持つことも、マスコミ/報道機関の矜持であり、ジャーナリズムの一環でもあろう。

 尤も・・・「意図してテロ支援する新聞」ってのも、少なくとも可能性は考えるべきである・・・と言うよりは、左様な公算大とすべき、だろうな。

  • (1)【琉球新報社説】安倍氏国葬名簿黒塗り 国民の目を欺く開き直りだ

安倍氏国葬名簿黒塗り 国民の目欺く開き直りだ

 

 

2023年8月8日 05:00

社説

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 昨年9月の安倍晋三元首相の国葬に関し、共同通信が内閣府に情報公開請求した招待者名簿で74%の氏名が黒塗りだった。「国の儀式」として約12億円の経費を全額国費で賄った国葬である。未成年などの例外はあり得ても、招待者名は全面開示すべきだ。

 

 黒塗りがあったのは元国会議員の100%、立法・行政・司法関係63%、各界代表91%、報道関係100%、遺族・遺族関係者96%だった。内閣府は不開示の理由として「同じ属性にありながら推薦されなかった者が明らかになる」「業務の適正な遂行に支障を及ぼす恐れがある」と説明した。情報公開法が、公務員や独立行政法人役員らを除く個人情報を開示義務の対象から除外していることに従ったと主張する。

 しかし、同法1条は「国民の的確な理解と批判の下で、公正で民主的な行政の推進に資する」と目的を掲げている。公費の使い道に透明性が求められるのは当然だ。1104人の元国会議員、各界代表2101人中1928人、報道関係38人の公開が、どのように業務に支障を及ぼすのか。安倍氏が生前、私物化と批判された「桜を見る会」で、招待者名簿を破棄したとして隠蔽(いんぺい)したことと同じではないか。

 安倍氏国葬は世論調査で6割が反対した。批判点はいくつもあった。

 戦前あった「国葬令」は新憲法とともに廃止された。戦後、首相経験者の葬儀はほとんど、内閣や自民党、国民有志による「国民葬」などだった。しかし今回、岸田文雄政権は国葬を「故人に対する敬意と弔意を国全体として表す儀式」とし、全額国費を投じた。これに対し、各地の弁護士会などが「弔意の強制になりかねない」と反対した。

 戦後唯一、1967年に実施された吉田茂元首相の国葬でも、根拠法がないことが批判された。今回、政府は「内閣府設置法」で定める「国の儀式」に当たるという、牽強(けんきょう)付会(ふかい)の解釈で正当化した。

 批判を受けて岸田首相は国葬前の国会で「今後に役立つよう検証をしっかり行う」と約束していた。ところが、昨年12月に有識者ヒアリングの論点整理を公表しただけで、7月3日に松野博一官房長官が記者会見で国葬の実施基準を明文化しないと表明。「国葬の検討に当たっては、時の内閣において責任を持って判断する」とした。

 結局、憲法との整合性はおろか、実施基準も国会の関与もなしに、戦後なくなった国葬を復活させてしまったことになる。これを許せば、今後、政権の都合で、閣議決定だけでいつでも国葬ができることになる。批判に対してゼロ回答で開き直った形だ。

 今回の名簿黒塗りも、法律をご都合主義で解釈し、国民の目を欺く傲慢(ごうまん)な開き直りである。「時の政権」が恣意(しい)的に国の方向を左右する政治をこれ以上許してはならない。

  • 国葬名簿黒塗り 情報は「公開」が原則だ

  • 2023年8月24日 07時53分

<社説>国葬名簿黒塗り 情報は「公開」が原則だ:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

 安倍晋三元首相の国葬を巡り、共同通信が招待者名簿などの情報公開を請求したところ、74%の氏名が黒塗りだった。全額国費で賄われた国葬である。一層の透明性が求められよう。

 安倍氏の国葬は昨年九月二十七日に東京・日本武道館で営まれた。内閣府が共同通信に開示したのは、各省庁別の推薦名簿や全体名簿など。国葬の案内状を送った招待者六千百七十五人のうち、出席者は三千四百三十六人だったという。

 「国会議員」「元国会議員」「副大臣・政務官等」などの区分があるが、招待者全体のうち黒塗りの割合が74%に上ったのは異様で、首をかしげざるを得ない。

 確かに情報公開法の定めでは、個人に関する情報や国の安全に関する情報など六種類については例外的に非公開としているが、法の原則は開示を求められたら「公開」のはずである。

 国会議員の場合は招待者六百四人のうち黒塗り割合が0%で当然だが、元国会議員の千百四人は全員が黒塗りだった。かつて公職にあった経歴により招かれた人々であり、公務員に準じた形で公開すべきだったと考える。

 二千百一人に上る「各界代表」も91%が黒塗りだった。「立法・行政・司法関係」では63%、「報道関係」では100%が黒塗りだった。そもそも、国葬に出席したことは、それぞれが秘匿する事実ではないはずだ。各界の代表や著名人らは、既に参列が明らかになっている人も多い。

 政府は国葬を内閣府設置法に基づく「国の儀式」とし、約十二億円に上った経費も全額国費で賄われていた。テレビ中継された国家行事に招いたのであり、そもそも秘匿すべき性質なのか。

 内閣府は「同じ属性にありながら推薦されなかった者が明らかになる」と説明したというが、開示しない姿勢は極めて不可解だ。

 国論を二分した歴史的行事でもあり、法の解釈を盾に、招待者を隠したい意識はなかったか。「知る権利」の上でも、国民が情報を知り得ないのは残念である。さらなる情報開示を求めたい。

 

 

  • (3)安倍元首相は、「公開された情報」に基づいた凶行により、凶弾に倒れた。その責任は、如何に考えて居るのか?

  更には、上掲東京新聞&琉球新報社説の通り「安倍元首相国葬参列者名簿」が完全に公開されたとして、その公開情報に基づいたテロで被害者が出た場合、上掲社説を掲げた東京新聞及び琉球新報は、如何なる責任を取るつもりか?

 手前ぇら、「責任を取る」心算なんぞ、欠片も無ぇだろうが。

 事実、「安倍もと手書に対する凶行」に対し「責任を取る」どころか、許容容認どころか、賞賛礼賛しかねないのが、アカ新聞どもである。

 であるならば、左様なアカ新聞どもが、「国民の知る権利」を盾にとって「安倍元首相国葬参列者名簿の公開」を求める真意は、「明らかだ」とまでは言わないが、「推して知るべし」と言うべきだろう。

 即ち、「テロの推奨」であり、「テロ支援」である。【確信】

 ああ、上記の【確信】が「物証に乏しい」事は認めよう。特に東京新聞には、琉球新報ほどには「尻尾を出さない」狡猾さがある。
 
 だが、贔屓目に見たとて、情報を「不特定多数に伝達する」事を生業としていながら、正にその生業が「テロ支援ともなり得る」事を極めて軽視しており、「報道機関としての矜持、ジャーナリズムに欠ける」とは、評せざるを得まい。

  • 「嫌がらせ」?違うな。コレは、「戦争」だ。-福島原発事故処理水海洋放出に対する中共の攻撃と、コレに応じたアカ新聞社説


 「超限戦」って概念が、中国共産党政府にはある、とされたのは、どうやら1999年に中国で発刊された本による、らしい。「総力戦Total War」の拡大発展型とも言うべき概念で、大凡ありとあらゆる手段を以て「戦争に勝つ」概念であり、「戦争」も従来の「国家間の武力衝突」なんて狭い捉え方はせず、思想/宗教的対立は疎か、経済摩擦、文化摩擦等々をも含む。大凡「国益・利益の追及」は軍事/非軍事の区別なく「超限戦」の対象となる。だから、「世論戦」「情報戦」「歴史戦」「法律戦」等々、「非軍事的手段による”戦争”」が、多々ある。

 1999年発刊の本が、その著者が中国人民解放軍将官であるとはいえ、何処まで「中国共産党政府に影響するモノか」には疑義の余地あって然るべきではあるが(*1)、「中国共産党政府は”超限戦”を実戦実施している。」と考えた方が、安全側ではあろう。「南京大虐殺」キャンペーンなんぞ、「歴史戦の一環」として「中国共産党政府が仕掛けた超限戦の一部」と考えると、種々納得/得心の行くモノがあろう。

 であるならば、今次の福島原発事故処理水の海洋放出に対し、中国共産党政府が非科学的にして理不尽な「抗議」を繰り返し、我が国水産物の全面禁輸などを行っている事も、「情報戦」や「世論戦」の一環であり、「中国共産党政府が仕掛けてきた超限戦の一部」と考えた方が、安全側である。

 即ち、タイトルにした通り、今次中共の「日本産水産物禁輸」や「処理水海洋放出に対する抗議」、更には電力会社や官公庁は疎か日本料理店なども対象とした「抗議の電話」やら「投石」やらは、「嫌がらせ」などと軽んじるべきモノでは無い。

 コレは、「戦争」であり、中共の我が国に対する「侵略」の一環である。仮に百歩どころか一億歩ほども譲って「中共に我が国に対する"侵略"の意図はない(*2)>」としても、少なくとも「福島原発事故からの復興途上にある福島はじめとする被災地に対する風評煽り」であり、人非人の所業である。

 で、かかる「日中開戦」とも言うべき事態に対して、アカ新聞どもの社説がどう反応しているかというと・・・
 

  • <注記>
  • (*1) 第一、左様な「政治ドクトリン」的なモノは、そうやたらに公表公開はしないモノだ。 
  •  
  • (*2) 「核心的利益」と称する侵略宣言を、堂々と出している、のも敢えて無視して。 


 

(1)①【朝日社説】中国と処理水 冷静な対話こそ必要だ

①【朝日社説】中国と処理水 冷静な対話こそ必要だ

中国と処理水 冷静な対話こそ必要だ

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S15727805.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2023年8月29日 5時00分

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写真・図版

北京市朝陽区のスーパーでは漬物用の粗塩を除き、すべての銘柄の食塩が売り切れていた=2023年8月25日、林望撮影

 

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 安全や健康にかかわる問題で市民が懸念を表明するのは当然だ。正当な抗議も認められるべきだ。しかし、現に起きているのは無関係の市民や施設を標的としたいやがらせだ。中国政府には事態の沈静化を図る責任があるとともに、日本側も冷静に対応し、ねばり強く対話を呼びかけていく必要がある。

 

 東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出が今月24日に始まったのと同時に、福島県内の飲食店や東京の公的施設などに対し、中国発のいやがらせ電話が多数かかってきた。電話をかける様子の動画もSNSに多く投稿されている。

 

 また、江蘇省蘇州や山東省青島の日本人学校では、石やタマゴが投げ入れられたという。

 

 中国政府は「国際的な公共利益を無視した極めて自分勝手な行為」などと放出に反対。根拠を十分に示さずに日本の水産物を全面禁輸とした。こうした動きに呼応したとみられる。

 

 中国では、電話はもちろんSNSも監視下にあり、不適切と判断された投稿は直ちに削除され、警察に拘束される場合もある。通常なら取り締まりの対象になるような電話や投稿が相次いだのは、当局が容認したとみられてもやむを得まい。

 

 処理水の海洋放出に中国の市民が懸念を抱くことは理解できる。朝日新聞の社説は、安全確保と風評被害対策で日本政府と東電が負うべき重い責任を指摘し、国内外で説明と対話を尽くすよう訴えてきた。

 

 一方、科学的な議論に応じないだけでなく、正確な情報を国内に伝えず、不安ばかりをあおる中国政府の対応も、極めて責任を欠いたものといわざるをえない。中国のスーパーで食塩の買い占め騒動が起きたのも、情報不足がもたらした混乱といえるだろう。

 

 思い出されるのは、2005年や10年、12年に起きた反日デモだ。この時も当局の対応が鈍く、中国外務省から「大衆の義憤は理解できる」という発言が出た。こうした姿勢が投石や放火などの被害を拡大させた。

 

 今回のいやがらせは投稿閲覧数を稼いで利益を得る目的もうかがわれ、従来の反日行動とは異なる面がある。とはいえ、中国経済の停滞で、若年失業率は20%を超える深刻な状況にある。日本が不満のはけ口になりかねないリスクは十分にある。

 

 忘れてはならないのは、こうした悪質行為に及ぶのは、中国人のごく一部にすぎないということだ。日本では多くの中国人が普通の生活を営み、また、大勢の中国人が日本観光を楽しんでいる。中国への反発から、彼らを排斥したり責めたりする言動は決してあってはならない。

  • (2)②【毎日社説】中国が水産物全面禁輸 即時撤回へ外交の強化を

中国が水産物全面禁輸 即時撤回へ外交の強化を

 

 

https://mainichi.jp/articles/20230826/ddm/005/070/130000c

 

オピニオン

 

朝刊政治面

毎日新聞 2023/8/26 東京朝刊 English version 844文字

 科学的な論拠に基づかない禁輸は自由貿易のルールに反する。直ちに撤回すべきだ。

 

 東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を受け、中国の税関当局が日本からの水産物輸入を全面的に停止した。

 

 放射性物質トリチウムを含む水は、中国など各国の原子力施設から海や河川に放出されている。日本政府は、処理水のトリチウム年間放出量が中国の主要原発を大きく下回ると強調している。

 

 

 中国政府は、原発の通常運転で生じる冷却水とは異なると指摘し、処理水を「核汚染水」と呼んでいる。今回の措置について「食品の安全と国民の健康を守るため」と正当化した。

 

 しかし、国際原子力機関(IAEA)は包括報告書で「国際的な基準に合致する」と処理水の安全性にお墨付きを与えている。日本政府は専門家による協議を呼びかけたが、中国は拒んできた。科学的に検証する必要があるなら応じるべきだろう。

 

 

 中国は過去にもノルウェーのサーモンやオーストラリアのワインなど、政治的に対立する国の特産品輸入を制限したり、高関税をかけたりするなどしてきた。

 

 先端半導体関連の輸出規制や台湾問題を巡り、日中関係がぎくしゃくする中、今回の禁輸を外交カードとして使っていると受け取られても仕方あるまい。

 

 

 中国への2022年の水産物輸出額は871億円に上り、国・地域別で最多だ。2位の香港は755億円で合わせて全体の4割を占める。香港も水産物の輸入を一部停止した。打撃は計り知れない。

 

 東電は「輸出にかかる被害が発生した場合は適切に賠償する」とのコメントを発表した。政府としても禁輸の長期化を想定し、融資や新たな販路拡大など支援策を検討する必要がある。

 

 

 処理水対応で中国がかたくなな態度を取る背景には、対日不信感があるとの指摘もある。海洋放出が決まった2年前から中国は強く反発してきたが、政治レベルで事態の収拾を図る努力が尽くされてきただろうか。

 

 今秋には国際会議に合わせた日中首相会談の開催が調整されている。岸田文雄首相は禁輸の撤回に向け、対中外交を強化すべきだ。

1.と、毎日社説が珍しく「真面」だと思ったら・・・

  • 2.②-1【毎日社説】処理水巡る中国の反発 沈静化へ責任ある対応を

処理水巡る中国の反発 沈静化へ責任ある対応を

 

 

https://mainichi.jp/articles/20230830/ddm/005/070/120000c

 

朝刊政治面

毎日新聞 2023/8/30 東京朝刊 English version 856文字

 度を越した迷惑行為は看過できない。日本国民の対中感情がさらに悪化するだけでなく、自らの国際的なイメージの低下を招くことを中国政府は認識すべきだ。

 

 東京電力福島第1原発の処理水海洋放出後、中国人によるとみられる嫌がらせが相次いでいる。

 

 東電には中国発の電話が6000件以上あった。福島県内の飲食店や旅館、東京都内の公共施設などにも嫌がらせの電話が頻繁にかかり、業務に支障が出ている。

 

 

 北京の日本大使館の敷地内にレンガの破片が投げ込まれているのが見つかり、山東省青島や江蘇省蘇州にある日本人学校にも石や卵が投げつけられた。

 

 中国政府には外国公館を保護する責務がある。日本政府が「極めて遺憾で、憂慮する」として、日本人の安全確保などを中国側に要請したのは当然だ。事態の沈静化に向け、中国政府は国民に冷静な行動を呼び掛けるべきだ。

 

 

 今回の事態は、処理水を「核汚染水」と呼ぶなど科学的根拠に基づかない中国政府の主張が報道で増幅され、日本への反発につながった面がある。迷惑電話をかける動画をネット交流サービス(SNS)に投稿することで閲覧数を稼ごうとする動機もうかがえる。

 

 中国当局はSNSを厳しく監視している。中国の原発から出る通常の排水と比べて処理水は「心配するほどではない」とする投稿は削除された。一方で、迷惑電話の呼び掛けや動画はそのままにされている。

 

 

 中国では、不動産不況や若者の失業率悪化で国民の不満が高まっている。日本に対する嫌がらせ行為を黙認することで、「ガス抜き」を図る狙いがあると見られても仕方ないだろう。

 

 影響は日中間の外交や経済にも及び始めている。公明党の山口那津男代表の訪中が中国側の意向で延期され、日本への団体旅行もキャンセルが相次ぐ。事態がエスカレートして反発の連鎖に陥らないように両国の指導者は細心の注意を払わねばならない。

(a)と言う訳で、毎日新聞社説も目出度く「朝日新聞レベル」に堕した、訳だ。

  • (3)③【東京社説】処理水反日拡大 日中は理性的な対話を

 処理水反日拡大 日中は理性的な対話を

 

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/273585?rct=editorial

 

2023年8月30日 08時16分

 

 東京電力福島第一原発事故がもとで発生した処理水の海洋放出を巡り、中国側の反発がエスカレートし、日中関係を揺さぶりかねない危険水域に入ってきた。処理水についての検証や正確な情報発信など、日本政府が海洋放出への不安に真摯(しんし)に対応するのは当然だが、中国政府も反日感情をあおらず、冷静な対応に努めるべきだ。

 海洋放出が始まった二十四日、中国税関当局は日本の水産物輸入を全面停止。中国政府は海洋放出を「日本の極めて自分勝手で無責任な行動」と批判した。

 軌を一にするかのように市民の反日行動も激化。現地の日本大使館や日本人学校に石や卵が投げ込まれたほかネット上では日本製品の不買を呼びかける投稿が急増。福島県の事業所などには中国発のいやがらせ電話が相次いだ。

 岡野正敬外務事務次官が二十八日、中国の呉江浩駐日大使を外務省に呼び出し「遺憾」の意を表明。中国国民に冷静な対応を呼びかけるよう要請したが、日本側は中国の反応を見誤っていたともいえる。日本の漁業者を含めて関係者の理解を得られないまま強引に放出に踏み切った日本政府の責任があらためて問われる。

 気掛かりなのは、中国政府が国民の反日行動を黙認しているようにも映ることだ。二〇一二年の日本政府による尖閣諸島国有化の際は、中国の日系スーパーや日本食店などの襲撃を当局が阻止せず、「官製」のような反日デモが中国全土に広がったことがある。

 日本政府関係者には、経済失速などの問題を抱える中国が「国民の(内政への)批判をそらすため矛先を日本に向けている」との見方もあるが、対日関係を内政安定化の「装置」のように使う戦略は決して建設的ではない。

 今年は平和友好条約締結四十五周年の節目の年だが、日中関係は台湾問題や在留邦人拘束などで波が高いままだ。中国の団体訪日観光解禁で関係改善に弾みがつくと期待が一時ふくらんだが、処理水への反発の高まりとともに訪日旅行予約のキャンセルが相次いでいるという。両国が理性的な対話によって事態悪化を防ぐほかない。


  「超限戦という、戦争を仕掛けてくる」中共に対し、「冷静な対話」も「理性的な対話」も、効果は(仮にあるとしても)限定的で在ろうに。
 
 所が、「下にはしたがある」モノで・・・

 

  • (4)⑤【琉球新報社説】海洋放出に周辺国反発 原発事故の反省あるのか

<社説>海洋放出に周辺国反発 原発事故の反省あるのか - 琉球新報デジタル|沖縄のニュース速報・情報サイト (ryukyushimpo.jp)
 

2023年8月29日 05:00

社説

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 東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出開始後、「核汚染水の海洋放出」と批判する中国で反日感情が拡大している。経済関係に大きな影響が出ているほか、SNSへの差別的な投稿や日本人学校への投石などが起きている。一般人に対する人権侵害は行き過ぎであり、残念である。

 

 海洋放出は、日本だけの問題ではない。周辺国の漁業者も風評被害を受ける。韓国政府は理解を示すが、韓国国民の反発は強い。日本政府は国内でも、漁業団体の理解を得るという約束をほごにした。国内、国外とも、理解を得ずに強行する日本政府の姿勢が今回の事態を招いた。放出を停止し、代替策の検討も含めて、国内も周辺各国とも真摯(しんし)に協議をやり直すべきだ。

 政府は、希釈しての海洋放出による影響は「科学的に」ないと主張している。放出しているのは、トリチウム以外のストロンチウム90や炭素14などの放射性物質の濃度の総和が1ミリシーベルト未満になるよう希釈し、さらにトリチウムが国の基準値の40分の1未満になるよう希釈したものだ。その結果、放出後の海水の測定で検出限界を下回っている。

 水産庁は放出初日の24日に周辺海域で採取した魚を検査た結果、トリチウム濃度は検出限界値未満だったと公表した。しかし、30年以上も放出が続けば長い半減期の放射性物質の総量は増え続けることにならないか。微量でも人体に入れば内部被ばくが起きる可能性がある。将来への影響がないと言い切れるか、国民は不安を拭えずにいる。

 地球温暖化や海洋プラスチック問題も、何十年も年月を経て深刻な問題と認識されるに至った。ポリ塩化ビフェニール(PCB)や有機フッ素化合物(PFAS)も、健康への影響が後になって問題となった。「科学的に」と言うとき、100年後を展望した謙虚さが求められる。

 代替策は十分に検討されたのか。政府は、海洋放出、蒸発させる大気放出、地層注入など五つの方法のうち、国内外に実績のある方法として海洋放出と大気放出に絞り込んだ。そのうち、放出後のモニタリングがしやすいという理由で2021年4月に海洋放出を決定した。2年間の準備を経て今回の放出に至った。

 政府・東電にとって最も都合のいい方法として、海洋放出という結論が初めからあったのではないか。

 京都大複合原子力科学研究所研究員の今中哲二氏は、トリチウムの半減期が12・3年であることを踏まえて、第1原発敷地内でのタンク増設は可能であり、さらに10キロ南にある、廃炉が決まっている第2原発の敷地も使えるとして、長期保管を提案してきた。そして地下水の流入を防ぐ根本的な対策を進めるべきだと指摘している。

 原発事故は周辺国も震撼(しんかん)させた。日本政府は、その反省と責任を認識しているのか。それが問われている。


 

  • (5)つまり、琉球新報はすっかり中共に取り込まれている、と考えるべきだろう。

 
 更には、福島原発事故直後に特にヒドかった「風評煽り」に対する反省は、少なくとも琉球新報には、微塵も無い、と言うことだ。

 ま、「オスプレイは危険な欠陥機だから、沖縄配備(だけ)反対」なんて非人道的レベルで利己的な「沖縄県民大会決議」を大絶賛してしまうのが沖縄二紙であり、琉球新報だから、そんなモノ、であろうが。

 海洋に放出されるとリチウムの料では、今次及び今後の福島原発事故手利水海洋放出計画よりも遙かに膨大な量を中共が既に放出している「実績」も、繰り返し強調すべきであろう。これに対して中共は「限波事故後の汚染水と、通常運転原発の排水は、異なる。」と言う非科学的な「感情論」を唱えているようだが(まぁ他、コレにコロッと騙される馬鹿もいる訳だが。)、「原発事故後の処理水」だろうが「通常運転原発の排水」だろうが、トリチウムは、トリチウムであろうに。

 だが、幾ら如何に何度「冷静に対話」しようとも、目的が「戦争」であるならば、中共が「理解」や「納得」することは期待しがたい。「理解」や「納得」してしまうと、日本に集って強請って金やら利益やら精神的優位やらを、引き出せなくなるのだから。

 故に、上掲①【朝日社説】②-1【毎日社説】③【東京社説】の主張は、尤もらしくもあれば、「原理原則としては正しい」モノではあろうが、先ず「お為ごかしの書生論」の域を出まい。平たく言えば、「ええカッコしい」だ。

 一方で、上掲⑤【琉球新報社説】は、中共の言い分を丸ごと肯定状態であり、誠に「アカ新聞らしい」主張である。

 諄いようだが繰り返そう。今次の福島原発事故処理水海洋放出に対する中共の抗議も、水産物禁輸措置も、「中国人」の「抗議」電話や投石も、「嫌がらせ」なんて些末なモノでは無く、「中共が日本に仕掛けてきた、超限戦の一環」と、考えるべきである。左様に考え、覚悟すべきである。
 
 Parabellum 戦いに備えよ

  • 映画「レッドバロン」二代

  •  邦題は、必ずしも「原題の日本語訳」に非ず

 一言で「洋画」と括られることもある「外国製の映画」ならば、当然タイトルは「その国の言葉」で付けられている。輸出を意識してか「英語の原題」を付けた映画も散見されるのだが、「日本への輸出を意識して、日本語の原題を付けた洋画」なんてモノを、私(ZERO)は知らない。と言うことは、日本で劇場公開なり地上波放送なりされる場合に「映画の和名」とも言うべき「邦題」が付けられる。映画ならば映画を配給する配給会社が定める場合が多いようだし、地上波放送ならば放送局が決める、のだろう。いずれにせよ「邦題を付ける」方は、当該洋画を売りたい/売り込みたいのだから、覚えて貰いやすかったり、聞き馴染みがあったり、流行語なり流行しているモノ、はたまた先行する大作映画に似せたりして、「売れるように図る」・・・ともすると、「原題なんか無視しても」。

 無論、逆もある。「博士の異常な愛情 または私が如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか。」と言う、私(ZERO)の知る限り「最長タイトルである邦題」は、「Dr Strangelove」という固有名詞(人の名前(*1))「博士の異常な愛情」と「意訳」している以外、ほぼ原題の直訳(*2)であり、逆にその事で「タイトルを印象づけている」・・・・まあ、モノクロとは言え、インパクト大な戦争映画、なんだが。因みに、戦闘シーンは殆ど無い(*3)。

 一方で、「洋画の邦題」は、往々にして「原題の日本語訳」とは大いに事なり、丸っきり別物と言うことも、珍しいことではない。私の知る限り(*4)では、「the Battle of the Bulge」が「バルジ大作戦」になったのは十分許容範囲としても、類似した原題の「the Battle of Britain(*5)」は「空軍大戦略」にされているし、Kelly's Heros(*6)」なんざぁ「戦略大作戦」なんてすんごい邦題にされている。かと思うと、the Dirty Dozen(*7)」は「特攻大作戦」で、コチラはシリーズ化されて何作も作られたが、「戦略大作戦」との共通点は「第二次大戦下の欧州戦線での米軍が主人公」って事ぐらい。この共通点は、「バルジ大作戦」とも(ほぼ)共通する(*8)

 であるならば、「邦題は全く同じでも、原題は異なる洋画」ってのも存在して、今回取り上げる洋画「レッドバロン」はその例だ。

 あ、その他に特撮巨大ロボットモノに「レッドバロン」ってのがあることは知っているが、「知っている」と言うだけなので(見たことすら、無い。)、今回は取り扱わない。タイトルにもした通り、今回の対象は、洋画(基本的に実写映画(*9))である「レッドバロン」だ。
 

  • <注記>
  • (*1) 映画の中でピーター/セラーズが演じる役の一つで、ドイツ系アメリカ人であり、「アメリカ国籍を取る時に、元のドイツ名を英語に意訳した。」とか言う設定で・・・端的に言って「ナチのマッドサイエンシスト」だ。 
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  • (*2) ああ、「The Bomb」を「水爆」とするのも、意訳ではあっても、直訳ではない、か。 
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  • (*3) 空軍基地で若干の銃撃戦と、ラストの「連続核爆発」ぐらい。B-52の飛行シーンとラスト近くの「原爆ロデオ」もあるけど、「戦闘シーン」とは言い難い。これほど戦闘シーンの少ない戦争映画も珍しい。ま、ブラックコメディ映画、と言う方が、本質なのだろうが。
  •  原作たる「破滅への二時間」は、超弩シリアスな第3次大戦モノSFなんだけどね。 
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  • (*4) って事は、戦争映画と西部劇が中心で、広範とも一般的とも多数とも言い難い。ハッキリ言って、「サンプリングに偏りありまくり」だ。 
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  • (*5) 直訳すれば、「英国の戦い」で、実質は「英国上空の戦い」。「英国本土防空戦」が、妥当な訳だろう。
  •  
  • (*6) 直訳すれば「ケリーの英雄達」だが、適正な訳は「ケリーと野郎共」って所か。ケリーは、クリント・イーストウッドが演じる本作主人公で、仲間と共謀して敵軍(ドイツ軍)の金塊を盗みに行く、話。 
  •  
  • (*7) 直訳すれば「汚れた十二人」だが、「汚れ稼業の十二人衆」ぐらいが、適正な訳か。 
  •  
  • (*8) 個人的には、「バルジ大作戦」の主人公は、ドイツ軍戦車隊長ヘスナー、だと思うが・・・ 
  •  
  • (*9) 後述するが空戦映画なので、特撮もCGも、相応に入っている。 


 

  • 新旧「レッドバロン」

新「レッドバロン」空戦シーンなど

 

 

 

旧「レッドバロン」

 

 

 

 

 

 

 邦題で「レッドバロン」とされる映画は、私の知る限り二本ある。一つは2008年(って事は、もう15年も前か・・・)のドイツ映画で、原題はDer rote Baronだから、英語表記で言えばThe Red Baron。この邦題は(珍しく)原題に忠実だ。
 もう一本は1971年のアメリカ映画で、原題はVon Richthofen and Brownだから、コチラは一寸(だけ)意訳された邦題だな。


 どちらも実は同じく第1次大戦の空前を描いた空戦映画で、「レッドバロン」というのは両方の主人公(少なくともその片割れ)である、第1次大戦ドイツ軍最高の撃墜王(撃墜スコア80機で当時世界最高位)であるマンフレート・フォン・リヒトホーフェン男爵の活躍から最後まで、を描いている。
 「同じ主人公」なのは道理で、「第1次大戦ドイツ軍最高の撃墜王マンフレート・フォン・リヒトホーフェン男爵」は実在の人物である。つまりは「史実に基づいた空戦アクション映画」が、新旧「リヒトホーフェン」である。

 史実をもう少し追おうか(其れは、新旧両映画のバックグランドであり、バックボーンを成す)。そもそも、第1次大戦ってのは日本人にとって余り「馴染みの無い戦争」ではあるが、「人類初の総力戦 Total War」とも言われ、全ての戦争を終わらせる戦争(*1)なんて断定的にして大胆な異名も持つ(*2)、「(少なくとも昔の)欧米人にとっては忘じがたい戦争」である。史実・戦史的には「人類初の世界規模の総力戦」ってのが大きいが、俗受けしやすい所では「三種の新兵器・戦車、戦闘機、毒ガス」ってのがある。

 然り、第1次大戦は、人類史上初めて大規模に航空機が戦争に投入された戦争である(*3)し、国によっては「空軍」が創設されている。其れも、当たり前だが、固定翼の「重航空機(*4)」を中心としているのだが(*5)、人類初の「重航空機」たるライト・フライヤーが初飛行したのは、第1次大戦勃発の僅か10年前だ。
 しかし、第1次大戦5年間の航空機の技術的進歩は実に目を見張るモノがあり、最初はライトフライヤーを一寸改良したぐらいの機体もあって偵察ぐらいしか出来なかった航空機が、木製骨組み羽布張りから、木製モノコック、鋼管枠組み羽布張りを経て全金属製機まで(極少数だが)実戦配備に至る。単葉機は(実は)大戦初期から既にあったが、機体外に張線が無い(*6)厚翼単葉(しかも低翼(*7))まで出現する。
 技術的進歩と共に性能も向上し、地上攻撃含めた戦術爆撃や、飛行船に続いての戦略爆撃、これらを迎撃し、更には「制空権(*8)」を争う戦闘機と、航空機の任務も多種多様となり、其れに応じた設計も成されるようになった。

 一言で言えば、空戦専業の「戦闘機」の登場である。

 と、ほぼ同時に、その戦闘機のパイロットに、虚実取り混ぜた羨望や賞賛が、戦時下にあった(否、戦時下にあればこそ、か。)当時から集まった。ラジオは既にあったがテレビは無く、ネットなんざ影も形もない当時のことだから、主として新聞記事を通じて「Ace 撃墜王」の物語が紡がれ、拡散した。
 
 その物語の主人公の一人が、「赤い男爵Red Baron」こと、マンフレート・フォン・リヒトホーフェンである。ある時期から乗機を深紅に塗った事からこの異名があり、某アニメに登場する「赤い彗星」の元ネタともなっている【確信】。ドイツ軍のトップエースであり、戦闘機隊指揮官。自らの機体を深紅に塗ったほか、配下の機体もカラフルに塗装したので目立ち、「リヒトホーフェンサーカス」と呼ばれた・・・・ってのは、小学校の頃に読んだ本が元ネタだから、一寸出典がアレだが、どうも本当のこと、らしい。男爵って爵位も持っている貴族様なので、「空の騎士道】などと喧伝され、数多の伝説にもなっている(*9)。

 ウーン、「史実を追う」と言いつつ、「数多の伝説がある」なんて紹介になってしまったな。だが、かかる「数多の伝説」あればこそ(*10)、史実・実在の撃墜王リヒトホーフェンを主人公とした映画が作られるのだろう。 

 章題にもしたが、便宜上、1971年アメリカ映画「Von Richthofen and Brown」を旧「レッドバロン」。2008年ドイツ映画「Der rote Baron」を新「レッドバロン」と呼ぶことにしよう。
 
 どちらもマンフレート・フォン・リヒトホーフェンを主人公としており、どちらもリヒトホーフェンの戦死で幕を閉じる。主題は第1次大戦の空戦であり、異様なほどにカラフルな複葉機&三葉機が乱舞する。「リヒトホーフェンサーカス」のカラフルな塗装も中々楽しい。
 唯、「カラフルなリヒトホーフェンサーカス飛行隊」の理由の描き方は、新旧で微妙に異なっている。「騎士たる者が、隠れて戦うような真似が出来るか!」とし、「安全の確保よりも、敵に恐れられる、目立つことが重要だ。」とリヒトホーフェン自身が宣言して、「規則違反を事後承諾」させてしまう新「レッドバロン」に対して、旧「レッドバロン」では「航空機を多色(multi color)塗装とせよ」 と「迷彩塗装を命じる(心算の)」命令を逆手にとって、リヒトホーフェン自身の愛機の赤をはじめとして、青やら黄色やら「各機ほぼ単色塗りの、編隊/飛行隊でMulti Color」と言う、とんち話のようなリアクションをしている。
 まあ、「フォッカーの懲罰」とか「血の4月」とかで、ドイツ軍航空隊(未だ「空軍」ではない。)の方が優勢だったころは、これで良かったのだろうが、米国(*11)の参戦もあって劣勢となってくると、リヒトホーフェンの配下でも「機体を英軍のように茶色に塗らせてくれ。」と言い出すシーンが、旧「レッドバロン」にはある。

 新旧「レッドバロン」とも、伝説にある通り「リヒトホーフェンは、英軍のブラウン大尉に撃墜された」事になっている。旧「レッドバロン」の原題「von Richthofen and Brown」にも、端的に其れを表している。
 
 一方で、ブラウン大尉とリヒトホーフェンとの個人的関係は、新旧「レッドバロン」では大部異なっている。新「レッドバロン」では、比較的早い時期から「リヒトホーフェンが、ブラウン大尉機を撃墜しながら、その墜落した機体からの脱出をリヒトホーフェン自身が手伝う」等、個人的接触があり、二人揃って不時着した「無人地帯(*12)」から揃って脱出したりと、「戦時下の敵国同士の軍人同士」ながら「奇妙な友情」状態を描出し、ラストではブラウン大尉自身がリヒトホーフェンの墓へ、リヒトホーフェンの恋人を案内している。

 一方、旧「レッドバロン」では、両者の個人的関係は殆ど無く、寧ろ二人は好対照的に描かれる。貴族であり、「騎士道精神」への傾倒を露わにする(でも、徹底は、出来ない)リヒトホーフェンに対して、自らを「敵機を粉砕する職人」と公言・宣言し、英軍内には未だ色濃く残る「騎士道精神」を真っ向から否定してみせる「職業軍人」たるブラウン大尉。「騎士道精神に対するロマンチシズム」を対立軸として、両者を対比・対峙させている。「台頭する"職業軍人” 対 最後の騎士道」って「判りやすい」図式だが・・・史実通りに「レッドバロン」リヒトホーフェンは撃墜される。「伝説」通りに、ブラウン大尉との空戦の結果。

 旧「レッドバロン」の方は、「リヒトホーフェンの死」を以て「騎士道精神の終焉」を示唆している、様に思われる(*13)。
 また、リヒトホーフェンの死後、後継の戦闘機隊指揮官となったウーデット(だったと思う)の「アレコレ怪しいところ」は「騎士道物語という、”判りやすい戦争”の終焉」を示唆しており、やはり「騎士道精神の終焉」と同根の「時代の流れ」を示唆してる、と思われる。

 一方、新「レッドバロン」の方は、この「リヒトホーフェンの撃墜死」自身は殆ど描かれない。映画としては「空戦アクションシーン最大の見せ場」としそうなモノだが、「不利な戦況を推して、淡々と死地へと仲間(同僚戦闘機パイロット)達と向かうリヒトホーフェン」らの離陸シーンこそ丹念に描かれるが、次のカットではリヒトホーフェンの恋人がリヒトホーフェン自身の墓参り(で、そこまでブラウン大尉が案内する)シーン、となっている。 

 「撃たれて血まみれとなりつつ、徐々に高度を下げ、飛行を続けるリヒトホーフェン」を延々と描く旧「レッドバロン」との対称性は、恐らくは意図的なモノなのだろう。
 

  • <注記>
  • (*1) 「裏の意味」は、「西欧列強同士の植民地分配が決着すれば、最早戦争は起きないという欧米中心史観・・・と言うより「白人優位主義」だな。平たく言って、人種差別だ。 
  •  
  • (*2) 他に「Machingun War(機関銃戦争・・・ギャング映画の邦題みたいだな。)」とか、一声「The Great War(大戦争、だろうが、”偉大な戦争”って含意も、ありそうだな。)」ってのもある。 
  •  
  • (*3) 単に「航空機が戦争に投入された」ならば、確かナポレオン戦争に気球が用いられた事例が、ある。 
  •  
  • (*4) 気球や飛行船のように、浮力で浮く「軽航空機」に対し、空気力を使って主翼や回転翼で飛ぶ航空機を「重航空機」と称する。 
  •  
  • (*5) 無論、ドイツのツェッペリン飛行船が、人類初の戦略爆撃を敢行したことも、忘れてはいけないんだが。 
  •  
  • (*6) 大戦初期の単葉機は、フォッカーE1も含めて一枚の翼を胴体上下から張った張線で支えている。 
  •  
  • (*7) という意味では、第二次大戦機の基本的フォーマットが、第1次大戦末期には登場している、訳だ。 
  •  
  • (*8) って概念が登場するのも、第1次大戦が嚆矢と言えよう。 
  •  
  • (*9) 私(Zero)が小学生時代に読んだ本では、空戦に入ろうとした敵機が機銃故障を起こしたのを察して、攻撃を中止して手を振って別れた、ってエピソードがった。と思う。
  •  松本零士の戦場漫画「ベルリンの黒騎士」にて、主人公「黒騎士」ことリヒター大尉が「攻撃能力を失った敵機は攻撃しない(当初は)」って設定なのも、多分、この「伝説」が元ネタだろう、と思う。 
  •  
  • (*10) それこそ、元ネタにして「赤い彗星」なんてのがSFアニメに登場してしまう程の。 
  •  
  • (*11) 「ドイツにとって、無慈悲なまでの工業力」と言われたのは、第1大戦下だ。 
  •  
  • (*12) 長大な塹壕戦となった第1次大戦西部戦線の、連合軍側とドイツ軍側との両軍塹壕の間に出来た、人跡希なる地帯。下手に動くと両軍&両側から銃撃砲撃喰らう、剣呑な地形・地勢。 
  •  
  • (*13) 逆に、「リヒトホーフェンを撃墜した後の、ブラウン大尉のふて腐れたような態度」に、「リヒトホーフェン死すとも、騎士道は死せず。」とする解釈も、あるそうだ。
  •  ま、芸術の価値は受け手が決定し、受けてしか決定できない以上、受け手がどうあるか、誰であるかで、「芸術の価値」は大いに異なる、と言う見本でもあろう。 


 

  • 新旧「レッドバロン」登場機体の再現性


 別の意味で新旧「レッドバロン」を好対称的に際立たせているのが、章題にした通り、「登場する飛行機・機体」である。ナニしろ、舞台は第1次大戦下であり、リヒトホーフェンもブラウン大尉もその仲間達も、搭乗し駆るのは第1次大戦機の複葉機や三葉機である。空戦映画の大金字塔「空軍大戦略」は未だ第2次大戦からさして経っていなかったから、実機の第2次大戦機を大量動員する」なんて「豪快なワザ(*1)」使えたが(*2)、旧「レッドバロン」ですら第1次大戦後60年を数えている。当時の機体の大半が「木製骨組み羽布張り」だったこともあり、「飛行可能な第1次大戦機」なんてモノは、もし仮にあったとしても「映画の撮影に使えるほどの数は、既に無い。」

 そこで旧「レッドバロン」が映画に使ったのは、レプリカ(復元機)である。「明らかに、第1次大戦機を模した復元機」もあれば(リヒトホーフェン最後の愛機となったフォッカーDr1三葉機は、今でも人気のある機体で、レプリカが相応に流通している様だ。)、「塗装だけは第1次大戦機にしました」程度の複葉機(主として、大戦間機)もある。

 「レプリカであっても、実際の航空機を使って、リアルな演出・撮影」ってその「意気」は、買うべきだろう。

 これが新「レッドバロン」となると、レプリカも数少ない性もあろうが、「第1次大戦機を"演じる"ことができる、複葉機」の絶対数が、恐らく絶望的に不足しているのもあろう。「技術の進歩」によるCGコンピュータグラフィックスが「実際には無い第1次大戦機を、スクリーン上に再生・再現」している。お陰で、アルバトロスDⅡ(DⅢ?)の「木製モノコック構造流線型の胴体」とか、「フォッカーDrⅠ三葉機の、始動するとプロペラと共に回転を始めるロータリーエンジン(*3)」等が、スクリーン上に描き出される。
 異に、プロペラと共にエンジンのシリンダ列も回転を始める「ロータリーエンジンの始動」は、往時のような「ロータリーエンジン(回転式空冷エンジン)」が絶滅してしまっている現代では、「レプリカ機を使っても再現できない(レプリカ機が積んでいるのは、空冷星形エンジンであり、気筒は回転しない。)」シーンである。其れを含めて、「CGと言う新技術のお陰で、第1次大戦機の再現性が、向上している」のである。

 コレは、空戦映画ファンにして、航空機ファンでもある、私(ZERO)のような人間には、誠に喜ばしい限りである。
 

  • <注記>
  • (*1) その「豪快なワザ」の前には、「ドイツ軍機に扮したのが、スペイン軍のイスパノメッサーだったモノだから、エンジンが英国製で、機首廻りだけスピットファイヤにソックリ」なんてのは、「些事」とすべきだろう。 
  •  
  • (*2) 其れもまあ、第2次大戦後までスペイン空軍が「ドイツ設計の戦闘機や爆撃機」を装備し、大量保有していてくれた、お陰ではあるが。 
  •  
  • (*3) 第1次大戦当時は、熱伝達率の高いアルミ合金は未だ量産できず、空冷エンジンは鉄製で「気筒を放射状に星形に並べて風に晒す」だけでは冷却が足りず、「プロペラをエンジン本体に固定し、回転軸先を機体・胴体に固定し、エンジン本体はプロペラと共に回転する」のが一般的であった。この様な当時の空冷エンジンを、「ロータリーエンジン」と呼ぶ。
  •  マツダ自動車搭載の「長円形空洞内で偏心したお結び形が回転する」ロータリーエンジンとは、作動方式が異なることに、注意。第1次大戦機の「ロータリーエンジン」は「プロペラと共に回転する」点はユニークだが、作動原理は自動車のガソリンエンジンと同じ、ピストンエンジンだ。 


 

  • 航空機映画の新たな可能性

 第1次大戦終結からは、既に100年以上を経過している。航空機は、当時最先端に近い「科学技術の結晶」と言い得そうだが、木製骨組みに羽布張りって構造の機体も多く、後に主流となる全金属機(これまた、第1次大戦中に初めて実用化(*1)された。)に比べると、経年変化に弱いことは否めない。

 即ち、今回取り上げた新旧「レッドバロン」の様な「第1次大戦空戦モノ」と言うのは、「実機を使った撮影」は既に限りなく不可能に近く(第1次大戦以降に結構作られているレプリカを、使うぐらいしかない。)なっている。

 かかる「時代の流れ」に抗しうる手段(の一つ(*2))が、新「レッドバロン」で大いに活用されたCG=Computer Graphicsである。前述の通り、「CGの活用により、旧「レッドバロン」の様な実機を使った空撮よりも、新「レッドバロン」の方が再現性が向上している。」と言う、一種の「逆転現象」さえ生じている。

 コレは即ち、第1次大戦モノに限らず、航空機映画(空戦映画)なるモノの製作が、CGと言う新技術・技術の進歩により、「嘗てよりも容易になった」と言うことであり、第1次大戦モノに限って言えば「再び可能にした」と評しても良さそうなぐらいだ。

 だからと言って、航空機映画(空戦映画)が続々と作られ、公開なり配信なり(最近は、劇場公開も地上波放送も衛星放送もされず、ネット配信のみって作品も、多い。)される、訳ではないんだけどね。所詮、マイナーなジャンルだ。

 だぁが、空戦映画ファンにして、航空機ファンとしては、否が応でも「期待してしまう」モノがあるのも、確かだ。
 

  • <注記>
  • (*1) 「実用化された」程度で、量産機も登場したが、普及したのは大戦間期だ。 
  •  
  • (*2) 他は、実写ではなくアニメ化するってのも、手ではある。
  •  だぁが、最近のアニメって、詰まるところCGなんだよね。 
  • 空虚にして虚無なる「AI兵器規制論」-①【朝日社説】戦後78年 AIと戦争 平和守る責任は人間にある 他

 核兵器はじめとして、各種兵器を禁じたり制限したりする条約ってのは、現時点でも結構ある(*1)。有名なところでは「核兵器禁止条約」「クラスター爆弾禁止条約」「対人地雷禁止条約」ってところ、だろうか。ハーグ陸戦協定だかジュネーブ条約だかは「軍用銃弾には鉛玉禁止」としており、軍用銃弾は「完全被甲 フルメタルジャケット」と呼ばれる、多くの場合銅製の「被甲(カバー、と言えば良いか)」で覆われ、命中時の銃弾の変形や飛散を防止している、ってのも「有名な兵器規制」であろう。

 だが、左様に「兵器規制(禁止/制限)」ないし「兵器規制/禁止/制限条約」を列挙してみると、「有効であるモノは実は相当な少数派である」ことに、否が応でも気づくだろう(*2)。

 核兵器もクラスター兵器も対人地雷も、批准する国が少ない等で「禁止する条約”も”ある」ってのがせいぜいな所(*3)。案外遵守されているのが「軍用銃弾の鉛玉禁止」だが、コレとて散弾銃の軍用使用の事例が数多あることや、炸裂弾が禁じられていない事を考えると、「他の兵器禁止/制限条約よりは大部マシ」ながら、「抜け穴は、相応にある」とするべきだろう。

 とうの昔に失効しているが、「海軍休日」を実現した一連の「海軍軍縮条約」こそは、世界三大海軍国(日米英)が揃って批准し、相応に遵守し、「人類史上最も成功した兵器制限条約」と言えそうであり、その後、「一連の海軍軍縮条約以上に成功した、兵器制限条約は無い」状態であり・・・核兵器、クラスター兵器、対人地雷については「条約もある」だけ状態である。

 因みに、一連の海軍軍縮条約が期限に至って失効したのは、大戦間期。もう80年以上前の話、だ。
 
 で、だ。核兵器もクラスター兵器も対人地雷も「禁止条約だけはあるが、この体たらく」であると言うのに、今度は「殺人ロボット」などと俗称される「AI兵器」を、禁止なり制限なりしろと、朝日と毎日社説に掲げている。

 まあ、朝日と毎日が「社説に掲げる主張」って事は、それだけで「どうせろくなモノじゃあるまい。」って予想/邪推も湧くのだが・・・

①【朝日社説】戦後78年 AIと戦争 平和守る責任は人間にある

 

②【毎日社説】'23 平和考 AI兵器と戦争 「第2の核」にせぬ英知を

  • <注記>
  • (*1) 「軍艦年鑑」として昔から有名なJane年鑑の一つが、「兵器禁止条約年鑑」になっていたりする。 
  •  
  • (*2) 無論、気づかない間抜けや、気づいても見て見ぬフリをする輩は、相応に居る。 
  •  
  • (*3) 分けても、「核兵器保有国がタダの一国も批准していない、核兵器禁止条約」こそが、「最も効果の薄い兵器禁止条約」であろう。
  •  その「効果の薄さ」は、「例え我が国が批准することになっても、大差は無い。」と、断定断言出来る。
  •  「唯一の核兵器被爆国が、核兵器禁止条約を批准することに、意味/意義がある。」というのは、感情論・人情論・浪花節であって、論理/ロジックではない。
  •  ハッキリ言えば、嘘だ。願望ではあるかも知れないが、虚言・虚偽・妄想だ。 


 

  • (1)①【朝日社説】戦後78年 AIと戦争 平和守る責任は人間にある  

戦後78年 AIと戦争 平和守る責任は人間にある

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S15718384.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2023年8月17日 5時00分

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写真・図版

インフラ施設のそばにある集合住宅はロシア軍のドローンによる攻撃を受け、市民が犠牲になった。行方不明者の捜索やがれきの撤去作業が続いていた=2022年10月、キーウ、高野裕介撮影

 

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 戦争は、科学技術の進歩とともに変化を遂げてきた。

 

 78年前に日本が敗れた大戦もそうだった。各国は軍用機の性能向上や爆弾の威力の強化にしのぎを削った。原子爆弾の開発に知の最先端が動員された。

 

 それは現代のウクライナでも変わらない。

 

 ウクライナ軍は、人工衛星が提供する高速ネット回線を介し、戦車や装甲車、ドローン(無人機)などが敵情報を共有しながら、ロシアの侵略と戦っていると伝えられる。

 

 かたやロシア軍は、衛星からの位置情報を妨害電波で攪乱(かくらん)する手法を用いて対抗する。

 

 さながら科学の先端の競い合いと化したような戦いが、繰り広げられている。

 

 ■人の手を離れる戦い

 

 弓矢から銃、大砲、爆弾、ミサイルへ。歴史を顧みれば、兵器は生身の人間同士が相対せずとも遠方から攻撃できるかたちで発達してきた。死傷者が血を流す姿が見えにくくなり、殺す側の罪悪感は薄れた。

 

 兵員の損失を抑え、しかも民間人の巻き添えを最小限にできるとの触れ込みで、1991年の湾岸戦争以降、精密誘導兵器での「ピンポイント爆撃」が多用されるようになった。

 

 戦争の態様は、戦場から遠く離れて遠隔操作する、一種のゲームと化した。

 

 人間と機械の境目はあいまいになり、今、人工知能(AI)に注目が集まる。

 

 AIを兵器に使えば、人間に委ねられていた意思決定の速度は格段に早まる。AI兵器が自律的に判断することで、遠隔で操作する必要さえなくなる。

 

 戦争のありようを一変させる技術として、AIが火薬、核兵器に続く「第3の軍事革命」とも称されるゆえんである。

 

 自軍兵士の危険が軽減され、人的ミスが減って民間人被害も回避できるとの理由から、「人道的」という評価すらある。

 

 そうだろうか。

 

 ■利かなくなる歯止め

 

 戦争を始めるハードルは下がるだろう。AIには、人を殺すことへのためらいも、殺される恐怖心もない。

 

 正確とされたピンポイント爆撃だが、アフガニスタンでは病院や民家などへの誤爆が相次いだ。AI兵器に誤作動や暴走の危険はないと、どこまで言いきれるだろうか。

 

 特に懸念されるのは、情報の収集や判断が人の手を離れることで、責任の所在がわからなくなる事態だ。だれも責任を負わなければ、戦闘のエスカレートを防ぐ歯止めは失われる。

 

 まるで人間が書いたかのような文章や、本物と見分けがつかないニセ画像もAIで簡単に作り出せるようになった。誤情報や偏見を拡散して緊張をあおったり、選挙に介入して政治をゆがめたりすることも可能だ。

 

 技術革新で平時でもネットを通じたインフラ攻撃が可能になったことも相まって、平時と戦争の境界もますますぼやけていく。そんな世界に人々は安心して暮らせるだろうか。

 

 先月、国連の安全保障理事会が、AIに関する初の会合を開いた。グテーレス事務総長が「いま行動しなければ、現在と未来の世代への責任を放棄することになる」と述べ、AIが自動で敵を殺傷する兵器を規制する国際ルールづくりを訴えたのは当然だ。

 

 各国は人類の存亡にもかかわる問題との危機感を共有し、合意点を見いだしてほしい。

 

 ■変わらぬ戦場の実相

 

 戦争の本質とは何か。

 

 原爆のキノコ雲の下では、焼かれたり吹き飛ばされたりして息絶えた多くの市民がいた。戦後も原爆症に苦しんだ。

 

 ウクライナの戦場で起きていることから学べることも、少なくない。砲弾が正確に命中した先には生身の人間がいる。ロシアのドローンやミサイルが発電・水道施設を狙い撃ちし、酷寒の真冬に暖房が止まる。原発が軍事目標となり、穀物倉庫や輸出拠点も攻撃された。

 

 領土を奪うために非情な殺し合いも辞さないのが戦争だ。戦いを続けられないよう生産拠点やインフラ、街を破壊する。いくら技術が進んでも、この現実が変わることはあるまい。

 

 食料やエネルギーの自給率が低く沿岸部に原発が林立する日本は、その脆弱(ぜいじゃく)さを自覚し、戦場にしないための一層の努力が求められる。

 

 かつて、原爆開発に携わった科学者たちは、核兵器に警鐘を鳴らした。国を挙げてAI開発にしのぎを削る時代、科学技術の利点だけでなく、そのリスクにも通じた専門家には声を上げる責任があろう。

 

 市民の側も為政者や専門家に任せきりにせず、先端技術の利用について関心を持ち、発信すべきだ。SNSや機械翻訳など技術の利点も生かし、国を超えた連帯につなげたい。

 

 そもそも、戦争を始めるのはAIではなく、人間である。人類の新たな災厄にしないためにも、平和を守るという強固な意思が欠かせない。

  • (2)②【毎日社説】'23 平和考 AI兵器と戦争 「第2の核」にせぬ英知を

’23平和考 AI兵器と戦争 「第2の核」にせぬ英知を

 

 

https://mainichi.jp/articles/20230818/ddm/003/070/093000c

 

注目の連載 

オピニオン

 

朝刊3面

毎日新聞 2023/8/18 東京朝刊 English version 1658文字

 核兵器をしのぐ脅威になるのではないか。そんな懸念が強まる。急速に進む人工知能(AI)の兵器化である。

 

 ウクライナの戦場では、装甲車が疾走し、砲弾が飛び交う。ロシア部隊と繰り広げる総力戦は過去の大戦に重なる。

 

 

 一方、新たな様相も見せる。最先端のテクノロジーを駆使した兵器が大量投入されている。その中核が無人機・ドローンだろう。

 

 爆発物を搭載したカメラ付きの小型無人機を遠隔操作し、標的に衝突させる。ロシア、ウクライナ両軍が多用する最新兵器だ。

 

 

 それを機能させるためにAIが使われている。地理情報や偵察動画と衛星画像を組み合わせ、敵の位置を特定する。

 

 攻撃後、誤差を検証し、更新した情報がAIに反映される。その繰り返しにより、攻撃の精度は向上していくという。

 

 

 ウクライナは自前の無人機の製造に乗り出し、ロシアは対抗して量産を加速する。激しさを増す「ドローン戦争」の現状だ。

 

人間が介在しない怖さ

 これは「AI戦争」の始まりに過ぎない。その未来図を元米海兵隊大将で米ブルッキングス研究所長を務めたジョン・アレン氏は、戦略立案から兵器のボタンを押すタイミングまで機械が決める「ハイパー戦争」と表現する。

 

 

 鳥のように群れをなしたり、魚のように潜行したりして攻撃する自律型ドローンの開発が進む。

 

 AIの利用は兵器にとどまらない。認証情報を迅速に割り出してシステムに侵入し、重要インフラを停止させる大規模なサイバー攻撃を仕掛けることもできる。

 

 偽情報を大量に拡散して人心を惑わし、社会不安を引き起こして統治機能を壊滅させるツールにもなりうる。

 

 AI兵器は火薬、核に次ぐ「第3の軍事革命」と言われる。それがどういう結果をもたらすのか。「驚くべき技術の飛躍がどこへつながるか、AI設計者ですら見当がつかない」。グテレス国連事務総長が示す危機感が、未知なる戦争の恐ろしさを物語る。

 

 未来を憂慮し、米国の非営利団体が今春、AIがもたらす「人類滅亡のリスク」に警鐘を鳴らした。「パンデミックや核戦争と並ぶ世界的な優先課題だ」と議論を喚起する声明に署名した専門家や企業トップは350人を超える。

 

 AI兵器を「第2の核」にしないためにはどうすればいいか。真剣な議論を始める必要がある。

 

 開発の停止を求める声がある。だが、気候変動対策や食糧生産の効率化など利点も多い技術の進歩を止めることはできないだろう。

 

 問題はAI兵器のリスクをどう管理するかだ。何より重要なのは、使用する際には人がその責任を負う仕組みをつくることだ。

 

 制御不能に陥ったり、誤作動を起こしたりすることは否定できない。国際人道法が禁じる民間人や民間施設への攻撃を回避するためには、人による制御を条約などで定める必要がある。

 

規制の枠組みが必要だ

 とりわけ人類に破滅的な影響を与える核兵器システムへの搭載は禁じるべきだ。その合意に向けた努力が核保有国には求められる。

 

 戦争における民間の影響力はかつてなく高まっている。ウクライナ軍は敵の配置について、商業衛星の画像を分析する米大手AI企業の情報を参考にしている。

 

 そうした標的情報は、別の米宇宙企業の高速衛星通信網を介して瞬時に現場の指揮官や兵士に送られているという。

 

 戦況を左右する企業の協力のあり方や責任の取り方をどう考えればいいか。議論は十分ではない。

 

 核兵器がそうであるように、持てる国と持たざる国に世界を分断する恐れもある。少数の技術大国が独占する「AI覇権」だ。

 

 規制もなく、大国が好き勝手に高度なAI技術を操るなら、世界の格差は広がり、国際協調は後退するに違いない。

 

 原子力技術を管理し検証する国際原子力機関(IAEA)のような世界的な規制の枠組みを創設することも一案ではないか。

 

 1945年夏。広島に原爆を投下した米軍パイロットは初めて見る光景に驚いた。とてつもない大爆発と湧き上がるきのこ雲。「なんてことをしたんだ」と日誌に走り書きした。

 

 技術の進歩が悲劇につながらぬよう、人類の英知を結集する必要がある。

 

  • (3) モノの美事に「ナニも主張していない」、空虚な作文

 否、「駄文の見本」であろう。

 上掲①朝日社説も、上掲②毎日社説も、「AI兵器の脅威と恐怖」を再三煽っているが、煽るだけで、其れを如何すれば規制できるかを全く論じること無く、

①1> 平和を守るという強固な意志が欠かせない。

②1> 技術の進歩が悲劇につながらぬよう、人類の英知を結集する必要がある。


と、何れも最終パラグラフを「締めている」のだが・・・「精神論に逃げ込んでいる。」「気合いをかけている、だけ。」としか、私(ZERO)のような「異教徒」には思わない。

 ポエムやアジテーションやシュプレヒコールならば、それでも良かろうが、曲がりなりにも「新聞社の社説」でこのザマだから、呆れるほか無いな。

 端的に言えば、朝日の言う「平和を守るという強固な意志」も、毎日の言う「技術の進歩を悲劇に繋げない、人類の英知の結集」も、「全くと言って良いほど、期待できない」し、「期待するべきではない」。
 

 そりゃぁ中には左様な「強固な意志」を持つ人も、「人類の英知を結集仕様」という人も、居ないでは無いかも知れないが、「どうせ大した数にはならない。」。

 精々の所、「平和を愛する諸国民」と同数程度でしか無かろうよ。

 それでも、何らかの方策なり具体策なりが示されていれば、まぁだ意味/意義のある言説かも知れないが、そんなモノはまるで無く、唯、精神論が結論なのだから、呆れる。

 婉曲表現で言えば「理想主義的」と言えるのかも知れないが・・・「青臭い書生論」ったら、「書生に失礼に当たる」レベル、だと思うぞ。

  • 県民に、怪我人すら無く19年。それでもイチャモン、琉球新報―【琉球新報社説】沖国大ヘリ墜落19年 危機の放置、許されない

 下掲するのは琉球新報社説。そのタイトルになっている通り、「19年前の"沖国大ヘリ墜落"事故」を題材としている。

 因みにこの、「沖国大ヘリ墜落事故」では、ヘリ搭乗していた米軍人に負傷者があるのみで、地元沖縄県民には怪我人一人出ていない。

 「沖縄は、強請の名人だ。」と米国高官が発言して物議を醸したことがあるが、斯様な事例を見ると、「あながち嘘ではない」・・・どころか、最近はもう「少なくとも沖縄二紙のメンタルは、チョウセンジン並みだな。」と思えてきたぞ。

 無論、私(ZERO)の言う「チョウセンジン並み」は、決して「褒め言葉」ではない。寧ろ、罵詈雑言に近い、な。

  • (1)【琉球新報社説】沖国大ヘリ墜落19年 危機の放置、許されない

沖国大ヘリ墜落19年 危険の放置、許されない

 

 

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1765049.html

 

2023年8月13日 05:00

社説

 

 米軍普天間飛行場に隣接する宜野湾市の沖縄国際大に米海兵隊所属の大型輸送ヘリCH53Dが墜落して、13日で19年となった。大学の本館ビルに激突し、墜落・炎上した大事故で、普天間飛行場の危険性を浮き彫りにした。

 

 しかし、危険性は取り除かれるどころか、今も放置されている。普天間所属機の事故は繰り返され、住民の命は危険にさらされたままだ。

 普天間の一日も早い危険除去は与野党を超えた県民の総意だ。一方、日本政府は辺野古新基地の完成まで普天間の運用を認める考えだ。しかし、辺野古海域で軟弱地盤が見つかり、完成のめどは立っていない。新基地建設と普天間返還をセットにした危険除去策はとっくに破綻している。

 危険を放置することは県民総意にそむくものであり、政治の怠慢だ。一刻も早い危険性の除去、すなわち普天間飛行場の閉鎖・返還を求める。

 ラムズフェルド元米国防長官は2003年に普天間飛行場を上空から視察した際に「世界で一番危険な米軍施設」と発言した。住宅地や学校に近すぎるからだ。案の定、発言の翌年、沖国大ヘリ墜落事故が起き、飛行場の危険性を証明した。

 それに加え、不時着や部品落下を頻発する老朽機や、構造的問題を持つ垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが常駐する。離着陸を繰り返す米軍機も極めて危険なのだ。欠陥機が欠陥飛行場を発着している実態を、日米両政府や国民は認識しなければならない。

 多発する事故は米軍機と飛行場の双方の欠陥を裏付けている。沖国大に墜落したCH53と同型機は17年10月に東村高江の民間地で不時着炎上し、同年12月には普天間第二小学校の校庭に金属製の窓を落下させた。21年7月には渡名喜島沖にコンテナを落下させた。22年6月には国頭村の牧草地に1機不時着し、同伴していた同型3機も鹿児島県の与論空港に緊急着陸した。

 普天間所属機はCH53のほかにも、21年6月にUH1Y多用途ヘリが津堅島の畑に、同年7月にはAH1Z攻撃ヘリが宮崎県の畑に、それぞれ不時着した。同型機は今年3月にも、火薬類を含む部品を県内で落下させた。

 普天間所属のオスプレイは16年12月に名護市安部で墜落、17年にも豪州で墜落し、18年には機体の一部を落下させている。構造的欠陥が次々と明らかになっているが、日米は運用を継続し、住民を脅かし続けている。安全優先で運用をやめるべきだ。

 最近は台湾有事をにらんだ米軍機訓練が県内で活発化し、事故率は増しているとみられる。騒音もひどい。米軍由来とみられるPFAS(有機フッ素化合物)汚染も普天間飛行場周辺で確認されている。日米政府は県民の命や人権の軽視をやめてほしい。県民の民意を真摯(しんし)に受け止め、直ちに普天間飛行場を閉鎖・撤去すべきだ。

 

  • (2)民間機だって、事故は起きうる。非人道的レベルの軍人差別

 地元沖縄県民には一人の怪我人すら出なかった19年前の「沖国大ヘリ墜落事故」を、今なお社説に取り上げるのは、あわや、大事故という事例だったから。というロジックは、一応成立しよう。

 だが寧ろ、琉球新報としては、あわよくば、大事故だったから。ではないのかな。確か以前には、当該「沖国大ヘリ墜落事故」で「沖縄県民に死者が出た」とするある種パラレルワールドを舞台とし、その死者の亡霊を主人公だか登場人物とする演劇を紹介していたろう。
 別に左様なパラレルワールドを想定して演劇とすることも、その演劇を紹介する記事とすることも、「表現の自由の一環」ではある、とは言え、「お里が知れる」と言うか、「心根の底が見える」と言うか・・・

 以前弊ブログでも取り上げた通り、F-100(*1)の墜落事故を未だに社説で取り上げるのは、「それ以来、沖縄県民に死者が出る米軍機事故が発生していないから。」である。其れを、「それ以来、沖縄県民死亡事故は発生していない」ことは徹底的に軽視乃至無視して、今でも死亡事故の可能性はあるぅぅぅぅぅぅッ!!とやるのが、沖縄二紙である。

 今回は「19年前の、乗員以外には怪我人すら出なかった沖国大ヘリ墜落事故」をネタにして、同じことを主張している。

 「強請の名人」。その通りであろう。

 「チョウセンジン並み」。正に言い得て妙と言うべきだろう。

 (少なくとも)沖縄二紙は、チョウセンジン並みだ。
 「左翼つながり」でそうなっている(*2)のかは、議論の余地はあるが、「チョウセンジン並味」であることには、議論の余地無さそうだぞ。
 

  • <注記>
  • (*1) センチュリーシリーズのトップバッター、「スーパーセイバー」。戦後第2世代ジェット戦闘機にして、辛うじての超音速戦闘機。
  •  つまりそれだけ古い機体である。 
  •  
  • (*2) この表記の背景に、「左翼は、強請の名人だ。」って主張ないし思想があることは、認めよう。
  •  本来、主張思想の傾向と、犯罪的傾向との間に、直接的な相関は無い、筈なのだが。