デンマークでは1970年代から高齢化し労働者不足としてトルコから移民受け入れを始めました。
当時の政治家は無責任にも海外労働者の家族や親戚おも受け入れる法案をとうしました。
生活支援法がが出来たばかりだったので海外から見れば天国の様な国でした、失業しても生活を支援してもらえるからです。
老後も保証してくれるので、外国人が大量にはいってきて国の負担が増えていきました。
80年代になると、イラクやイランの難民をドンドン受け入れました。
難民は自分の国の戦争や政治的問題から逃れてきました
優しいデンマークの人間は難民を助けなければと考え受け入れてきました
当時は問題がおきなかったのですが外国人が増えて危険だと考えた人の党が有りましたが
彼は差別主義とメディアから叩かれました
90年代になり外国人が増えすぎて外国人問題が多発するようになりました。
それによりデンマーク人と外国人の間で対立が浮上してきました
対立したデンマーク人は郷に入れば郷に従えと主張してましたが
人種差別だとラベルをはられ逆差別を受け失業したりしました。
デンマークは世界の先進国であり、誰もが安心できる社会を目指してましたが
外国人に対し言論の自由を失ってしまったのです。
その結果問題を取り上げる事もなく90年代を越えて外国人問題が拡大して行きました
例えば、イスラム系の人がコペンハーゲンの小中学校の給食から豚肉を無くして欲しいと
訴えて来ました、豚肉はデンマークの輸出の根幹で日本で言えば米のようなものです
学校給食からお米を外して欲しいと言う様なものです
自分達だけ外せばいいものを学校全体に要求しました

外国人は既に一割を超え、いずれ五割を超えるのは間違いないと言われています。
デンマークでデンマーク人が少数派になり、デンマークでは無くなるのです

デンマークは世界の先進国です
ポルノの自由も同性結婚も世界で最初に認めた国です
政治的情報開示も徹底的でそれをEUにも要求しました
環境の先進国であり、福祉の先進国でもあり
ノーマリゼーションを訴えて来た国であり
(高齢者や障害者を隔離せず健常者と助け合いながら暮らす事が正常な社会という考え。社会福祉政策。)
オンブズマンはデンマーク語でデンマークが生んだ制度です
(行政を外部から監視する公職。国民の権利、利益を侵害するものに調査や救済勧告を行う)
まさに先進国の中の先進国です

さぁ・・・日本の現状と比較すると・・・・ヤバいですよね・・・・



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苦悩しているのなら、足踏みなんかしていません。
確実に進んでいます。
その苦味が甘味を得る術であり、成熟の布石です。

今ある感情は何故生まれ、何処から発生したのでしょうか。
それは他者と比較した上で、今あると考える自分の不幸の数を数えたからに他なりません。
辛いものばかり見つめては当然辛くなります。
「自分は何でこんな事してるのだろう」
「なんでこんな事しなきゃいけないのだろう」
「なんで自分はこんな事になるんだろう」
「なんでいつの間にかこんなに遅れてしまったのだろう」
「なんでだろう、どうするべきだろう、あの頃に戻りたい」

人は誰しもが波にのまれて一度は自分の形を見失います。
自分には何もないと、自分で自分を見捨ててしまいそうになります。

これこそが大人への通過儀礼です。
成熟に一歩、歩み出した事の証であり最初の難所でもあります。
ですから、今まで自らが成長し変わって来た様に
必ず苦悩の先に成長した自分がいます。



zeroのブログ

不完全な人間が創りだした不完全な社会に置いて
現実にただ一片の嘘も偽りもなく過ごす事など至難の業です。
入り組んだ社会の奥に進めば進むほど
自分を守る為、自分の周りを守る為にも必要な処世術となります。
時には相手を傷付けない様に
時には不利から身を躱し、自らの感情や身体も騙しながら
世間を渡っていかねばなりません。
言葉という道具を自己の可能な限り上手く操りながら波を越えて行く事は
技術意外のなにものでもないと考えます。

そしてその裏側にあるリスクを認識した上で
自己利益、あるいは悪意からではない嘘、つまり方便の様な言葉を
真実とバランスよく使い分けながら世知辛い世間を小気味よく歩いて行きたいものです。




zeroのブログ-hai

現代の日本には価値相対主義者が多く存在する様に思います。


人の数だけ正義があり、考えがある中で
同調出来る事の方が稀だと思います。
意見が合う合わないで嫌う事は、自分の意見を尊重してもらいたいが為の
自尊心の防衛反応ではないでしょうか。
単純に意見の食い違いで怒りにまかせて嫌う事は己の弱さ以外の何者でもありません。

ただ、間違いであると判断したのなら否定する事も大切だと思っています。

こんな考え方もある、あんな意見もあると言う
あらゆる意見を尊重する価値相対主義的な考え方は
間違えないかわりに正解にもたどり着けず
現代の日本人にありがちな、甲乙付けない
曖昧な考察の矛盾の罠に陥る事があるので
自身の考えを構築する上では否定もまた重要なファクターだと推察しています。
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今日はベツレヘムの星が輝いたと伝わるクリスマスです。

ツリーの先っちょのアレです。

ツリーはもともとは北欧のゲルマン人が祭りのさいに使った樅の木が、キリスト教の普及と共に混淆したのではないかと言われてるそうです。

先っちょの星はイエスさんが誕生した時に輝いたと伝えられるもので

星の光をみて占い師がヘロデ王に「ユダヤの王として生まれた方は何処におられるのでしょう」と訊ね

自分の替わりの王の話に驚いたヘロデ王は、その後キリスト誕生の噂を伝え聞き

ベツレヘム付近の二歳以下の男の子を残らず殺すように命令したそうです。

キリストはヘロデ王の治世に生まれたとマタイ伝にあるのですから、ヘロデ王が亡くなった年の紀元前4年以前にはキリストは生まれていた事になります。

なぜ紀元が西暦1年となっているかは、それまでキリスト弾圧側の起源でしたので

ローマの僧院長エクシグウスが弾圧側の起源248年を

キリスト起源(キリストが生まれた年から)532年と定めたためらしいです。

今となれば恐らく計算違いであるとわかりますね。
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