ある日、突然誰かが


1番強いのはダレ?


なんてことを言い出した。









 は思った情熱的な自分はじゅうぶんに強いと。



青 は思ったを象徴する自分の包容力を。



オレンジ は思った、太陽のような自分の輝きを。



黄色 は思った、未来希望を表す自分を。



紫 は思った、自分の高貴さと独自性を。

 

 は思った、安らぎを与える穏やかさを。


  

灰色 は思った、自分は平坦ながらも安心感を表すと。



茶色 は思った、落ち着きのある安定感を持つ自分を。





けれど誰しもが、敵わない相手がいる


自分は負けることがない相手がいると


感じていた。





 は知っていた、圧倒的自分の暗さを。





白 は思っていた、自分は消えても


誰かの一部になれると。


自分はその中に残るのだと。





ある時

    

の中に交じって消えた。



はそれで満足だった。



一方、は自分が


完全な暗さを失ったことに気づいた。



そして、それが可能なただひとつの


モノに気づいてしまった。



その時から、


互いを照らしあうモノとなった。






それでみんな気づいた


1番の強さなんてありはしないことに。


そんなもの必要がないことに。





私にはヒトには見えないものが見える


それに気付いたのは、いつだっただろうか。





水玉のセカイ






雨が降っている、そう思って


傘を持って出たのに


外は晴れていた。


「何時もの事ながら、目、悪すぎよね」


私の言うことを信じて傘を持って出た茜さんは


怒るというよりも、賞賛の眼差しで私を見た。



「すみません…。持って上がって来ます!」


「別にこのままでいいけど? それより早く行きましょ」


茜さんの傘を手に取り、走って会社に戻ろうとする


私を制し、茜さんは目的地の方を見る。


「でも、邪魔じゃないですか?」


「この傘がキロ単位の重さならジャマね。

コレそんなにないもの」


そう言って茜さんは、さっさと歩き出す。


涼しい顔して子どものように


傘の先をガーガー引きずっている。


やっぱり傘を置いてきた方が


良かったのではないかと思う。




「セカイが水玉ってどんな感じ?」


唐突に茜さんが尋ねてきた。


「水玉っていうか、砂嵐に近いんですけどね」


自分の見えるモノについて、ヒトに語るのは


ちょっと難しい。


朝も昼も夜も、明るさも暗さも関係なく


私が見る世界には赤や青の点が


広がっている。


それは暗闇の中にいるとよくわかる。


目をつぶろうが、開けようが関係ない。


私が意識を手放さない限り、


私の前には点が広がっているのだ。


砂嵐を見るかのように。



「でも、きちんと物は認識できるのよね?」


「水玉模様のレンズのサングラスを

かけているみたいな感じですかね。

夜の方が点はっきり見えますけど」


「面白そうね。あたしには全くそんなもの

見えないな。両目2.0だから何でも

くっきりはっきり見えるのに」


「そんなに面白いモノではないですよー。

どっちかって言うと邪魔だし」


物心ついた頃から点が広がる世界を


見てきたため、点がない世界は考えられない。


一度で良いから点がない世界を見てみたい。


点が消えない限り、私は真の暗闇を体験することは


できないのだ。


暗闇にたくさんの点が広がるのは綺麗というのには


かけ離れている。


星やイルミネーションのように


煌めいているわけではないのだ。



「あたしは見てみたいけどなー。

由紀ちゃん視力どれくらいだっけ?」


前にもこんなやり取りをした覚えがある。


茜さんはその時も、ヒトには見えないものが


見える私を羨ましそうに見ていた。


こんな反応を示すのは今まで2人しかいなかった。


何だか、こそばゆい。



「0.1もないですよー。0.05もないかもしれない」


「何したらそんなに悪くなるの?

裸眼じゃ生活できないわね」


茜さんは指で指すのではなく、傘の先を私に向け笑う。


冷静でクールな容貌から打って変わり、


イタズラをした子どものような笑みが、


同性ながらもその彼女の魅力にクラッとくる。



「けっこう不便ですよ。窓の外は雨が降っているようにも見えるし」


「そんなに害はないじゃない。眼病ってわけじゃないんでしょ?」


「それが検査してもらったことはないから、よくわかんないんですよね」


「ものすごい近眼による影響なのかしらね?

それだったら、あたしには見えそうにないもんな」


茜さんがちょっと悔しそうな顔をする方が、


私にはわからない。



何故、彼女はこんなにも私が見えるモノにこだわるのだろう。


見えたとして、得はいっさいない。


暗闇の中で、見えたとしても光源にはなり得ないため


光がなくても物が見えるわけでもない。



「ヒトが欲しがるモノなんかじゃないですよー」


おどけて私がそう言うと、茜さんはきょとんと、


「ヒトには見えてないからいいんじゃない。


皆に見えるなら羨ましくもなんともないわ」


いつもは然程笑わないのに、茜さんは今日はよく笑う。


それも私のつまらない目の話で。


思わずつられて私も笑ってしまう。



「あ、雨」


手のひらを返し、雨の雫を受ける。



「狐の嫁入り。

傘持ってて良かったわね。由紀ちゃんの目のおかげ」


透明のビニール傘を広げ、雨が落ちるのを見ながら


茜さんは歩く。


何かにぶつかるのではないかと、見ていてハラハラする。


でも、前が見えているのかスイスイと軽い足取りである。



「あ、ねぇ。もしかして…水玉のセカイってこんな感じ?」


頭上の傘を見て思いついたのだろう。


傘をこっちに寄せながらたずねる。



水玉のセカイか…。


今までそう感じたことはないが、


楽しそうに、私の見えるモノについて考える


茜さんを見ているうちに


自分の見えているモノが好ましいモノに思えてくる。




水玉のセカイ。


私と同じモノを見ているヒトはいるのだろうか。


そんな綺麗なモノでもないけど


私たちは水玉のセカイにいるんだって


話してみたいな。




「もっとひとつひとつが大きい?

細かいと物が見づらそうな感じね」


「物を見るには関係ないんですってばー」


「それがイマイチわかんないのよー」


茜さんは傘を顔面に近づけて、こっちを向いた。


彼女の真剣な顔が、おかしくて


思わず私は吹き出してしまった。



私の世界は今日も楽しい。







 朝っぱらから子どもの声がうるさい。


 マンション住民専用の遊び場は、朝から大人気スポットらしい。


 4階に住んでいるせいか、外からの音がよく聞こえる。

 仕事が早番の朝は、弁当作りに時間を追われる。


 のんびり朝を過ごせる遅番の日の方が多いため、


 早番の朝は、透子にとっては戦場。


 時間との戦い。


 イライラしながら目玉焼きとにらめっこする。


 本当は玉子焼きを作りたいところだが、


 時間を考えると 目玉焼きの方が簡単で


 手間がかからない分、作りやすい。


 けれど、ちょっと固めの半熟を作りたいがために


 あまり目が離せない。 


 朝から騒ぐな! こっちの身にもなってみろ。


 心の中で、外でぎゃーぎゃー騒いでいる子どもに毒づく。 


 いつもは気にはならない子どもの叫び声やら、


 はしゃぐ声が何故か耳に入る。


 イライラしながら時間を確認し


 ゆっくり朝食を取る時間はないと悟る。 

 

 ようやく弁当作りを終え


 透子はメイクをしながら慌しくトーストを齧る。


 「朝からうるさい」


 今にも外へそう叫びそうなくらい


 不機嫌そうに透子の母親が呟く。


 「だよね。最近やたら子どもが増えた気がする」 


 時間の都合上、アイメイクを途中のまま諦め

 透子は母親と向き合った。


 「そうよね…」と、母親は何かを考え込む様子を見せたが

 時間がないと気付いた透子はすぐに立ち上がった。


 素早く身支度を整え、リビングを後にする。


 母親の「いってらっしゃい、気をつけて」という声を背に


 「いってきます」と玄関のドアを勢いよく開ける。


 なかなか降りてこないエレーベーターにも腹立ちながらも


 外に出てみて子どもが騒いでいた理由がわかった。

 空には今まで見たことがないくらいの


 大きな虹が架かっている。


 思わず見蕩れ、感嘆の声をあげる。


 あれほど騒いでいた子どもは興味が失せたのか


 遊具で遊ぶのに夢中になっている。


 自転車に乗り、虹を追いかけるように走らせる。


 通学中の小学生が勝手気ままに散らばって歩いているため


 その脇をすり抜けるように駆け抜ける。


 すっかり慣れている透子の目線は、主に虹へ釘付けられている。


 信号で止まると、コンビニエンス・ストアの看板の向こうに


 虹が見えるようになった。


 青を基調とした看板に、よく映える虹に透子は満足げに微笑む。


 コンビニエンス・ストアから連れ立って出てきた


 サラリーマンとOLが、前の信号を見ずに斜め上を向いている


 透子につられて上を見たがすぐにその目線を前に戻す。


 その様子を視界の端で捉え、透子は少し哀しくなる。


 いつか自分にも、虹を見て感動できなくなる日が来るのか。


 それはいつのことだろうか、そう考え少し涙が滲んだ。




 そんな大人にはなりたくないもん。


 20歳を越えながらも、まだまだ自分は子どもであると


 透子は自覚している。


 20歳は大人であると憧れた子ども時代に


 懐かしさを覚えつつ、信号を確認する。


 視線を前に戻し、自転車を走らせる。人通りはほとんどない。


 横の車道にはたくさん人が詰まっているのに


 透子の行く道には人が全くいない。 


 次の角を曲がればもう虹は見えなくなる。

 別れを惜しむように虹から視線をはずし前を向いた。


 今自分は虹を背にしている。

 それを意識して進む人はどれくらいいるのだろう。


 そんなことを考えながら、透子はまっすぐ進んで行った。



 今度はいつ虹が架かるのか、ひとつ楽しみを増やして。