我が國の憲法は何処にあるのか? | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 

一月二十日(土)、長年続く吉村伊平さんが主催する

難波神社における「大和心のつどひ」において、

「法は何処にあるのか?」

即ち、

「我が国の憲法は何処にあるのか?」

と言う課題に関して話をさせて戴いた。

そこで次ぎに、その話の時に配布した

「日本と英国の不文の憲法の法源」

を記し、

その両国の不文の憲法の法源に

相違が生まれる所以を述べておきたい。


<日本の不文の憲法の法源>

○神武天皇創業以来百二十六代の天皇を戴く日本

この日本の「不文の憲法」の法源は、

次の二つに大別される。

(一) 実質的に憲法的重要性を有する神勅や詔勅や成文の法令

(二) 実質的に憲法的重要性を有する典礼や慣行

上記(一)の法源は次の通り。

(1) 記紀に記された神勅や詔勅

最も貴い神勅は「天照大御神の天壌無窮の神勅」

最も古い詔勅は初代神武天皇の「八紘為宇の詔」

(2) 推古天皇十二年(六〇四年)の聖徳太子の十七条の憲法

(3) 明治維新以降昭和二十一年元旦に至るまでの重要な詔勅

「五箇条の御誓文」、「國威宣布の宸翰」、「教育勅語」

「国民精神作興に関する詔書」

「終戦の詔書」、「新日本建設に関する詔書」

(4) 大日本帝国憲法と旧皇室典範及び其の本で成立した國體      法的諸法令

(5) 現行の国会法、内閣法、裁判所法その他重要性を有する諸法令

上記(二)の法源は、

実質的に憲法的重要性を有する「典礼や慣行」

英国よりも格段に古い歴史と伝統をもつ我が国に於いては、

特に國體法の分野における古代から伝わる多くの典礼や慣行が圧倒的に多い。

例、「大嘗祭」、「四方拝」


<英国の不文の憲法の法源>

ウイリアム一世によるノルマン王朝創設(一〇六六年)以来現在まで四十一人の国王

(1) 議会制定法(statute)

マグナ・カルタ(1215年)が最重要である。

以下、権利請願(1628年)、人身保護法(1679年)、

王位継承法(1701年)、アイルランド統治法(1920年)

ウェストミンスター憲章(1931年)など多数

(2) 判例法(common law)

上級裁判所の判決から演繹された憲法上重要な判例法

(3) 習律(convention,掟・おきて)

裁判所により強制される習律(憲法律)と

強制はされない習律(憲法的習律)がある。

例えば、亡くなる二日前のエリザベス女王による英国新首相の任命

は強制されない憲法的習律であった。

強制されない習律が守られるのは、次の理由による。

「それに反すれば世論の敵意により政治的後退を余儀なくされるから」

「それに従わなければ政府の終焉を招くから」


以上の通り、

我が日本と英国の不文の憲法の法源を概観して、

両国の顕著な相違点を指摘するならば、

英国においては、

国王ジョンの強権を貴族たちが制限したマグナ・カルタが

英国の最重要な憲法的規範であることから明らかなように、

英国の不文の憲法が

国王の覇道に対する人民の権利宣言であるのに対し、

我が国の不文の憲法においては、人民の権利宣言的規範はなく、

天照大御神の天壌無窮の神勅と

初代神武天皇の八紘為宇の詔の通り、

太古から天皇と人民が、

「同じ屋根の下の一つの家族」

という王道が貫かれていること、

これが我が国と英国の顕著な差違である。


この両国の顕著な差違が、よって来たるところを、

フランス人の社会人類学者

クロード・レブィ=ストロース(1908年~2009年)が

次の通り的確に指摘している。


日本的特殊性なるものがあり、

それは根源からしてあったのだ。

そして、それが外部からの諸要素を精錬して、

常に独創的な何物かを創りあげてきたのだ。

我々西洋人にとっては、

神話と歴史の間にぽっかりと深淵が開いている。

日本の最大の魅力の一つは、

これとは反対に、

誰もが歴史とも神話とも

密接な絆を結んでいられるという点にあるのだ。


即ち、

西洋人はキリスト教圏となって

キリスト教以前の神話の記憶を喪失しているが、

我々日本人は神話の記憶を維持しながら

近代国家を築いている。

それ故、我が国に於いては、

神話に述べられている規範が

そのまま現在の規範となっている。


しかも、

歴代天皇の直系の先祖の天照大御神は

現在も伊勢神宮に祀られている。

その情景を式年遷宮で見たド・ゴール研究所初代所長の

オリビエ・ジュエルマントマ(1943年~)は

二〇一三年フィガロ誌に次の通り寄稿した。


闇と沈黙のなか、

女神アマテラスを聖櫃に奉じ、

これに生絹を掛けて神官の群れが粛々と運んでいく。

生きとし生けるものの起源そのもののシンボルが、

今、眼前を通り過ぎていく。

この景観に、

われらの小我の殻など

、微塵に吹っ飛んでしまう。

一月以来、既に伊勢神宮参拝者は一千万人に達したという。

さらに増加の一途をたどるとか。

東日本大震災により、

抑えがたき自然の猛威にさらされて、

どこから己を取り戻すか、

日本人が自覚していることの何よりの証拠である。

森羅万象の諸力を崇敬するという伝統維持であり、

そこに、日本的ジェニー(天才)はあるのだ。


西村眞悟FBより

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