日本人同胞に告げる 参 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 


そこで、この度の武漢ウイルス禍は、世界に何をもたらすのか。
それは、グローバリゼーションの終焉である。
この人類への大事件で、世界各国は、武漢ウイルスから自国民を守るのは
国家主権の発動による国境封鎖であると改めて確認したのだ。
何故、このように急速に武漢ウイルスが
中共から自国に持ち込まれ、自国民に、続々と死亡者がでているのか。
その原因は、中共が、武漢ウイルスを隠蔽し、
さらに、このウイルスは人には感染しないと言い訳をしている間に、中
国人が自由に自国に入国を続けていたからではないのか。
このグローバリゼーションの恐ろしさを世界各国は知ったということだ。
他方、グローバリゼーションのありがたさを知っていたのは中共首脳で、
特にアメリカのトランプ大統領が、一月末に、中国人の入国を全面的に禁止したとき、
中共は、ボーッと国境を開け続けている日本の安倍内閣を横目で見て「よい子」だと褒めるかの如く、アメリカのトランプ政権を非難した。
中共は、本能的に、アメリカが国境を閉ざすことが自国に冨をもたらす仕掛けである
グローバリゼーションの終焉に繋がると感じたのだと思う。
しかし、
十八年前の広東省を発源とするSARS(重症急性呼吸器症候群)の蔓延に際し、
中共の言うこと(ウソ)を信用して国内で多くの死亡者を出した経験を生かして、
この度の武漢ウイルスでは、当初から中共の言い分(ウソ)を一切信じなかった
台湾副総統の防疫学博士陳建仁氏が、
現在、中共のすぐ近くにもかかわらず、台湾国内の感染者を人口二千万人のなかで三百三十九人に抑えることに成功している例とアメリカの現状を見れば、
アメリカのトランプ政権の一月末の国境封鎖も遅かったのである。
では、我が日本の安倍内閣は、その時、どうしていたのか。
我が法務省は、二月二十七日、中国本土からの入国者は直近の一週間では、一日あたり一千人を下回ったと報告した(衆議院予算委員会)。
と、いうことは、これ以前は入国者が一日千人を超えていたのだ。
しかもこの時、中共は
日本からの入国者に感染チェックをして拘束期間を設けていたが、
日本側は中国からの入国者にそんなことはしていない。
では何故、中共は、日本からの入国者に感染チェックをしていたのか。
その理由は、日本国内に中国人が大量に入国を続けていたから
日本国内にウイルスがうようよあると判断したからである。
開いた口が塞がらないではないか。
中共は、日本(安倍内閣)はアホかとほくそ笑んだであろう。
事実、アホだった。無念である。
現在(四月中旬)、我が国の感染者が、欧米より格段い少ないのは、
国民の清潔な習慣と生活態度と不法移民がいないこと、そして僥倖だ。
以上の状況のなかで、
現在、中共は武漢の都市封鎖解除の情景を大々的に世界に流し、
世界の百二十七カ国に医療援助を始めて、
習近平主席は、武漢ウイルスの感染によるアメリカの国力と軍事力の低下を見越し、
早晩、中共こそアメリカを凌ぐ超大国として世界に君臨すると
夢想しているかの如くである。
習近平は、去年、二〇四九年の中共建国百周年には、
中華民族が世界を主導すると演説していた男なのだ。
しかし、中共の経済を上昇させてきた要因は、
天に向かって唾を吐くように、自らの武漢ウイルスが消しつつある。

さて、ここでいよいよ、
我が国の国家存亡をかけた国策は如何にあるべきかを見極める時が来た。
振り返れば、我が国家存続の歴史は、地理的要因からして
シナの歴代王朝に対する主体性の確立、独立自尊の自覚の歴史であった。
まず我が国の、大陸の王朝に対する態度を振り返れば、
古くは、西暦六〇七年の聖徳太子による隋の煬帝に対する「日出処の天子書を日没する処の天子に致す」との対等の国書の伝達、
そして八九四年の菅原道真による遣唐使廃止の決断。
次に、鎌倉幕府執権北条時宗は蒙古・元の使者を斬る。
そして、豊臣秀吉が、「爾を日本の王とする」という明の国書を怒って破り捨てた。
これらは、國體の自覚から導かれる
シナ文明とは異なる日本文明の一貫した姿勢が顕れた事例である。
この中で、菅原道真の遣唐使廃止は、唐末期の大陸の凄まじい混乱と、
日本人が間近に見た支那人の行状を見て(多分、今と同じ行状であろう)、
後世の福沢諭吉の「脱亜論」と同様に、
「このような相手は、共に歩める相手ではない」とシナを見限る絶妙の決断だった。
そうでなかったら、
おぞましく忌まわしいあの自ら男根を切断した「宦官」が、我が政界と官僚組織のなかで
出世する日本になっていたかも知れないではないか。
また、國體の自覚の国内的表明という観点から観るならば、
七六九年の、皇位に就こうとする道鏡を掃討し排除することを命じた
「宇佐八幡の神託」には、冒頭「我が国開闢以来君臣の分定まれり」とある。
また、その約六百年後、南北朝期の一三三九年に書かれたと言われる
北畠親房の歴史書「神皇正統記」の冒頭は
「大日本は神国なり、天祖始めて基を開き、日の神長く統を伝え給う、
我が国こそこのことあり、異朝にはこの類なし、よって神国というなり」とある。
そして、さらに約六百年後の「大日本帝国憲法」第一条は
「大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」とある。
これ等は、約六百年ごとに発せられた日本民族の一貫した國體の自覚文書ではないか。
では、昭和二十一年に書かれ翌二十二年五月三日に施行された
「日本国憲法」と題する文書第一条
「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存する国民の総意に基づく」とは何か。
はっきり、これは、ウソだ。
天皇は、宇佐八幡の神託にいう「我が国開闢以来」
即ち「天照大御神の天壌無窮の神勅」に基づいて天皇なのであって、
我が国が連合国に降伏してその統治下に入った
昭和二十年九月二日からこの文書が書かれる昭和二十一年二月までの間に、
国民投票によって天皇になったのではない。
第一、この文書を書いたのはアメリカ人で日本人ではない。
以上、これからの、まことに厳しい内外の情勢の中で、
我が国が誇りをもって存続するための決定的な前提要件は、
「戦後体制」つまり「日本国憲法体制」からの脱却なのであるから
キッパリと記しておく。



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