【国を守り隊】
陸自唯一…礼砲部隊「北富士駐屯地第1特科隊」が羽田で守り続ける“国の威信”
今年6月、国賓として羽田空港に到着したフィリピンのベニグノ・アキノ大統領に対して行った礼砲(陸上自衛隊提供)
外国からの国賓等が羽田空港などに降り立ったときに、「ドーン」「ドーン」と鳴り響く大砲。海外からの賓客を迎える際に敬意を表すために空砲を撃つ「礼砲」を任務としているのが、陸上自衛隊北富士駐屯地(山梨県忍野村)の第1特科隊だ。国賓等に対する礼砲を行う自衛隊唯一の部隊であり、陸自唯一の“礼砲部隊”である。
第1特科隊は、東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城、山梨、静岡の1都6県の防衛、警備、災害派遣などを担う第1師団に属し、大口径の大砲を装備して各部隊を支援する対地火力の骨幹。大砲を主要装備とする部隊とはいえ、礼砲は特異な任務といえる。
空路は陸自、海路は海自が対応
礼砲は、公式に招待した外国からの賓客に対し、国際儀礼上の必要があると認める場合、国内に到着したときや国内から離れるときに実施される国際的な慣行だ。日本では、空路で入国する国賓等に対しては陸自が実施する一方、海路で訪れる友好国の軍艦に対しては海上自衛隊観音崎警備所(神奈川県横須賀市)に備えられた礼砲台が対応している。
礼砲の由来には諸説あるが、大航海時代(15世紀~17世紀前半)に軍艦が外国の港に入る際に敵意がないことを示すため、搭載する大砲から空砲を撃ったことが一般的な説とされる。かつての大砲は船体から外へ突き出した砲身の先端から弾を装填していたため、再装填するには船内へいったん砲身を引っ込めた上で砲身内の清掃をするなど現在よりも手間がかかり、即座に連射することはできなかった。このため、空砲を撃つことで敵意のないことを表したとされる。礼砲を撃つ時間帯が国際的な慣行で日の出から日没までの明るいときに実施されているのも、砲身が見える時間帯に行われていた当時の名残とされる。
元首21発、首相19発など規則で目安
礼砲の発射回数は、受礼者によって異なる。自衛隊法の施行規則による基準は国際的な慣行にならい、国旗・元首21発▽首相・その他の国賓19発▽閣僚・陸海空軍大将17発▽陸海空軍中将15発▽陸海空軍少将13発▽陸海空軍准将11発。規則では「礼砲数を基準として、国際慣行を尊重し、その都度定める」ともしている。世界的な礼砲の歴史ではもともと発射回数に制限はなく、王政復古後の英国で財政事情などを考慮して経費削減のために回数が決められたとされる。
陸自によると、第1特科隊が2002年3月に改編されて以降、礼砲の任務に就いたのは14回。韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領=当時(03年6月)、中国の胡錦濤(こ・きんとう)国家主席=当時(08年5月)、スペインのカルロス国王=当時(08年11月)、フランスのオランド大統領(13年6月)ら14人の来日の際に、いずれも羽田空港で実施した。一方、葬儀の際に弔意を示すために撃つ弔砲もあり、02年3月の改編以降では、橋本龍太郎元首相(06年8月)、宮沢喜一元首相(07年8月)の2回実施。この礼弔砲計16回では、いずれも21発が撃たれている。このほか、昭和天皇の大喪の礼(1989年2月)の際にも弔砲が行われ、やはり21発が撃たれた。
米軍から引き継いだ短射程砲を使用
第1特科隊が礼砲に使用するのは105ミリ榴(りゅう)弾砲。米軍から引き継いだ短射程砲で、すでに現役を退いている。この退役装備品を大切に保管、整備しながら国際儀礼に使用。第1特科隊の4個中隊が持ち回りで任務にあたっている。
実際の礼砲には4門が使われる。1門4人体制で、4門を統括する戦砲隊長の「撃て!」の合図に従い、順番に空砲を放っていく。発射間隔も施行規則で「3秒ないし5秒間隔」と定められており、現場では4秒間隔で運用されている。
では、最初の1発はどのようなタイミングで発射されるのか。「全隊員が最も緊張する瞬間」。今年6月、フィリピンのベニグノ・アキノ大統領が来日した際に初めて任務に従事した指揮班長の只津宏幸2等陸尉(30)は、こう語る。1発目は、飛行機からタラップで降りてきた賓客の足が地面に着いた、まさに第1歩の瞬間に鳴らされる。
タイミングは実戦同様、前進観測班が合図
ところが、これが容易なことではない。大砲を設置する場所は、滑走路の安全確保などから条件があるため、賓客の飛行機からは離れており、大砲の位置から賓客の足の動きを目視するのはほぼ困難だ。そこで、前進観測班の出番となる。
前進観測班は、実戦では双眼鏡を使い砲弾の着弾地点を確認し、修正連絡するのが任務。この技量が礼砲にも生かされている。礼砲の際には隊員が空港施設の屋根などに上がり、飛行機から降りてくる賓客の“着地”の瞬間を視認。無線通知ととともに大旗を振り下ろし、遠くの4門に伝える。無線と大旗を併用するのは、無線が使えなくなっても確実に合図を送れるようにするためだ。この合図は、前進観測班にとどまらない。タラップから30メートルほど離れた所には中隊長らが控え、近くで賓客の足の動きを追いながら、同様に合図を送っている。万全のバックアップ態勢が取られているわけだ。
ただ、1発目を無事に発射できても、気を緩めることはできない。4門を操る隊員は、数字の書かれたプラカードも使う。何発撃ったかを間違わないよう1発、1発、回数を確認するための手段だ。大砲が故障して不発射となり、残る大砲で任務を遂行しなければならなくなった際の危機管理策でもある。
訓練は、礼砲の任務ごとに行う。装備車両を飛行機に見立て、簡易な階段をタラップの代わりに用い、賓客役も立てる。不発射など不測の事態も想定。期間は、国賓等の来日が確定するのは日程が押し迫ってからのことが多く、猶予はたいてい直前の1週間程度だという。只津2尉は「礼砲は国際儀礼を担っている。任務として決して失敗は許されない」と表情を引き締めた。
国際儀礼上で欠くことのできない礼砲。国防の一翼を担う第1特科隊は「日本の威信」も守っている。(頼永博朗)
富士山を背景にした第1特科隊の155ミリ榴弾砲「FH-70」。最大射程距離は約30キロを誇る(陸上自衛隊提供)
砲弾の着弾地点を確認し、修正連絡する任務にあたる前進観測班。この技量が礼砲に生かされている(陸上自衛隊提供)
「隊員全員が最も緊張するのは最初の1発」と語る第1特科隊の只津宏幸2等陸尉。後方の大砲は、礼砲用と同型の105ミリ榴弾砲の展示物=山梨県忍野村の陸上自衛隊北富士駐屯地
第1特科隊のシンボルマーク。駐屯する北富士駐屯地のシンボルである富士山や装備する155ミリ榴弾砲「FH-70」の砲弾、「北」の文字を表す羽根で表現した「飛躍」、栄光の印である月桂樹などをモチーフにデザインされている
155ミリ榴弾砲「FH-70」を使った第1特科隊の実射訓練。最大射程距離は約30キロを誇る(陸上自衛隊提供)
産経ニュース