産経ウェスト
少数民族から「言葉」を奪う中国“人権踏みつけ政策”
消えたウイグル語教育者、中国公安の暗黒逮捕・暗黒裁判に
行方不明となったアユプさん(日本ウイグル協会提供)
反政府活動が激化する中国西北部の新疆ウイグル自治区で昨年夏、ウイグル語教育者がひそかに公安当局に逮捕され、行方不明になっている。同自治区では爆発事件などが相次ぎ、中国政府は分離独立を目指すウイグル族のテロ行為と断定、弾圧を強めている。今回の逮捕劇も、少数民族の“漢化”を推し進める中、ナショナリズムの高まりにつながりかねない芽を摘み取った格好だ。反抗する者は容赦しない習近平政権。まさに中華思想を見せつけている。
(河合洋成)
ウイグル語学校増設→「不当な資金集め」
報道した米紙ニューヨーク・タイムズによると、逮捕されたのは、ウイグル人男性のアブヅヴェリ・アユプさん(39)。同自治区内に「母語(ウイグル語)学校」を増やそうと活動している最中の昨年8月20日、「不法な資金集め」をしたとして、仲間の男性2人とともに逮捕された。学校新設のため、蜂蜜を売ったり、学校のマークが入ったTシャツを売ったりしただけだったという。
自由アジア放送は、3人は同自治区の首都ウルムチと西部の都市カシュガルで尋問を受けた後、ウルムチの警察署に拘留されたと報道。アユプさんは「重い病状にある」とも伝えられている。
親族には3月にも起訴され、裁判が始まるとの情報があったが、公安当局は勾留場所はもちろん、正式に何の罪で訴追し、いつ、どこで裁判があるかさえも知らせることを拒んでおり、中国の非人権大国ぶりを示している。
鉄道、漢族を大量移住…数の論理で文化的な虐殺「ジェノサイド」
「ドンキホーテのような夢」を奪う中国政府
人口13億人の中国で、55の少数民族は約1億人。9割以上を漢族が占める。だが、少数民族問題は中国のアキレス腱(けん)だ。
北京政府は、少数民族地域への漢族移住による多数化工作を推進。言葉をかえれば、国内の“植民地化”といえる。チベット仏教の聖地ラサに向け、標高5千メートルを走る青蔵鉄道を完成させたのもそのためと指摘される。
そして習政権になって加速しているのが、中国語教育による「漢化」だ。武力による弾圧だけではなく、文化的な「民族浄化」政策であり、同自治区はまさにその実践地にあたる。
アユプさんはそうした現状を憂いた。米紙の関心を呼んだのも、フォード財団の奨学生として米カンザス大に留学していたからだが、彼は米国にとどまるのを止め、「母なる言葉を失いたくない」からと、果敢に戻る道を選んだという。
帰国直後の2011年、カシュガルにウイグル語幼稚園を開園。さらに、ウルムチなどにも広げようとしていた矢先だった。
同紙は「ドンキホーテのような夢物語だった」と語り、巨大な中華世界に挑んだアユプさんに同情する。
中国語と少数民族語のバイリンガル教育は建前
5月22日にウルムチで起きた爆発事件は死傷者約130人に及んだ。長年に渡るウイグル族と漢族の対立はエスカレートしている。今回の爆発事件で中国政府は「テロに対する人民戦争を戦う」と強調した。
ウイグル族ではなく「西戎(西の野蛮人)」…バイリンガルで心も牢獄
香港の人権団体関係者は同紙に「中国の指導者層は、同化政策への妨げになる民族意識の高まりを防ぐため、ウイグル流の生活を去勢しなければいけないと考えている」と話す。
同化政策とは則ち中華思想。大多数を占める漢族にとって、アラビア文字を使い、イスラム(回)教徒のウイグル族は「西戎」であり、過去の王朝時代から同族などを弾圧する“洗回”政策が取られてきた。
現中国では、中国語と民族語を学ぶ「双語(バイリンガル)教育」が行われているが、アユプさんの旧友で、今は米バージニア州に住むウイグル出身の男性は「(逮捕は)中国の民族言語に対する象徴的な態度だ」と建前だけの双語教育を批判。「中国政府は、彼を獄舎に閉じ込め、衰弱させようとしている」と同紙に語っている。
アユブさんについてはその後、5月半ばに検察側が「20日以内に裁判を行う」との公式書面をウルムチの裁判所に提出したとの情報が伝えられた。罪状は「不法な資金集め」としかなく、それだけで長期勾留が今も続いている。実際に裁判が行われているかどうかは確認されていない。
今年1月には、穏健派のウイグル人学者が当局に拘束されている。今回の事件も米国の人権団体がウオッチしていなければ、闇に葬られていたかもしれない。
相次ぐ爆発事件を受け、公開裁判による“見せしめ”まで行い、ウイグル族弾圧を強める中国政府。その前近代的な人権意識は、恐怖政治となって少数民族に災厄をもたらしている。