日本は公正な証拠主義で上回れ | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 
【河村直哉の国論】
産経ウェスト


「埋められた旧日本軍史料10万点発見」
検証なくプロパガンダに使う「中国」歴史歪曲する“異形の国”に、
日本は公正な証拠主義で上回れ



東京大学アメリカ太平洋地域研究センター所蔵の高木八尺文庫に収められている「田中上奏文」=東京・駒場


 中国・習近平国家主席とロシア・プーチン大統領の上海でのそろい踏みは、できの悪い大仰な三流芝居を見せられるようで、げんなりするものだった。会談が、アジアでなんと「信頼」を築くという「アジア相互協力信頼醸成会議」に関連して行われたことでブラックジョーク度が増し、2人の共同声明が「歴史の歪曲(わいきょく)」への反対に言及したことで、たちの悪い役者ぶりはさらに際だった。

 日本がポツダム宣言受諾を決めた後、昭和20年8月28日から旧ソ連が侵攻したのが北方四島であり、それをいまも不法占領しているのがロシアである。クリミア併合で知らぬ存ぜぬを決め込んだタヌキぶりもしかりで、ロシア指導者の面の皮が厚いこと、鉄面皮さながらである。

 この国の傍若無人ぶりについては改めて論じるとして、今回は日本にとって脅威となっている中国について見る。中国の新聞「人民日報」のニュースサイト「人民網」日本語版に最近、奇妙なバナーが貼られた。「日本の侵略の事実を伝える公文書」。吉林省の公文書館が所蔵する「旧日本軍の公文書」についての記事などが並んでいる。南京事件、慰安所など、中国が歴史認識戦争の舞台に乗せようとしている題材が中心である。

史料批判より宣伝優先

 公文書館が文書89件を公表したのは4月25日。以下、同サイトの記事による。

 文書は1953年、埋められた状態で見つかった。水にぬれ、塊状になるなどした文書を分離させ、ピンセットで1枚ずつ白い紙に貼り付けた。2012年8月、公文書館ではこれら文書を翻訳する組織を作った。公表された89件は、現段階でまとまったもの。公文書館には旧日本軍の史料10万点が保管されており、「氷山の一角」にすぎない--うんぬん。

 文書の写真も断片的に同サイトに載せられているが、筆者が文書の実物や、書かれた文章全体を実際に見ているわけではないので、史料の信頼性についての判断は保留したい。しかしまずもって、歴史学でいう史料批判、つまり史料の正しさの検証が不十分であることは、指摘しておく。古代史料ではあるまいに(古代でも捏造などが許されないのは無論だが)、地中から出てきたという現代史の史料について、実証的で公正な扱いが求められるのはいうまでもない。発見時の状況や解読の過程、保管状況などが客観的に詳細に記録され、第三者の検討に堪えるものになっていなければならない。

 しかも現在の日中間の懸案になっていることがらである。吉林省公文書館は、中国外務省の主催で行われたプレスツアーで4月28日、外国メディアにこれら文書を公開している。だれが見ても、歴史認識戦争としての宣伝戦の性格が強く前面に出ていると思うだろう。実証主義的な歴史学の心得があれば、まずメディアで発表するなどというのではなく、日本の研究者も交えた厳密な史料批判がなされてしかるべきなのである。最初から宣伝戦に使うということ自体が、一次史料としての価値を下げさせている。

 4月初め、中国の評論家と外交史研究者の3人で話をする機会があった。習主席が訪問先のドイツで、旧日本軍が南京で30万人以上を殺害したなどと語った直後だった。中国には実証主義の歴史学が存在しない、という話になり、中国育ちの評論家がいった。「中国では指導者が30万人といえばみんな30万人なんです。29万5000人でもだめ、30万人」。

「南京30万人」を言い募る

 人民網のサイトの記事に沿って文書を1つ、見てみる。南京事件があった1937(昭和12)年、南京地区の人口は113万人あり事件後約80万人も減った、そうである。それが今回公開された文書のうち、当時の日本の憲兵隊司令官報告書「南京憲兵管轄区内の治安回復状況に関する報告」からわかる、とのこと。

 事件当時の南京の人口については事件直後から複数の調査、証言がある。南京・金陵大学教授スマイスの調査で20万から25万人、ドイツ・ジーメンス社社員で事件時南京の支社長にあり、南京安全区国際委員会委員長を務めたラーベの証言で、25万から30万人など。全員を殺害することなどありえないから、犠牲者30万人以上をいう中国にとって、当時の人口は頭の痛い数字だったわけである。今回、南京の人口が100万人以上あったということになれば、都合のいいことこの上ない。

都合の良いところだけ採用…あの偽書「田中上奏文」と同じ中国体質

だがこの憲兵隊司令官報告の113万人という数字が何を根拠にしているか、記述はない。日本の戦後の研究で、1936年末に南京市政府が調査した人口が約100万人とあるから、そのあたりか。しかし戦火が近づいてくるなかで、住民が避難しないわけはないだろう。

 さきのラーベは日記に日本軍の「虐殺」を記録し、習主席もドイツ訪問の際「ドイツの友人」などと持ち上げた人物だ。日記には単なる伝聞による記述などがあることも指摘されているのだが、持ち上げるならこの友人が日記に記した住民の避難についても目を向けるべきだろう。南京攻略戦の前に裕福な中国人が避難を始めている、まだ20万人を超える非戦闘員がいる、残ったのは貧しい人たちだけだ、などとラーベは日記に書いている。このような、歴史学という以前のごく簡単な疑問も付さないまま、人民網サイトの記事はまた犠牲者30万人以上を言い募るのである。

平気で嘘をつく国

 1929(昭和4)年、南京の月刊誌に現れたいわゆる「田中上奏文」を思い起こしておきたい。中国征服の意図を田中義一首相が上奏したとされた文書は、反日プロパガンダの1つとして国際世論の場にも持ち出されたが、偽書とみなされている。

 今回の「公文書」なるものの細部に至るまでの真偽は、現段階では判断できない。印象では、偽書とまでいわなくてもかつての日本の文書が恣意的に使われようとしているのではないか。日本人としては、プロパガンダ戦と構えて対応することである。なにしろ吉林省の公文書館が保存する史料だけで10万点もあり、共産党中央宣伝部は各地の公文書館に旧日本軍についての史料の洗い出しなどを指示しているというから、今後どんなものが出てくるか、知れたものではない。来年の終戦70周年に向け、この動きは加速するだろう。

 大陸であった過去を、筆者は否定しようというのではない。戦時下の悲惨なできごともあった。しかしまず、事実を事実として見ることが必要である。現在の政治・外交情勢で過去が恣意的に取り上げられることは、日中関係の今後に悪影響しかもたらすまい。

 ロシアなどごく一部を除く健全な国際社会は、中国の異様さにもう気がついている。ベトナムの船に猛烈な勢いで体当たりしておいて、「向こうがぶつかってきた。驚いた」などという国なのだ。驚くのはこちらである。ベトナムが公開した動画には、ベトナム船にぶつかる中国船の不気味な姿がはっきりと映っていた。平成22年、尖閣諸島沖で中国の漁船が海上保安庁の巡視艇に衝突してきたときも、中国紙などは「海保の船がぶつかってきた」といっていたが、流出した映像には、激しくぶつかってくる中国漁船がはっきりと映っていたではないか。平気で嘘をつく国なのである。

 歴史を歪曲しているのはどの国か。事実をもって異様さを浮かび上がらせる、中国に対するにはそれが必要である。

(大阪正論室長)

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