【中高生のための国民の憲法講座】第40講 百地章先生
今年も入学シーズンがやってきましたが、思い出すのは筆者が田舎の中学校に入学したときのことです。
当時、わが中学では入学にあたって、新入生の代表が地元の神社(遠江国一宮)に参拝をしていました。生後1カ月や、七五三のお宮参りなどと同様、一種の通過儀礼のように考えられていたのでしょう。今だったら、「政教分離違反」の声が上がるかもしれませんが、当時は実におおらかでした。
国際儀礼としても
通過儀礼は人の一生に関わる人生儀礼ですが、社会儀礼や国家儀礼、国際社会には国際儀礼もあります。
昨年暮れ、安倍晋三首相が靖国神社を参拝しました。本紙「正論」欄に「首相は英霊の加護信じて参拝を」と執筆した翌日のことでしたので、殊の外嬉しく思いましたが、その中で国際儀礼に触れました。国際社会では、互いに自国のために戦った戦没者の勇気を称え敬意を表する。これはたとえ旧敵国同士であっても同じだ、と。安倍首相も外国訪問の際には、その国の戦没者慰霊施設に参拝しています。
首相が国民を代表して靖国神社に参拝するのは、同神社がわが国における戦没者慰霊の中心施設だからです。これはどこの国でも行われている、政教分離以前の国家儀礼です。つまり個人的な信仰とは別次元の話ですから、クリスチャンとして知られた大平正芳首相も、在任中に3回参拝しました。1回目は昭和54年4月21日で、いわゆる「A級戦犯合祀(ごうし)」が新聞で大きく報道された直後のことです。
政府の公式見解は合憲
憲法解釈について最終的判断を行うのは最高裁判所です(憲法81条)。しかし、首相の靖国神社参拝について、最高裁が直接、合憲性を判断した判決はありません。政府見解としては、昭和60年8月に中曽根康弘内閣が示した「首相の靖国神社公式参拝は合憲」とする公式見解があります。その後、社会党の村山富市首相もこの見解を踏襲しました。
有権解釈〔国の公式見解〕としては、この政府見解が存在するだけです。それ故、安倍首相がこれに従ったのは当然でしょう。憲法学者の間では違憲論が有力ですが、これは私的解釈であって、政府を拘束するものではありません。
最高裁は政教分離解釈の基準として「目的効果基準」を示しています。つまりその「目的」が宗教的意義を有するかどうか、その「効果」が特定宗教に対する援助、助長ないし圧迫、干渉にならないかどうかという基準に照らして合憲性を判断するようにと述べています。この目的効果基準に照らして考えても、首相の靖国神社参拝は合憲とみるべきでしょう。
というのは、参拝の目的は「戦没者の慰霊、遺族の慰藉(いしゃ)」という儀礼的なものであり、「効果」も最高裁がいう「援助、助長」に当たるとは考えられないからです。
とはいえ、絶えず憲法論争が起きるのは好ましいことではありません。この際、国家儀礼としての首相らの参拝に疑義が生じないよう、一日も早く憲法を改正すべきです。
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【プロフィル】百地章
ももち・あきら 京都大学大学院法学研究科修士課程修了。愛媛大学教授を経て現在、日本大学法学部教授。国士舘大学大学院客員教授。専門は憲法学。法学博士。産経新聞「国民の憲法」起草委員。著書に『憲法の常識 常識の憲法』『憲法と日本の再生』『「人権擁護法」と言論の危機』『外国人参政権問題Q&A』など。67歳。