両陛下の“ご希望”、ようやく実現。伊豆大島で被災者お見舞い。
島内ではマイクロバスでご移動。
土石流被害を受けた元町神達地区で一礼される天皇、皇后両陛下=2月28日、東京都大島町
天皇、皇后両陛下は2月28日、昨年10月の台風26号で土石流被害を受けた伊豆大島(東京都大島町)を日帰りで見舞われた。元町神達地区を中心に36人が死亡し、いまなお3人が行方不明のまま。両陛下は被災者を見舞い、復興に尽くした人々をねぎらわれた。住宅が流され荒れ地のように変わった同地区では、静かに祈りをささげられた。
仮設住宅で皇后さまは、夫を亡くした柳瀬光海さん(28)を「本当に残念でしたね。大丈夫? ご自身をどうぞお大事にね」と温かくなぐさめ、災害後に生まれたという男児を見て「健やかで大きくなりますように」とほほ笑まれた。陛下も高齢者らに「大変でしたでしょう」「お元気でね」といたわられた。
両陛下は黒塗りの御料車ではなく、マイクロバスで移動された。同島ご訪問は昭和55年以来34年ぶりでもあり、沿道では至る所で人々が歓迎。両陛下は座席から立ち上がり、手を振って応えられた。
側近によると、両陛下は、災害直後に熊本県訪問から空路で帰京途上、窓から島の様子を確かめられるなど、「できるだけ早くお見舞いしたいとの気持ちをお持ちだった」(側近)。だが、インドご訪問など公務が続いたことや、仮設住宅入居の時期を避けたため、ようやくこの時期の実現となったという。
両陛下は23日、秩父宮ラグビー場(東京都港区)を訪れ、ラグビー日本選手権の準々決勝ヤマハ発動機-神戸製鋼の後半戦を観戦された。両陛下の日本選手権ご観戦は初めてだった。
日本ラグビーフットボール協会によると、同ラグビー場は、「東京ラグビー場」として昭和22年に建設されたが、昭和天皇の弟でラグビーを愛した秩父宮をしのび、昭和28年1月の薨去(こうきょ)後、「秩父宮ラグビー場」と改称された。秩父宮は日本選手権優勝チームに贈られる「秩父宮賜杯」を下賜。昭和22年から薨去まで同協会の総裁を務めた。
両陛下が観戦された試合は、終了直前に神戸製鋼が逆転勝利を収める劇的な展開。両陛下は時折身を乗り出し、貴賓室から両チームの選手らに拍手を送られた。説明役を務めた同協会の森喜朗会長によると、陛下は「とてもいい試合でした。ラグビーの勉強ができてとても良かった」と話されたという。
皇太子さまは23日、54歳の誕生日を迎えられた。これに先立つ宮内記者会との会見では、長女の敬宮(としのみや)愛子さまが今春の学習院初等科卒業後、学習院女子中等科に進学されることを明かされた。療養生活が10年を超えられた皇太子妃雅子さまへのお気持ちも語り、「雅子の状況も少しずつ良い方向に向いてきていると思います」と述べられた。
ご一家の私的な外国訪問の可能性について問われると、雅子さまの治療や愛子さまの視野を広げる観点から、「様々なことを考えて、今後ともどのような外国訪問ができるかということをいろいろ考えていく必要があると思います」と述べられた。
愛犬「由莉(ゆり)」とともに東宮御所でくつろがれる皇太子ご一家=東宮御所(宮内庁提供)
三笠宮家の彬子(あきこ)さまは22日、皇居内の皇宮警察学校で「日本文化を未来に伝えるために-心游舎(しんゆうしゃ)の試み-」と題してご講演。一般社団法人「心游舎」は、日本文化を子供たちに伝えようと彬子さまが平成24年4月に友人らと設立、総裁を務められている。
講演では、子供たちが和菓子作り、九谷焼の絵付けなどに取り組む様子をスライドを用いてご紹介。「子供のころに得たとても良い経験というのは、記憶の中に残るものだと思います。子供の心に記憶の種をまく作業というのを心游舎の活動を通じて続けていきたい」と語られた。
日本文化について講演される三笠宮家の彬子女王殿下=2月22日午前、東京都千代田区の皇宮警察学校