【道徳教育】
大人も読みたい新教材「私たちの道徳」
日本人としての自覚、礼をつくす「道」の精神…。
戦後長く敬遠されてきた「道徳教育」が、小中学校でようやく本格的に行われようとしている。下村博文文部科学相は今月、道徳の教科化を中央教育審議会に諮問したほか、小中学生に配布する新たな道徳教材の内容を公表した。日本教職員組合(日教組)など一部に根強い反対がある中、新たな道徳教材で子供たちに何を学んでもらうのか、その内容は…。
祇園祭の練習から導かれる伝統文化継承の大切さ
「日本には四季があり、美しい風土がある。先人たちは、これらに合った生活様式や文化、産業などを生み出し、我が国を発展させてきた。これらを受け継ぐとともに、日本人としての自覚をもって、この国を愛し、その一層の発展に努める態度を養っていきたい…」
文科省が作成した新教材「私たちの道徳」の中学生用に書かれた一文だ。この新教材は、現在配布している「心のノート」を全面改定し、ページ数を1・5倍に増やすなど内容を充実させたものだが、とくに「日本人としての自覚」を深めるテーマが数多く盛り込まれた。
小学1・2年生用の教材にも、「日本人としての自覚」と「伝統文化を受け継ぐ心」の大切さが、次のような分かりやすい物語で示されている。
コンコンチキチキ、コンチキチン…。京都に住む小学生が、祇園祭に向けてお囃子(はやし)の練習に励んでいる。しかし最初はなかなか上手に鉦(かね)を合わせることができず、周りの大人に叱られたりして、「もう、やめたい」と弱音を吐く。
すると父親が、こう言って励ました。
「お父さんも、よく おじいさんに しかられながら、れんしゅうしたものだ。みんな、そうやって、千年もつづく ぎおんまつりを まもってきているんだよ」
この言葉に力を得て、小学生は練習を続け、祇園祭で鉦を気持ちよくたたくというストーリー。「自覚」や「伝統」といった難しい言葉はなくても、日本の伝統文化を親から子へ、子から孫へと継承する姿勢を、自然に学ばせる構成になっている。
あのメダリストの秘話も…「自分の記録と闘うんだ」
「私たちの道徳」にはこのほかにも、(1)いじめの未然防止につながる題材(2)社会に進んで貢献しようとする題材(3)情報モラルを高める題材-などが重点的に盛り込まれた。
著名人の伝記や名言も多く、坂本龍馬、二宮金次郎、緒方洪庵、葛飾北斎ら歴史上の人物や、イチロー、澤穂希、内村航平ら世界で活躍するスポーツ選手らのエピソードなども紹介されている。
小学3・4年生用で取り上げられたのは、2000年のシドニー五輪で日本人女性として初のマラソン金メダリストとなった高橋尚子の物語「きっとできる」だ。
高校時代、予選落ちなどまったく結果の出なかった尚子が、大学時代の練習中、走りながらふと気づく。
《人と戦うんじゃない、自分の記録と戦うんだ》
《長い階だんを一気にかけ上がろうとすれば、途中でばてる。時間がかかっても、一だんずつしっかり登っていけば、上まで登り切れる》
昨日の自分の新記録を、今日の自分が破るという挑戦を続けながら、最後は金メダルに輝く尚子の物語を通じ、「粘り強くやり遂げる」ことの大切さを説いている。
小学5・6年生用には、「赤ひげ先生」として知られる江戸時代の町医者、小川笙船(しょうせん)の物語が掲載された。
八代将軍吉宗に建言して貧者のための「小石川養生所」をつくってもらい、寝る間も惜しんで貧しい病人たちの治療につとめる笙船が、ある日、元気になった貧者の一人から、恩返しにとたくさんの大根を届けられるというストーリー。
社会の中で自分の役割を自覚し、その責任を果たすことの意義を考えさせる内容になっている。大人が読んでも、心をうつ物語が並んでいる。
ようやく盛り込まれた日本古来の「道」の精神
さまざまな題材が新教材に掲載される中、道徳教育に詳しい高橋史朗・明星大教授が注目するのは、武道や茶道など日本古来の「道」の精神が盛り込まれたことだ。
小学5・6年生用には、「人間をつくる道-剣道-」とのタイトルで、試合に負けた後でも立派な態度で礼をする剣道の美しさを読み物にして掲載。「剣道は、『礼に始まり礼に終わる』と言われるように、礼というものをとても大切にします。これは、日本人が昔から大切にしてきた相手を思いやる精神です。我々が受けついでいかなければならないことです」と諭している。
中学生用でも「礼儀」を取り上げ、「日本の伝統文化である茶道や華道、武道などにおいては、それを楽しむことや技を磨くことだけでなく、自分を律する心や相手を尊敬し感謝する心を大切にし、それを礼儀の形で表している」と説明している。
こうした題材について高橋教授は、「武道など『道』の精神は、技とともに戦前の学校では広く教えられてきたが、戦後はGHQによって禁止された。昭和28年の中学学習指導要領で柔道などが『格技』の名称で復活したものの、体育の授業で技を教えるにとどまり、精神面についてはなかなか学校教育で教えられなかった。それが今回、国が作成する道徳教材の中で取り上げられたことは、日本人としてのアイデンティティーを育成する上で、とても意義深い」と話す。
「道徳教育は国家が責任を持つべき」
問題は、この新教材が学校現場で適切に活用されるかどうかだ。日教組や一部マスコミは道徳教育に反対しており、小中学生に配布しても、授業では扱われない可能性もある。
戦前の道徳教育は、正式科目「修身」として、国定教科書によって行われていた。元神奈川県教組委員長で教育評論家の小林正氏によれば、その内容は明治23年発布の教育勅語に沿ったもので、戦時色が強くなった昭和16年以降をのぞけば、孝行、友愛、博愛、義勇など12の徳目を分かりやすく教えることが中心だった。
ところが戦後、GHQの指令や圧力で修身は禁じられ、教育勅語も失効となった。「GHQは、教育勅語に示された徳目は優れていると認めていたが、『一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ』の一文を問題視したようだ」と、小林氏は話す。
その後、1951年のサンフランシスコ講和条約で主権を取り戻した日本政府は、道徳教育の復活を目指すが、日教組が強硬に反対。昭和33年から小中学校で週1時間、「道徳の時間」が設けられたものの、正式な教科ではなく、ホームルームに充てられるなど形骸化しているのが実情だ。
小林氏は「道徳教育について、日教組はしばしば『国家による価値観の押し付け』などと批判するが、自分たちこそイデオロギーを子供たちに押し付けている。道徳教育は国家が責任をもち、きちんとした教材を使って、国民の目の見えるところで行わなければならない」と指摘している。