米中戦略対話で見えた中国の“危機” | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









【田村秀男の国際政治経済学入門】




ワシントンでは先週、米中戦略・経済対話が開かれた。中国の不動産バブルや過剰生産の元凶視される「影の銀行」問題が焦点になったと報じられたが、皮相的すぎる。筆者が着目したのは、米連邦準備制度理事会(FRB)がめざしている量的緩和(QE)の縮小について、中国側が「時期尚早」と待ったをかけた点である。何しろ、中国はこれまで公式的には、FRBがドル資金を大量発行するQEに対し、新興国への投機を助長するとして強く反発していたのに、逆に米側がQEからの「出口」を模索し始めると、「まだ続けてくれ」と言い出したのである。一体、どういうことなのか。(フジサンケイビジネスアイ)

 米QEの縮小の動きについてクレームをつけたのは中国の楼継偉財政相で、「(米国の)高い失業率を考えれば時期尚早」と内政干渉まがいの態度で臨み、「影響は米国のみにとどまらず、十分注意すべきだ」と厳しく注文した。本来、金融政策は自国のために行われるもので、米国の失業率をうんぬんしてまで、「まだ続けろ」と迫るのはいかにも尊大で粗暴な「大国」中国らしい振る舞いだ。米側のバイデン副大統領やルー財務長官、バーナンキFRB議長らをあきれさせただろうが、それほど中国側にはQEを縮小、さらに打ち切られては困る、切羽詰まった事情があるとみてよい。その一端を示したのが、「影響は米国のみにとどまらない」という発言である。


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ここで、グラフを見ていただこう。2008年9月の「リーマン・ショック」後、08年8月に比べてどのくらい米FRBがドル資金供給残高(マネタリーベース)増やしたか、また中国人民銀行が人民元資金の供給量を反映する資産総額をドル換算で増やしたか、その人民銀行資産のうちドルを中心とする外国為替資産をドル換算でどのくらい増やしたかを示している。

 一目瞭然、人民銀行は米QEに合わせて資産を増やす、つまり人民元資金を発行し、国内の金融機関や金融市場に流し込んでいる。そのやり方はいたってシンプルである。まず、人民銀行は流入するドルなど外国為替資金をことごとく買い上げて人民元の対ドル交換レートが高騰するのを抑える。その増える外為資産の範囲内で人民元を発行する。

 リーマン後の輸出激減など景気減速を抑えるため、北京は大規模な財政出動に踏み切る一方で、人民銀行が国有商業銀行などに巨額の資金を供給し、融資を一挙に3倍も増やした。その金融緩和策を可能にしたのが流入する外為資金であり、外為資金の供給源となってきたのがQEなのである。人民銀行の外為資産増加額はFRBのマネタリーベース増加額の8割に上る。そう考えると、中国の金融の膨張はQEのおかげである。言い換えると、中国の金融はドルに全面依存している。

他方で、中国人民銀行が買い上げた外為資産は外貨準備となり、約3分の2の2兆ドル以上が米国債で運用されている。世界最大の米国債保有国として、中国政府は米国に対して不遜な態度をとるのは上述した通りだが、裏返すと、中国はドル資金の流入増がないと金融政策で大きく制約を受けるので、「どうかQEを今まで通り続けてほしい」と懇願せざるをえない弱みを持つ。それでも中国共産党の代表としてのメンツから頭を下げたくないから、居丈高になるのである。

 ことの深刻さは中国経済そのものにある。流入するドルを信用創造の源として不動産投資や増産に邁(まい)進(しん)した胡錦濤前国家主席時代は10%前後の高度成長を続けたが、不動産バブルは膨張し、過剰生産、過剰在庫は野放しになっている。役得にありつく党官僚はバブルや過剰生産から創出される見かけ上の利益の多くを懐にする。そんな具合だから工場や発電所などからは有害物質がほとんど除去されないまま排気や排水が行われている。取り締まる党官僚が汚職腐敗しているのに、どうしてインチキ食品の横行を食い止められるだろうか。

 そんな状況下で、米国がドルの増刷をやめると、中国人民銀行は人民元札を刷れなくなる。すると、市中銀行による融資は止まり、不動産バブルは本格的に崩壊しよう。くだんの「影の銀行」が集めるカネもしょせんは企業、個人の過剰資金であり、高利回りの運用先は主に不動産市場だから、バブル崩壊で高利回り商品は蒸発してなくなる。農民から土地を強制収容して不動産開発に邁進してきた地方政府は債務返済不能に陥り、大手の国有商業銀行は一挙に総額で100兆円規模の不良債権を抱えよう。

まともな政治体制を持つ市場経済国家なら、改革すべきは改革し、縮小整理し、不正行為者を逮捕しつつ、バブル崩壊後の経済運営に知恵を出し、大衆の不満に応えようとするだろう。が、今の中国には不可能である。

 その結末は、最終的には共産党指令経済の崩壊と、北京指導部は恐れているに違いない。ならば、せめて、北京としてはワシントンに「ドルを刷れ」と要請するしかない。とりあえず、バーナンキ議長はQEの継続を口にしているが、年内には、北京が最も恐れる「QE縮小」宣言の日がやってくる。

                      (産経新聞特別記者・編集委員)