北朝鮮は全被害者リストを出せ! | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









東京基督教大学教授・西岡力




 飯島勲内閣官房参与が突然、訪朝したことで、拉致問題が動くかもしれないという推測がさまざま生まれている。確かに、北朝鮮の金正恩政権は国際的孤立と統治資金の枯渇で苦境に陥り、国内、特に軍内部に不満勢力が多く存在し不安定度を増している。

 ≪「行動対行動」の原則貫け≫

 その突破口として、対日接近を選んだ可能性がある。安倍晋三首相が繰り返し強調するように、北朝鮮との実質的な交渉は、政権維持が困難になるぐらいの圧力を、彼らが受けた時点から始まる。その意味で事態進展の兆しは見えてきたと私は考えている。

 だが、たとえ交渉開始となっても、北朝鮮は常にウソをつき表面上の譲歩で圧力をかわそうと仕掛けてくる。彼らが近づいてきているときこそ、厳格な行動対行動の原則に立って慎重に動かなければならないと強調したい。

 私は当初、飯島氏が飛行機のタラップを降りてくるテレビ映像を見て北朝鮮にはめられたのではないかと思った。安倍政権が裏接触で条件を詰めるのを目的に訪朝させたのなら、秘密裏の接触になるはずで、北朝鮮が約束を一方的に破り日本が頭を下げに来たと内外に宣伝しようとしているのではないか、と疑ったからだ。

しかし、飯島氏が帰国後に政府に報告した内容に接し、見方を変えた。飯島氏は交渉権限を与えられず、安倍政権が1月に決めた拉致問題に関する政府方針を繰り返し正確に伝達する使命を帯びていたと分かったからだ。氏が伝えた政府方針とは、「拉致と核、ミサイルを全部解決してから国交正常化を行い、まず入り口で拉致問題に取り組む。拉致問題では、(1)全ての被害者の安全確保と帰国(2)真相究明(3)実行犯の引き渡し-を北朝鮮に求める」である。

 同じ内容は古屋圭司拉致担当大臣談話としても公表された。「安否不明被害者についての情報収集活動を強化してきた。徒(いたずら)に時間を経過させることで事態の改善を期待し、あるいは拉致被害者の存在を隠蔽(いんぺい)することで拉致問題の終息を図るいかなる策動も一切通用せず、むしろ日朝関係を取り返しのつかない状況に追い込むだけである」という談話である。

 ≪総連本部の継続使用はダメ≫

 北朝鮮で対日工作を担当する統一戦線部が昨年後半、「日本と接触した結果、日本側は拉致被害者に関して、1件も情報を持っていない。だから時間稼ぎをすれば問題は終わる」との報告を政権中枢に上げたという話がある。

古屋談話は、北朝鮮が一方的に死亡と通告してきた被害者などの具体的生存情報を、日本政府が持っているという自信が行間ににじみ出ており、金正恩第1書記が報告を鵜呑(うの)みにしないよう警告したという意味で戦略的に正しい。

 一方、飯島氏に北朝鮮がどんな主張をしたかについてはほとんど情報が出てこない。飯島氏の使命はあくまで、日本のメッセージを金正恩政権中枢に伝えることであって交渉ではないのだから、北朝鮮側の要求などは北朝鮮の宣伝になるだけであり、公表する必要がないという首相の判断だろう。

 北朝鮮内部からの情報に基づけば、飯島氏を呼び寄せたのは統一戦線部で、同部は拉致被害者に関する調査を再開するなどと称して数人の特定失踪者などを帰国させることで拉致問題に事実上の幕を引き、朝鮮総連を守り大規模な食糧支援を得ようとしているのではないかとの見方もある。

 野田佳彦前民主党政権は昨年、密使を平壌に派遣して、総連本部の競売中止を条件に拉致被害者の安否に関する合同調査委員会の設置を提案し、12月初めに予定されていた日朝協議でそれを公式なものにする予定だったが、北朝鮮のミサイル発射の予告で延期を余儀なくされたとの報道があった。

≪過去5回も見返り騙し取る≫

 事実とすれば、統一戦線部が、その交渉の延長線上で飯島氏を招いたことも考えられる。

 北朝鮮側が調査を口約束しただけで、総連本部の継続使用許可という見返りを与える、といった甘いやり方は、「行動対行動」という北朝鮮と取引する際の鉄則に反し、極めて危険である。

 北朝鮮は過去、1997年、2000年、02年、04年、08年と、拉致被害者に関する調査を口約束しながら、一度も誠実な回答をしたことがないだけでなく、食糧や巨額の支援約束、制裁解除の約束などを騙(だま)し取ってきた。

 さらに、合同調査委員会の設置も問題外だ。捜査権を持たない日本が、北朝鮮と合同で実質的調査を行える可能性はゼロだからであり、時間稼ぎが進むだけだ。私は繰り返し、北朝鮮側が「全被害者リスト」を申告し、日本がそれを検証して、不十分なら再申告を求めるという枠組みを作ることを求めよ、と提言している。

 安倍首相、古屋大臣とも北朝鮮の行動様式は熟知しており、易々(やすやす)と統一戦線部の謀略などに乗ってしまうことはないと信じている。今こそ、厳格な「行動対行動」原則を再確認し、金正恩政権の出方を見極めるときだろう。

                              (にしおか つとむ)