心理戦で金正恩政権を揺さぶれ。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









東京基督教大学教授・西岡力 

金正恩氏は不安な「カダフィ」か





 北朝鮮の金正恩政権が、休戦協定を白紙化した、南北は戦時状況にある、対米核先制攻撃、日本の米軍基地と主要都市へのミサイル攻撃も辞さぬなどと、「言葉による戦争」を展開している。

《「1号」を守護しろとは》

 金正恩氏は「言葉による脅し」の乱発ぶりで、北朝鮮の3代の独裁者の中でも際立っている。往時のリビア独裁者、故カダフィ大佐も顔負けである。「砂漠の狂犬」と呼ばれた大佐に限らず、弱い犬ほどよくほえる。実際、「言葉による戦争」の背景には、厳しい内外状況と孤立感から来る正恩氏の恐れや不安がありそうだ。

 とりわけ北は韓国での発言や報道に過敏に反応している。

 朝鮮日報は3月26日付で、北が韓国に局地攻撃などを仕掛けてきた場合、韓国軍は金日成主席、金正日総書記の銅像をも空対地ミサイルなどで攻撃する計画を立てていると報じた。と、同日中に、朝鮮人民軍最高司令部が、国の自主権と最高尊厳を守るため、米本土とハワイやグアム、韓国へのミサイル攻撃を担う戦略ロケット軍部隊などを「1号戦闘勤務態勢に突入させる」との声明を出し(※1号に傍点、傍点筆者)、29日深夜の作戦会議で、正恩氏が米国を攻撃する「火力打撃計画」を承認している。

「1号」とは金氏一族を指す。韓国への脱北者が運営するインターネットニュース「ニューフォーカス」は、「1号戦闘勤務態勢」に基づいて、祖父の金日成、父親の金正日両氏の銅像や肖像画などが24時間体制で警備されている、と伝えた。

 米軍が2005年に、心理戦である5030作戦計画で、ステルス戦闘機を北朝鮮上空に飛行させて轟音(ごうおん)とともに急上昇や急降下を繰り返し実施させたことがある。恐怖に駆られた正日氏は地下に潜って姿を隠したとされる。作戦に参加したパイロットが最近、「私にとって最も記憶に残る任務は北朝鮮の領空をかき回したことだ…その任務のことを考えると、気が遠くなる感じだ」(エアフォース・タイムズ)と証言した。

《米ステルス戦闘機を恐れ》

 ステルス戦闘機も投入された今回の米韓合同軍事演習で、5030作戦が実行されたかどうかは不明ながら、正恩氏は朝鮮日報報道に接して、そのことを想起し、直ちに銅像を守れ、俺の安全を守れと命令したのではないか。北朝鮮メディアでは、外には戦争をするぞと力む一方で、連日、「金正恩将軍さまを命がけで守護しよう」と叫ぶ住民の声やそんな内容の革命歌謡を流し続けている。

 国内的な不安も多い。正恩氏は権力の最大基盤である軍部さえ掌握しきっていない。正日氏死後、軍の最高幹部が大幅に粛清され、昨年7月には、正日氏が正恩氏に付けたとされる軍内での後見人、李英浩・総参謀長が逮捕、解任される事態まで起きている。

国連や日米韓などによる経済制裁で、朝鮮労働党管理下の秘密資金が枯渇しだし、1990年代以降、首都警備部隊や特殊部隊以外の軍は、食糧や装備を自ら調達せよとの指示を受け、軍団ごとに外貨稼ぎに走っている。正恩氏の叔父で全体のお守り役、張成沢氏らが、金日成生誕行事への外貨供出を命じたところ、軍が出し渋ったため、外貨獲得事業を政府に強制移管する措置が取られ、不満グループの中心人物として李英浩氏が任を解かれたというのだ。

 金正恩政権は、軍の事実上のトップである総政治局長に軍歴のない崔竜海氏を据えた。奇襲武力挑発やテロを専門とする偵察総局長の金英哲氏を前面に出し「言葉の戦争」だけを仕掛けているようだ。兵士の食糧にも事欠く現状ではとても戦争などできないというのが、軍幹部多数の本音だろう。

《脅しに恩恵与えてならぬ》

 大多数の国民はこの20年、政府に頼らず闇商売で糊口を凌(しの)いできた。韓国が自由で豊かなこと、中国が共産党政権下でも改革開放政策の結果、驚異的に経済発展していることは国民に広く浸透している。彼らの体制への忠誠心はとっくに薄れ、逆らえば家族連座制で殺されるか収容所送りにされるという恐怖感で、体制は維持されている。昨年末頃から正恩氏の警備が厳しくなったのは、不満勢力が存在している証左だろう。

米韓をはじめ外敵との対決を極大化せざるを得ないほどに、金正恩政権の内実は苦しいのである。核先制攻撃などという「言葉の脅し」に決して恩恵で応じてはならない。対話の窓を開いておくのはよいとしても、制裁緩和や経済支援は行動対行動原則に厳格に則(のっと)って行わなければならない。

 北が閉鎖した開城工業団地の再開を求める韓国の朴槿恵政権の姿勢は、相手に弱みを見せることになる点で、誤りである。入居する韓国企業に補償を払っても、即時全面撤退を決めるべきだ。

 安倍晋三政権は、厳格な法執行を進め、競売された朝鮮中央本部ビルに総連が居座り続けることを許してはならない。今は制裁と抑止力を強めながら、心理戦で金正恩政権を揺さぶり、その内部矛盾を広げていく時期である。

                              (にしおか つとむ)