【産経抄】4月2日
一片の雲もない青空に描かれた5色の五輪マーク。東京五輪開会式の目玉企画は、航空自衛隊のアクロバット飛行隊「ブルーインパルス」による、1年間の秘密特訓の成果だった。
▼ブルーの一員をめざしながら、交通事故によってパイロットの資格を奪われ、広報室に配属される。そんな主人公、空井の成長を描く小説『空飛ぶ広報室』(幻冬舎)は、予定より1年遅れて昨年刊行された。作者の有川浩さんは、小説完成後に発生したとしても東日本大震災に触れないわけにはいかない、と考えたからだ。
▼新たに付け加えた最終章の舞台に、宮城県東松島市の松島基地を選んだ。転勤した空井に3・11を迎えさせる。津波により水没した基地では、F2戦闘機、救難用ヘリなど20機が全滅した。難を逃れたのは、たまたま九州に移動していたブルーインパルスだけだ。
▼なぜ、航空機を飛ばせなかったのか。当時、だれもが抱いた疑問だった。「血税の無駄」と決めつけるメディアもあった。有川さんは、基地を訪ねたテレビ記者のリカの質問に空井の上司が答える形で、当日のやむを得なかった事情をくわしく説明する。
▼小説の完成度という点では、マイナスになりかねない部分だ。それでも現地で取材した有川さんは、自衛隊の本当の姿を「広報」せずにはいられなかったのではないか。まして家族の安否が確認できない隊員を含めて全員が、救援活動に没頭した事実を知れば、なおさらだ。
▼あれから2年。基地のかさ上げ工事が進み、ようやくブルーインパルスが、松島基地に戻ってきた。地元住民の歓迎ぶりを、テレビニュースが伝えていた。空井のほっとした表情が、目に浮かぶ。リカとの恋の行方も気がかりだ。有川さん、続編もよろしく。