アベノミクス成功の条件。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









【今日の突破口】ジャーナリスト・東谷暁




 安倍晋三政権の「アベノミクス」は、いまのところ順調な滑り出しを見せている。インフレ目標2%に向けての金融緩和期待が株式市場を刺激し、為替レートが円安に振れ、大企業の中にはボーナスをかさ上げするところも現れている。

 しかし、油断は禁物である。こうした局面では「そもそも」の議論にまで遡(さかのぼ)っておくことも必要だろう。アメリカの経済学者ポール・クルーグマン氏が日本にインフレ目標政策を勧めたのは平成10年だった。前年は単に「日銀よ、円を刷れ」といっていたクルーグマン氏だが、それなりに日銀が金融緩和を行っていることに気づき、エッセーで日銀総裁がインフレ率の目標を掲げて「目標達成まで金融緩和を続ける」と宣言するインフレ目標政策を論じた。

 その後、クルーグマン氏は詳細な論文を発表し、日本ではインフレ目標論争が巻き起こったが、そのなかでクルーグマン氏が前提としていたことがいくつか忘れ去られている。まず、もともとインフレ目標政策はインフレ対策であり、クルーグマン氏もちゃんとインフレ目標政策の「ひっくり返し版(インバーテッドバージョン)」と断っている。

 ところが日本ではもっぱらデフレ克服策として論じられ、すでにニュージーランドではデフレも克服したという論者もいるが、ニュージーランドの場合はごく短期の軽微なデフレを解消したにすぎない。つまり、2年以上の本格的なデフレ克服策としては世界初の試みなのである。

 また、日本で少子化がデフレの原因だという説が注目されたとき、日本のインフレ目標論者たちはしゃかりきに通貨量だけが問題だと批判したが、クルーグマン氏は将来に対する期待が減退する理由のひとつとして、日本の人口減を挙げていた。これから人口が減るという事実は、投資に対する見返りが低下する事態を予測させデフレを加速するのだ。

 さらに、この政策を続ける期間が大きな問題となるが、日本では2年で達成などと日銀副総裁が断言している。しかし、クルーグマン氏はなんと15年間だと考えていた。論文では、産出ギャップを5%と捉えインフレ目標を4%としているせいもあるが、いまの状況でも7~8年は見ておくべきではないのか。

 加えて、日本の初期インフレ目標論者に顕著だったのが、財政出動は必要ないかのように論じる傾向である。これがいまの日本におけるインフレ目標論が金融にかたよる原因と思われるが、クルーグマン氏は財政出動の併用を考えていた。しかも彼の著作『さっさと不況を終わらせろ』では不況脱却の主役は金融緩和から財政出動に移り、論文で根拠としたクリスティーナ・ローマー氏の説も、最近は財政出動を中心に論じるように変わっている。

 もちろん、当時とは条件が違うことは確かだが、いまのアベノミクスはあまりにも気短で金融だけに傾斜しすぎている。しかし、アベノミクスを成功させるには長期戦の覚悟も必要であり、さらにいまやや影が薄くなった「国土強靱(きょうじん)化計画」という名の財政出動について、もっと積極的に議論しておくべきだ。それはいずれ来る反動のさい、期待という心理面のみならず、経済の実体面からも、アベノミクスを支えることになるだろう。

                             (ひがしたに さとし)