「年暮(くれ)ぬ笠きて草鞋(わらじ)はきながら」。毎年この時期になるとかみしめたくなる芭蕉の句である。世の中は歳末で目の回るような忙しさだ。しかし私は笠と草鞋姿、つまり旅をしながら年を越そうとしている。俗界と距離を置く芭蕉のそんな姿勢に引きつけられる人は多い。
▼日本の正月は「年の神」を家に迎え豊作を祈願するものだった。そのため年末には神に供える料理を作る。借金を返したり大掃除をしたりして、身も心も清める。だから家で忙しく働いた。芭蕉のように淡々と旅を続ける者など極めて少数だった。
▼だが社会が複雑化した現代では、別の意味で暮れも正月もないという人が増えた。警察官や消防署員、交通機関や報道機関に働く人たちがそうだ。むろん沖縄・尖閣の海で中国公船の領海侵犯を警戒する海上保安官の苦労も忘れてはならない。
▼今年はそれに安倍晋三首相も加わったようだ。就任3日目の一昨日には、北朝鮮による拉致被害者の家族たちと会っている。昨日は事故を起こした福島第1原発を訪ねた。景気対策でも「年末・年始抜き」で関係閣僚を陣頭指揮するつもりのようである。
▼前政権でデフレ退治も拉致問題解決も前に進まなかった。総選挙で約1カ月の政治空白もあり、スピードアップをはかりたいのだろう。それに前回病気で退陣した首相としては精力的な姿を見せたいようだが、真っ先に拉致問題に取り組む姿勢を示したのはよかった。
▼家族を少しでも力づけたばかりでない。北朝鮮に対しても「本気でやる」という、日本の強い意志をアピールできたはずだ。国民一人一人も、愛する人を取り返せないまま今年も年を越す被害者家族の無念さをもう一度、共有したい。