「右寄り」という言葉のいい加減さ。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 





右傾化ではない。日本は「真ん中」に戻っていくだけ。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36788

2012.12.19(水) 古森 義久:プロフィール





 自民党の安倍晋三総裁が再び日本の総理大臣になることが決まった。自民党は歴史的な大勝利を飾り、逆に与党だった民主党は過去に類例のない規模の大きな敗北を喫した。

 だが勝者の安倍氏に対し、早くも「右翼」「右傾化」「タカ派」といったレッテル張りの言葉がぶつけられている。日本の領土を奪取しようという中国や韓国は安倍政権が「右傾化」していると声高に非難し、日本国内でも朝日新聞など反安倍陣営からの同様の攻撃が頻繁である。米国の一部にも似た動きがある。

 しかし、「右傾化」とはそもそもなんなのか。ひょっとしてなんの実質的な意味のない、ののしり言葉ではないのか。そんなことを感じさせる意見が、米国の知日派、アジア専門家によって表明された。

「日本は真ん中へ向かおうとしているだけ」

 日本の総選挙投票日の6日前、12月10日、大手研究機関のヘリテージ財団が討論会を主催した。「韓国と日本の選挙を評価する」と題された一種のシンポジウムである。この場で次のような発言が出た。

 「安倍政権誕生となると、北京の論客たちはあらゆる機会を捉えて『日本はいまや右傾化する危険な国家だ』と非難し続けるでしょう。しかし『右傾化』というのが、防衛費を増し、米国とのより有効な防衛協力を阻害する“集団的自衛権の行使禁止”のような旧態の規制を排することを意味するのなら、私たちは大賛成です」

 ブッシュ前政権の国家安全保障会議でアジア上級部長を務めたマイケル・グリーン氏が淡々と語ったのである。

 この時点で、日本側の各種世論調査によって安倍氏の率いる自民党が大勝利を収めるという見通しは確実となっており、もし安倍政権が再登場したらという前提で討論は進んだ。

 米国中央情報局(CIA)で長年、朝鮮半島アナリストを務め、現在はヘリテージ財団の北東アジア専門の上級研究員であるブルース・クリングナー氏も、「右傾化」という言葉の虚構をこう指摘した。

「日本が“右傾化する”という指摘があるかもしれませんが、徹底した消極的平和主義、安全保障への無関心や不関与といった長年の極端な左寄りの立場を離れ、真ん中へ向かおうとしているだけです。中国の攻撃的な行動への日本の毅然とした対応は、米側としてなんの心配もありません」 

 確かに「右傾化」というのはいかがわしい用語である。正確な定義はまったく不明のまま、軍国主義や民族主義、独裁志向をにじませる情緒的なレッテルだとも言えよう。

30年前にも指摘した「右寄り」という言葉のいい加減さ

 こんな言葉の横行を見て、私はつい30年以上も前に自分自身が書いたコラム記事での指摘を思い出した。そんな昔と同様のいい加減な煽り言葉、ののしり言葉がいまなお大手を振っているのか、とも呆れた。

 1978年6月、毎日新聞のワシントン駐在の特派員だった私が同新聞の「反射鏡」というコラム欄に書いた記事である。その一部を紹介しよう。

 <最近の防衛論議をめぐる報道でふと考えこまされる表現がいくつかある。『防衛論議の右旋回』とか『右寄り』というのがその一つだ。『防衛論議がいま右旋回する中で・・・』といった一見、何気ない記述などだが、これは防衛論議がいまのように高まることか、あるいはそういう論議の中で防衛力の強化が叫ばれること、のいずれかを指す形容だろう。ここでいわれる『右』とは、イデオロギー用語の『右翼』を略すか、またはぼかした用語なのは明らかだ。>
 <となると、ここでちょっと立ち止まらざるを得ない。
 『防衛について積極的に論議すること』イコール『右寄り』、『防衛強化を主張すること』イコール『右翼』という『イコール』をまず前提として成立させて、ニュース報道をすることには疑問はないのだろうか。このイコールでは例えば、最も左翼的であるはずのソ連や中国が防衛力強化に熱心な事実を説明できないのは明白である。>

 <日本の防衛論争ではそういうレッテルをひとまずわきに押しのけての、解き放たれた論議が必要なのではないか。防衛を強化するにせよ、しないにせよ、ことの実態を正確に定義づける前にレッテルだけが走っていくような不毛な論争はもうたくさんだという気がする。>

世界で軍事力増強に突き進んでいるのは

「左翼」国家

 三十数年前の「右旋回」「右寄り」というのは、まさにいまの「右傾化」と同類の表現である。日本の、少なくともマスコミでの安全保障論議というのはなんとも前進のない領域だと実感させられる。

 周知のように、そもそも右とか左とは政治イデオロギーでの右翼や左翼を指す。左から右への横軸を描いた場合、その最左翼に位置づけられるのが共産主義や社会主義である。その反対の極が反共や保守独裁のイデオロギーや政体ということになる。

 いま日本や米国の一部、そして中国から自民党の安倍総裁にぶつけられる「右傾化」という言葉は、まず、軍事力の効用を認め、国の防衛力を強化することに対してだと言えよう。そこには、国として軍事力を増すことは右に進むことだという前提がある。

 だが、ちょっと待て、である。イデオロギー軸で右に動くということは、共産主義、社会主義から離れることを意味する。ところが、いまの世界で持てる資源の最大限を軍事力増強に注ぐ国は中国、そして北朝鮮なのである。

 この両国とも、共産主義を掲げる最左翼の独裁国家である。軍事力を増せば増すほど、この左翼の政治モデルに近づくことになる。だから軍事増強は近年の世界では「左傾化」なのである。この理屈に従えば、安倍氏の動きも「左傾化」となる。

 このへんの相関関係は論理的にはあまり意味がない。ちょっと突っ込むと、なんとも不毛な議論となる。要するに日本のいまの動きを「右」とか「左」と断じるのは、負のイメージを意図的に植え付けること以外に意味がないのだ。要するに「右傾化」などという言葉は、気に入らない相手へのののしり、誹謗の変形だと評してもよいのである。

 まして日本がいかに防衛努力を強めても、核兵器や長距離ミサイルを多数、配備する中国とは次元が異なる。だから中国だけには防衛の整備を「危険だ」などとけなされたくはない、と感じる日本国民は多いだろう。

東南アジア諸国は日本の軍事力増強を望んでいる

 この点、グリーン氏はフィリピン外相が最近、中国の軍拡への抑止として日本が消極平和主義憲法を捨てて、「再軍備」を進めてほしいと言明したことを指摘した。フィリピンのアルバート・デルロサリオ外相はイギリスの「フィナンシャル・タイムズ」のインタビューに応じて、日本の軍備増強への明確な要望を述べたのだった。この12月9日に同紙が大きく報道した。

 その上でグリーン氏が語った。

 「日本がアジア全体への軍事的脅威になるという中国の主張は、他のアジア諸国は信じないでしょう。東南アジア諸国はむしろ日本の軍事力増強を望んでいます。中国の軍拡へのバランスを取るという願いからです」

 グリーン氏は米国側にも言葉を向ける。

 「私はオバマ政権2期目の対日政策担当者が新しくなり、韓国の一部の声などに影響され、安倍政権に対し『右傾化』への警告などを送ることを恐れています。それは大きなミスとなります。まず日本の対米信頼を崩し、日米同盟にもマイナスの影響を与えます」

 グリーン氏は安倍氏が首相だった時代の米国側の動きについても論評した。

 「2007年当時、米国では、いわゆる慰安婦問題を機に左派のエリートや『ニューヨーク・タイムズ』『ロサンゼルス・タイムズ』が安倍氏を“危険な右翼”として叩きました。安倍氏の政府間レベルでの戦略的な貢献を認識することなく、でした。

 私たちは米国政府部内にいて、日米同盟を強化し安保面での協力を推進しようとする安倍氏の手腕やビジョンをよく理解し、高く評価していました。でも、そんな側面をまったく見ようとはしない安倍バッシングが始まったのです。米国での『安倍叩き』は、安倍氏を徹底的に憎む日本の朝日新聞の手法を一部輸入した形で行われました。その繰り返しは避けたいところです」

 アメリカといっても多様である。周知のようにヘリテージ財団もグリーン氏も共和党系である。民主党のオバマ政権とは政策や認識を異にする点も多い。だがそれでも、安全保障やアジア、日本を専門とする米国の識者の間に、「日本の右傾化」という表現を意味のない不当なレッテル言葉だと見なす層が健在だという事実は、日本側でもよく知っておくべきだろう。

 日本のこれからの安全保障や防衛政策を巡る議論は、そうした無意味な政治的レッテルに惑わされず、真の課題へとまっすぐに進んでいくべきである。