皆様のお陰で当選できました。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 





中山成彬オフィシャルブログ・立て直そう日本~この国を守る覚悟を~ より。






 17日午前1時40分、ようやく当選のテロップが流れ、それまで帰らないで待っていた熱心な支持者の中から万歳の声が上がりました。たちあがれ日本から太陽の党へ、そして一週間で日本維新の会と目まぐるしい変化の中で選挙準備も大変でしたが、進めていた戸別訪問も郡部は諦めざるを得ず、心残りのまま選挙戦に突入しました。

 

 4日の宮崎神宮での祈願祭、出陣式にたくさんの方々に集まっていただき、背水の陣でスタートを切った選挙戦でした。しかし、選挙戦3日目には早くも地元新聞に自民党候補優位という記事が出され、私は民主党に次いで3位という評価でした。出鼻をくじかれたような思いで、そんな筈はないと心の中で打消しながら、後援会の人達が諦めてしまったら大変だなと心配しながら選挙カーを走らせました。宮崎市内は戸別訪問で全部廻っていましたので、門札や家構え等を懐かしく思い出しながら支持を訴えました。私は主に落ち込んだ宮崎の景気を浮揚させたい、日本経済の再生を果たす役をさせてほしいということを連呼しながら廻りました。たくさんの方が家々から出て来られて、強い握手で頑張ってくれと激励され、行き交う車の中からたくさんの手を振られ、勇気付けられながら走り抜けた12日間でした。

 

 選挙戦終盤、11日には平沼赳夫国会議員団代表、13日には石原慎太郎代表が来宮していただき、大勢の県民が集まってくれました。マスコミの報道は引き続き、3位という予想が続き(結果もそうでしたが)ましたが、遊説隊、スタッフ、後援会の皆さんの明るい顔に勝利を確信しておりました。

 最終日、事務所に戻り、帰陣式を行いましたが、まるで凱旋将軍を迎えるような雰囲気に戸惑いながらも最後まで笑顔で戦ってくれた後援者に心から感謝しました。しかし、投票日当日、自民党候補が優勢だという出口調査の報告もあって、やっぱり報道通りかと思いながら、比例代表での復活に期待をつなぎながら、開票結果を見守りました。9時ごろには自民党候補の当選が報じられましたが、選挙事務所にたくさんの人が集まって帰らないから、早く出てきてくれと言う連絡があり、夫婦揃って事務所に入りました。宮崎の開票がなかなか進まず、みんなで一喜一憂しながら時間が流れました。日本維新の会が九州ブロックで結構善戦しており、民主党を上回る勢いで伸びておりました。私は九州ブロックで何とか4名の確保ができないか、そして、惜敗率が少しでも小さくなることを祈りながら、もし、日本を守る神様がいるのなら、中山成彬は必ず復活当選できると信じて支持者の皆さん方と長い時間を過ごしました。パソコンに強い支持者が九州の全体の票の流れと惜敗率を遂次報告してくれ、その度に喜びと不安の声が交錯しました。そして、日も変って1時40分になってようやく復活当選が決まり、歓喜の声が上がりました。私はマイクを向けられ、「小選挙区で落選したのは悔しいが、比例復活できたのは、それを10倍上回る喜びである。自分に政治家としての第2ステージを用意してくれた支持者に心から感謝する」と話しました。そして、「今、内外共に危機状況にある日本を守る為に死に物狂いで働きたい。一暴れするので期待して欲しい」と話し、長年にわたり、失意の中にあった私を慰め激励してくれた支援者の皆さんに心からの感謝を申し上げました。全国的にも維新が期待したほどには伸びず、自民党の圧勝となりました。期待通り民主党は大惨敗し、3年3ヶ月に亘り、日々国益を損ね続けて民主党に鉄槌が下されました。

 


 明治維新は欧米の列強から植民地にされるのを阻止するために起こりました。平成維新は、維新を立ち上げた人達も自覚していないかもしれませんが、2世紀遅れの帝国主義国家中国との戦いに勝利するために起こりました。明治維新は1853年にペリーが4隻の蒸気船を率いて、浦賀沖に現れた時に始まり、1905年日露戦争に勝利したときに終りました。平成維新は尖閣に中国漁船が上陸してきた時に始まり、中国共産党が崩壊したときに終るでしょう。日本が中国に属国化されるのが早いか、中国が内部の混乱によって中国共産党が崩壊するのが早いかにかかっています。「太平の眠りを醒ます蒸気船、たった四杯で夜も眠れず」と謡われた様に、250年も続いた鎖国政策の中で情報量も少なかった筈なのに、当時の日本人は迫り来る危機を感じ取って、一度は刃を交えた薩摩と長州が、坂本龍馬の仲介により薩長連合を結成し、日本を救いました。

 

 平成の日本人は、戦後、続いた日教組による自虐教育、平和教育の中で、日本人としての誇りと自信を失い、平和ボケの中で迫り来る危機にまだ覚醒しておりません。恐ろしいことです。経済的には長引く不況と円高の中で、電力の供給不安もあって、日本経済は徐々にその体力を失いつつあります。長年にわたり、先人達が築いてきた日本経済の基盤が崩れようとしています。私が提唱する起死回生の財政金融政策しかこの国を再生することは出来ないと思います。日本国民全体がこの危機感を早く共有してくれることを祈りながら、私は第2ステージの政治活動をスタートします。新たな活躍の場を与えてくれた宮崎1区の有権者、比例代表に維新と書いて下さった2区3区の支持者、そして九州全体で維新と書いて下さった目覚めた有権者、そして最後になりましたが、ネットで宮崎に支援をお願いしていただいた皆様方に心から感謝申し上げ、必ずご期待に応えた仕事をすることを誓います。本当にありがとうございました。





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