【日曜経済講座】(編集委員・田村秀男)
難関は日銀総裁、超党派で突破を
衆院選の投開票結果を、一般の有権者と同様、注視しているのが株式を含む金融市場である。市場はこれまで安倍晋三自民党総裁の日銀に対する「大胆な金融政策転換」提起に呼応して、「円安・株高」を演出してきた。だが、肝心なのは総選挙後だ。超円高是正と株価回復は基調として市場で定着するだろうか。
さっそくグラフを見てほしい。自民党総裁選以来の円の対ドル相場と日経平均株価の推移を表す。安倍氏は「消費税を上げる前にデフレから脱却する。政府と日銀が政策協調し、金融緩和などの政策を総動員する」と9月14日に所信を述べ26日の総裁選で勝利したが、市場はほとんど反応せず、株価は下落しがちだった。
ところが、11月14日に野田佳彦首相が安倍氏との党首討論で衆院解散・総選挙の決意を表明した翌日、安倍氏が日本商工会議所の岡村正会頭に対し、「政権をとった暁には日銀と政策協調を行い、大胆な金融緩和を行っていくことを約束する」と語るや、市場は一挙に沸き立った。
2%、3%のインフレ目標を設定し、その実現に向けて無制限に金融緩和していく。さらに同日の別の講演で、日銀の政策金利に関し「ゼロにするか、マイナス金利にするぐらいのことをして、貸し出し圧力を強めてもらう」と語り、文字通り「大胆な緩和」を日銀に突きつけた。
金融政策、一大争点に
市場は総選挙での自民優勢を見越したわけだが、安倍氏の提起は具体的で、市場参加者の多くが長く望んできた金融政策そのものだった。もとより金融政策は、ごく限られた数の選ばれた金融エリートたちに任せるべきだとされてきた。今回、政治の一大争点になったこと自体、奇跡に近い。市場の反転が一般の有権者の関心を呼び起こしたのだろう。
バブル崩壊以来の「空白の20年」、あるいは慢性デフレの「14年間」という長き日本経済の停滞とゼロ成長、デフレに消費者や企業が慣らされてしまい、実質金利高、増税や円高、国内雇用減、所得減は当たり前というムードに日本社会が覆われている。日本の最大の強みだった中小企業のモノづくりや技術開発への挑戦意欲が衰えている。そんな閉塞(へいそく)状況を、円安、株高で突破できるかもしれないとの期待が一般世論に出始めた。
ギフト効果は3カ月
安倍氏の「口先」だけで、株価は1千円上がり、円相場は4円近く安くなった。だが、市場の気分は移ろいやすく、実行を伴わなければ、恐ろしい反動がくる。今年2月14日、日銀は「前年比上昇率で1%をめどとする」物価目標を発表した。市場は「バレンタイン・ギフト」としてはやし立て、円安・株高に動いたが、その効果は3カ月でうせたどころか、株価は「1%めど」以前の水準を下回るまで落ち込んだ。
市場、あるいは来るべき新政権にとっての最大の難題は白川方明日銀総裁である。政治家はもちろん日銀当局者ではないし、日銀は政府からの独立性が保証されている。
白川氏はお札を継続的に増刷して市場に投入する「量的緩和」に背を向けてきたばかりか、「事実上のゼロ金利」を標榜(ひょうぼう)しながら、民間銀行が日銀に預ける当座預金に0・1%の金利を付け、余剰資金を貸し出しに回さない。安倍提案に対しては、インフレ目標を2、3%と高めに設定すれば長期金利の上昇を招くとか、日銀政策金利をゼロ以下に下げれば、金融機関にとってコスト高になって逆に貸出金利が上がる恐れがあると言い張る。
米連邦準備制度理事会(FRB)はドルを3倍に刷り、インフレ目標を2%に設定しているが、インフレ率は1~2%にとどまり、長期金利は低水準のままだ。デンマーク中央銀行はこの7月に政策金利をマイナスにし、短期金利をマイナスに誘導し、銀行貸し出しを増やすのに成功している。
FRBのバーナンキ議長は12日、失業率が6・5%に低下するまでゼロ金利政策を続けると決めた。日銀が政府からの「独立」を果たして以来、15年近くにもなろうというのに、消費者物価が前年を上回ったのはわずか9カ月にすぎない。だが、世界の中央銀行では前例のないデフレ放置政策を採り続けてきたことを恥じる気配は全くない。
市場の期待を確信へ
総選挙の結果、新首相が安倍氏になろうとなるまいが、また政党の勢力図がどうなろうと、これまでの市場の期待を確信に変えなければ、日本経済の再生は掛け声倒れに終わりかねない。安倍氏との強弱の差はあるが、総選挙で「脱デフレ・超円高是正」をうたった諸政党は、超党派で結束し、日銀に対してこれまでの政策の失敗責任について説明を求め、すみやかな政策大転換を迫るのが当然だ。
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