【古事記のうんちく】(7)
最愛の妻、イザナミノミコトが忘れられず、黄泉(よみ)の国まで会いに行ったイザナギノミコト。頭にさしていた櫛(くし)の歯を折ってろうそく代わりに火をともすと、体中にウジがわいて変わり果てた妻の姿が浮かび上がった。驚いたイザナギは逃げ出し、黄泉の国からの追っ手を振り払おうと櫛の歯を投げると、タケノコになった。追っ手たちが食べている隙に逃げのびることができた。
死者が眠る禁断の世界、黄泉の国への出入りの際に重要な役割を果たしたのが、櫛の歯だった。
イザナギの息子、スサノオノミコトによるヤマタノオロチ退治の伝説でも、いけにえにされる運命だったクシナダヒメを櫛に変えて自らの頭にさすなど、櫛は神話の要所で重要な小道具として登場する。
髪をとく櫛がなぜ? 答えは縄文時代にさかのぼりそうだ。福井県若狭町の鳥浜貝塚では縄文前期(5千~6千年前)の赤い漆塗りの櫛が出土するなど、櫛は古代から使われ、特別に装飾されたものが多かった。
「古代人は、いくら切っても永遠に伸びる髪を生命の象徴のように感じた。髪を整える櫛にも神秘の力が宿ると信じ、装飾を施したのだろう」と話すのは、縄文時代に詳しい大阪府教委の渡邊昌宏参事。京都教育大の和田萃(あつむ)名誉教授(古代史)も「神話に櫛が登場するのは、縄文時代からの信仰と結びついたからではないか」と指摘する。
櫛の歯が欠けると縁起が悪い-。現代でもこうした言い伝えがある。百円ショップで手軽に買えるようになった櫛には、実は聖なる力が秘められていた。
(編集委員 小畑三秋)