いざとなれば日本もイージス艦を尖閣海域に差し向けよ。
2012.10.30(火)阿部 純一:プロフィール
中国が10月に入り、2度にわたって海軍艦船を尖閣諸島海域で航行させた。1度目は16日、旅洲級駆逐艦など7隻の艦隊が魚釣島の南西約80キロメートルまで接近し通過した。2度目は23日、中国版イージス艦と呼ばれる旅洋2型駆逐艦など3隻が宮古島の北東約130キロメートルの海域を北上した。中国国防部はこれを「通常訓練」としているが、尖閣諸島の領有権を巡って日本側にプレッシャーをかけるためのデモンストレーションであることは明らかだ。
しかし、もしかしたらそれ以上の狙いがあるのかもしれない。
もちろん、「海監」「漁政」などの中国公船による尖閣海域での航行も執拗に続けられており、海上保安庁の巡視船とのにらみ合いも継続中だ。そこにきて今度は中国海軍の登場である。中国が尖閣諸島の現場における緊張のレベルを上げようとしているように見える。その意図するところは何なのだろうか。いくつかのシナリオを想定してみたい。
3つのシナリオで読み解く中国の狙い
まず第1は、尖閣諸島における日本の実効支配の事実を否定することである。尖閣諸島の領海に侵入した中国公船に対し、海保の巡視船が退去を求めても、逆に中国公船から「ここは中国の領海であり、退去すべきはそちらの船だ」と言い返される現状がある。
無人島のまま放置してきた尖閣諸島で、日本の実効支配を証明するのは海保の巡視船による外国船舶の接近取り締まりの実態しかない。いずれ中国海軍艦船が日本の領海を侵犯し、それを警告する海保の巡視船に「領海を侵犯しているのはそちらの船だ。退去せよ」と、日本の実効支配を否定してかかることで中国は日本の実効支配を打破しようとしている。
第2は、中国が海軍艦船を尖閣海域に頻繁に出没させることで海上自衛隊の艦船をおびき出すことである。中国海軍と海上自衛隊の艦船が直接的に対峙することによって、同海域における緊張のボルテージは否応なく上がる。緊張のボルテージが上がれば、国際的な関心も高まる。マスメディアは、日中が尖閣海域で「一触即発」の状態にまで高まったと報じるかもしれない。
このように緊張を高める中国の狙いは、海上自衛隊と一戦を交えるというよりも、米軍の出方を窺うことにある。日本支援に積極的に動くのか、それとも主権問題には関わらないという「中立」を保つのか。このときの米軍の対応次第で、中国はその後の対応策を構想し得る。
第3は、日本の「覚悟」を探ることにある。日本が本当に中国に対して軍事力で対抗する意思があるのかどうか。
第2次大戦後、外国と交戦したことのない自衛隊に、実際の戦争を戦う意思があるのか。また、日本国内でそれを支持する世論が盛り上がるのか。戦争になれば日中の断交は避けられず、それに日本経済界は耐えられるのか。
様々な面で日本はかつてない状況に直面することになるが、「それでも尖閣諸島を守る」という姿勢を中国に示すことができなければ、日本は中国の恫喝に屈することになる。
中国は米国を試そうとしているのか?
以上、3つのシナリオを提示したが、案外のところ11月8日に始まる中国共産党大会に向けた景気づけで、人民解放軍がその存在を党の指導部や一般民衆にアピールしたいだけなのかもしれない。しかし、もしそうであったにせよ、上記の3つのシナリオを想定した上で日本の取るべき対応を思考することは意味がある。
この3つのシナリオに密接に絡んでくるのが日米安全保障条約である。日本人の誰もが持つ不安に、本当のところ米国は尖閣有事の場合、日本を支援してくれるだろうか、という疑問がある。
米国は尖閣諸島問題について、「日米安保条約の適用範囲に含まれる」としながらも、「主権問題についてはどちらの側にもつかない」とする中立政策を取っている。
厳密に言えば、尖閣諸島に安保条約が適用されるのは、日本が尖閣諸島を実効支配し、施政権(行政権)を行使しているからであって、もし日本の実効支配が失われれば、その時点で日米安保条約の適用範囲から外れることになる。
米国の立場は、1971年の沖縄返還協定から一貫しており、基本的に「尖閣諸島に主権を巡る争いがある」ことを認めている。それは、日本政府の「尖閣諸島は日本固有の領土であり、日中間に領土問題は存在しない」という立場と異なる。同盟関係にある日米両国でこのような齟齬があること自体、大きな問題であり、これを解決しないまま放置してきた歴代の政府と外務省の責任は重いが、ここではこの問題には立ち入らない。だが、米国の言う文言の解釈を厳密にすれば、尖閣諸島に中国人が上陸し、「五星紅旗」を打ち立てれば尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲から外れることになることは明らかだ。
第1のシナリオは、この日米安保条約の齟齬に着眼したもので、第2のシナリオもその想定に依拠している。いわば、日本が米国に見放される可能性を探ろうとするものである。
しかし、こうした中国の狙いは、言い換えれば「米国を試す」ことに繋がる。試される米国が、中国の望むような選択をするとは到底思えない。だから楽観的すぎるという誹りを排除せずあえて言えば、必要以上に日本が神経質になることはないのかもしれない。
海自の実力は中国海軍を大きく凌駕する
国際政治の大局を見れば明らかなように、米国が日本を見捨てるようなことがあれば、米国の同盟国、すなわちNATO諸国や近隣では韓国が米国への信任を保てなくなる。さらに言えば、米国が日本との同盟を蔑(ないがし)ろにする時点で、米国は太平洋における覇権を失うことを覚悟したことになる。日本の地政学的ポジションを見れば明らかなように、日米同盟がなければ米国は西太平洋に軍事力を前方展開できなくなり、この地域に覇を唱えることは不可能となる。
だから現実を見れば明らかなように、米軍と自衛隊による「島嶼奪回作戦」の軍事演習が今年8月から9月にかけてグアム島やテニアン島で実際に行われている。もちろん、日本が尖閣防衛に第一義的な責任があることは論をまたない。日本の優柔不断な政治家はどうか分からないが、自衛隊には領土防衛の覚悟がある。それを支援する米軍との協調も確保されている。
中国にしても、日米のような自分よりも近代的な装備を持った敵と海上あるいは島嶼上陸作戦で対戦した経験はない。そもそも中国は1979年のベトナムに対する「懲罰戦争」(と言いつつ大きな犠牲を払った)以来、まともな戦闘体験がない。海上の戦闘にいたってはほとんど経験と言えるものを持ち合わせていない。
経験豊富な米軍の支援を受けた自衛隊、とりわけ日常的に米海軍と演習を共同で実施している海上自衛隊と、まともに対戦する覚悟を中国は持ち得ないだろう。
そうした点を踏まえて第3のシナリオに応えることが、日本の中国による恫喝への回答となる。中国が海軍艦船を出してくるならば、日本も海上自衛隊を尖閣海域に遊弋させればよい。
緊張が高まろうとも、海上自衛隊のイージス護衛艦は、最新鋭の「中国版イージス艦」と比べ、レーダー探知能力は約2倍、ミサイル垂直発射基だけでも約2倍の装備と、ケタ違いの能力を持つ。約90機保有する「P-3C」哨戒機は、対潜魚雷や対潜爆弾の他、1機につき4発の対艦ミサイルを吊架できる。海上自衛隊の対潜水艦能力は、誇張して言えば米軍を超えるレベルにある。中国に、海上自衛隊をおびき出したのは失敗だったと思わせなければならない。
ただし、留意しなければならないのは、中国側のいかなる挑発があっても「専守防衛」の姿勢を海上自衛隊が堅持しなければならないということだ。日本側が攻撃を仕掛け、中国側がこれに応戦する、という形で中国に武力行使の正当化をさせないことが肝要である。
米軍を参加させて有事対応の演習を
しかしながら、日中がお互いの「覚悟」を競うようなチキンゲームが危険なことは事実であり、そうした事態を避けることが賢明な選択なのは言うまでもない。そのためには、3つの対策が必要となるだろう。
第1は、中国の公船、漁船を尖閣諸島に接近させない「水も漏らさぬ」堅固な海上保安庁の巡視船によるバリアの形成と維持であり、これは大変な忍耐力とエネルギーを要するが、ぜひとも実施しなければならない。
第2は、有事対応の演習を頻繁に実施することである。海上保安庁と海上自衛隊の連携、さらに陸上自衛隊の輸送用ヘリ、空挺部隊まで動員し、航空自衛隊の戦闘機の支援があればなお良い。中国に対して刺激が強く挑発的だということであれば、情報だけ公開し伊豆諸島など遠隔の地域で実施すればよい。
第3は、米軍をこの演習に参加させることだ。海兵隊のオスプレイが自衛隊の空挺部隊を尖閣海域まで運ぶような演習が行われれば、中国は尻込みすること必定である。
とにかく、日本は尖閣を守ることについては本気であることを中国に確信させることが重要なのだ。