【ニッポンの防衛産業】
新明和工業(兵庫県)が製造し世界の注目を集める救難飛行艇US2であるが、誕生に至るまでには相当な生みの苦しみがあった。波高3メートルでの運用など、海上自衛隊からの高い要求性能に応えるべく、自社研究も含めた長年にわたる取り組みだ。
技術者は人生の大部分を1つの装備品に投じるが、運用側である海上自衛官はその装備に命を預ける。それだけに双方のやり取りは極めて厳しい。
「大変です! US1Aが…」
1995年、US2の前身にあたる飛行艇が墜落し、乗組員11人が死亡するという事故が発生。メーカーに対する姿勢は厳しさを増した。時には罵倒され、打ちひしがれて帰り、またやり直す。その繰り返しだけで10年の月日がたったという。
その「わが子」が初飛行を成し遂げた日、神戸の酒場でこらえていた彼らの涙が噴き出した。ただ男泣きに泣くだけの夜、これが世界一の飛行艇の産声だった。
そしてもう一つ、忘れられない記憶がある。阪神・淡路大震災だ。東灘区の甲南工場は大きな被害を免れたが、周辺は手の施しようがない火災が発生した。
「消防艇があれば…」
かつて飛行艇に水タンクを搭載し、消防飛行艇とする改造を試み成功したものの実用に至らなかった経緯がある。地上から消火できなくても空中消火をすればこれほどの被害にならなかったのではないか、地域の人たちの命を救えたのではないかと思うと、悔しくてたまらなかった。(注:ちなみに、ヘリによる空中消火については自衛隊から消防に申し入れたが受け入れられなかった)
大規模災害となれば、ヘリだけでは間に合わない。固定翼機による消火機能を有することが必要ではないかと同社では提案している。US2に消防機能を持たせることは十分可能であるが、自衛隊機では航続距離が短くなることから本来必要な機能を失ってしまう。
また、消防庁では固定翼機の運用が難しい。それに、まだ市街地での空中消火に対する抵抗感もあり、国内議論はなかなか進まない。他方、海外からのニーズは高く、同社は築いた技術で災害救援に役立ちたいと考えている。
US2は着水後15トンの水をくみ上げ飛び立つ一連の動きを数秒間でこなすことができる。狭い場所でも降りられるため給水は海だけでなく、ダム湖などでも可能だ。
試すわけにはいかないが「上野の不忍池でも降りられます」と担当者は太鼓判を押す。
福島原発での放水を連想するのは私だけだろうか。いずれにせよ、ニッポンの潜在能力、まだまだ生かされていないようだ。
■桜林美佐(さくらばやし・みさ) 1970年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。著書に「誰も語らなかった防衛産業」(並木書房)、「日本に自衛隊がいてよかった」(産経新聞出版)など。